第34話 鈍感男って言われちゃうよ?
次の日の夕方。片付けが終わった頃には、外は薄暗くなっていた。俺が廊下に出ると、星恵ちゃんが近づいて来て「お疲れ様」と声を掛けてくれる
「お疲れ様。いま全部、終わったよ」
「じゃあ、外に行く?」
「うん、行こう」
俺達はグラウンドに向かって、歩き始めた──外に出ると、既に大勢の生徒達が、井桁型に組まれた薪の近くに集まってきていた。
俺達は人が集まっている場所の少し手前で足を止める。無理して人混みの中に行く必要はない。ここでも十分、薪は見える。
「楽しみだね」
「うん、去年は見られなかったから、尚更」
「私も」
「え? 私も? 星恵ちゃんは去年、出てないの?」
「うん。だって……あなたと見たかったから……」
「あ、ありがとう……」
──数分、その場で待っていると「それでは時間になりましたので、キャンプファイヤーを始めます」と、司会の男子生徒の声がする。
雰囲気のあるBGMが流れ、男子生徒と女子生徒が一人ずつ火のついた松明を持って、薪に近づき──向かい合うように屈むと、薪に火をつけた。
「おぉ……」
生徒たちの歓声が上がり、点火を担当した生徒達はスッと離れる。
「点火が終わりました! 皆さん近づきすぎて怪我の無い様、楽しみましょう!」と、司会者がいうとBGMが定番のマイムマイムに変わった。
星恵ちゃんは俺の袖を掴むと「この音楽を聴くとウキウキしてくるよね?」
「うん。踊りたくなる気持ち、分かる」
「──せっかくだから踊っちゃう?」
「正直……ちょっと恥ずかしかな……」
星恵ちゃんは俺の袖をグイっと引っ張ると「二人で踊れば恥ずかしい事なんて無いって! それに最後なんだし、良い思い出になるよ?」
「──それもそうだな……分かった。踊ろう!」
「そう来なくっちゃ!」
俺は小学校の時に踊った記憶を辿りながら、ぎこちなく踊りだす。星恵ちゃんはそんな俺に合わせ、笑顔を絶やさず踊ってくれていた。
──本当だ。全然、恥ずかしくない。だって……今の俺は君しか見えていないから。
「そうそう。上手、上手」
「ありがとう」
俺達は他の生徒と混ざらず、その場で踊り続ける──最後の花火に合わせてなのか、次第にBGMはしっとりとムードのある曲へと変わっていった。
──BGMが止まり、司会者が「次の曲でキャンプファイヤーは終了です。皆さん、悔いのない様に好きな人を誘って、踊っちゃいましょう!」
「最後かぁ……光輝君。ちょっと移動しようか」
「え、どうして?」
「もう……そこは察しなきゃ、また圭子ちゃんに鈍感男って言われちゃうよ?」
「あ、うん。ごめん」
星恵ちゃんは俺の手首を掴むと「行こ」と言って、引っ張りながら歩き出す。俺も合わせて、歩き出した。
何人かの男女が、人気のない方へと移動していく。なるほど、そういう事か。俺達も人気のないグラウンドの端に移動すると、立ち止まった。するとタイミングよく最後の曲が流れだす。
「これは──」
「また君と踊りたいだね」
「これを最後の曲として持ってくるとは、運営は分かってるな」
映画ではこの曲が流れ始めると、翼は渚の左手を取り、右手を背中に回す。そして、渚を支える様に、ゆっくりと踊りだす。
俺も──やって良いのだろうか? 星恵ちゃんは待ってくれているのか、俺を見つめたまま動かない。
──迷っていると、ふと圭子の占いを思い出す。努力が足りない! もっと彼女を喜ばす事をしなければ、愛想を尽かされるぞ!
圭子の占いはともかくとして、本当にそうなる可能性だってある。俺は勇気を振り絞り、ゆっくりと両手をあげ、星恵ちゃんの体に近づけた──けど、やっぱりあと一歩のところで触れる事が出来ない。
「大丈夫。触れて良いよ」と星恵ちゃんは言って微笑む。俺は「──ありがとう」と返事をして、星恵ちゃんの左手を取り、背中に右手を回した。
「ふふ……せーのっ」
星恵ちゃんの掛け声と同時に俺達は月明かりに照らされながら、ゆっくり踊りだす──曲が終盤に差し掛かると、星恵ちゃんは何故か、ゆっくり足を止めた。
俺も足を止め「どうしたの?」と声を掛け、左手を繋いだまま下ろし、星恵ちゃんの背中から手を離そうとする。
「あ、ちょっと待って……両手はそのままでいて」
「あ、うん。分かった」
──星恵ちゃんはジッと真剣な眼差しで俺をジッと見つめたまま、黙っている。俺は恥ずかしくて何度も目を泳がせてしまっていた。
「当たるも八卦、当たらぬも八卦……」
「?」
「昨日、そう言ったじゃない?」
「うん……」
「だけど……ね。私、圭子ちゃんの占いは当たって欲しいなって思ってる」
「え……それってつまり──」
「うん。結婚がゴールじゃないけど、まずは君とそこを目指したい。だから、これからも宜しくね!」
星恵ちゃんはそう言い切ると、急に恥ずかしくなったのか、俺から顔を逸らし「えへへ」と笑う。
その時、文化祭を締めくくる花火が上がった……が、そんなのはどうでも良い。俺は少しでも嬉しい気持ちを伝えたくて、愛おしい彼女を抱き締める事に必死だった。
「──私からいこうと思ったのに……」
「ごめん」
「ふふ……嬉しいから許してあげる。──光輝君、私を彼女と言ってくれて、ありがとね」
「うん。俺も彼氏にしてくれて、ありがとう」
「うん」
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