第16話 グリコジャンケン

 その日の夜。俺はベッドで寝ころびながら圭子との思い出を振り返る。確か圭子をかばった帰り道、一人で帰っていたら話しかけられたんだよな。


「光輝君、一緒に帰ろう」

「──やだよぉ」

「えぇー……一緒に帰ろうよ」


 俺はそう言われたが、圭子を置き去りにして、早足でスタスタと歩き続ける──圭子は俺の後ろを歩きながら「ねぇ、光輝君。女の子と一緒に居るのが、ただ恥ずかしいだけなんでしょ? だったらさ、私が克服のお手伝いをしてあげるよ」


 圭子がそう話しかけてくるが、俺は無言で歩き続ける。圭子はめげずに「──ねぇ……ねぇったら!」


「なに?」

「グリコジャンケンって知ってる?」

「グリコジャンケン? なにそれ?」

「ジャンケンして勝った方が先に進むやつ」

「あぁ……やったことある」

「やろ?」

「何だよ行き成り……やらないよ!」


 俺が少し強めにそう答えると、圭子は俺の手をグイっと掴む。俺は足を止め「なんだよ」


「やろうよ──行くよぉ、せーの……」と、圭子は掛け声を出し「ジャン・ケン・ポン!」と、グーを出した。俺は圭子の勢いに負け、パーを出す。


「あ、光輝君の勝ち! ──ほら。進んで、進んで」


 俺は渋々「パ・イ・ナ・ツ・プ・ル」と、ゆっくり進む。


「ふふ、今度は負けないよ。せーの……」と、ジャンケンをし、勝っては負けを繰り返す──二人の距離は一向に縮まらなかった。


 これが最後の直線。圭子は「これで最後ね。せーの……」と、ジャンケンをし、グーを出す。俺はチョキを出して負けてしまう。


 でも相手はグ・リ・コの三歩だけ、勝負は俺の勝ちだ! と、安心していたが……圭子は「グ・リ・コ・の・お・ま・け!」と、言いながら進み、俺の一歩前へ出る。


 そして「ふふん、私の勝ち~」と、誇らしげにそう言って、クルッとこちらを振り返った。


「おい、ちょっと待て。何だよそれ!?」

「知らないの? こんなのもあるんだよ?」

「卑怯だな~」

「卑怯じゃないよ!」


 圭子は何故か俺を見つめ、両手を後ろで組むとクスッと笑う。


「なんだよ?」

「負けず嫌いなんだね。楽しかった?」

「あ……」


 ニヤニヤしながらこちらを見つめてる圭子に、素直に言うのは何だか悔しい……でも「──楽しかったよ」と、正直に伝えた。


「じゃあ、明日も一緒にやろう!」

「お、おぅ」


 それから俺達は毎日の様に遊びながら一緒に帰るようになる。これで女の子に対して苦手意識がなくなった──と、まではいかなかったけど、少しはマシになれたと思っている。


 その証拠に俺は、あの時、星恵さんに話しかけられている。圭子と仲良くなってない俺だったら、きっと星恵さんに声を掛ける事は出来なかったはずだ。


 今の自分が居るのは、圭子のおかげだと思っているよ。だから──俺なんかよりずっと良い人が、お前に見つかると良いな。俺はそう思いながら、ゆっくりと目を閉じた。


 ※※※


 数日後の日曜日、俺は星恵さんを誘って釣りに来ていた。圭子と星恵さんの会話で、俺は星恵さんの気持ちに気付いているし、今までのやりとりで星恵さんだって俺に気持ちに気付いているかもしれない。


 でも……これといって進展はなかった。


 だからといって不満はない。正直、気持ちを伝えて、この関係が崩れてしまうぐらいなら、ずっとこのままの関係でいた方が良いんじゃないかとさえ思える。


 だけど──不満はなくても不安はある。イメチェンしてからクラスメイトの男子から人気が出ているのも知っているし、こんなに可愛い女の子だ。いつ見捨てられるか、分からない。


 今日は朝早く来たからか、俺達以外に誰もおらず、小鳥のさえずりが聞こえるほど、長閑だ。


 これってチャンスなんじゃないか? 俺はゴクッと固唾を飲み込み、口を開く。


「星恵さん、あのさ──」


 星恵さんが「ん、なに?」と、こちらに顔を向けると、竿の先がググッと震える。おのれぇ……空気が読めない魚め。


「おッ! これは手強そうだぞ」と、星恵さんは必死にリールを巻き始め──苦戦しながらも見事に吊り上げた。


「ほら、みてみて。結構、大きいよ!」

「本当だね! これは大きい」

「ふふん」

 

 ──魚に告白を邪魔されてしまったけど、まぁいいか。満足げに微笑む星恵さんをみて、俺はそう思う。


 星恵さんは魚を逃がすと、こちらを振り向き「ところで光輝君、さっき何を言おうとしたの?」


「ん? ──まぁいいや、また今度にする」


 俺がそう言うと、星恵さんは眉を顰め、明らかに不満げの顔をする。そりゃ言い掛けてやめられれば、そんな顔になるわな。でも……告白するならもっとムードのある場所でしたい! そんな贅沢な事を思ってしまった。


「──あ、そう。分かった」と、星恵さんは返事をすると、釣りを続ける。


 ちょっと気まずい雰囲気にしてしまった……何か楽しくなるような話題はないか?


「──ねぇ、光輝君。今度の水曜の夜、空いてる?」

「水曜の夜? 空いてるよ」

「○○公園って大きい公園あるでしょ? いまそこ、イルミネーションやってるんだけどさ、水曜日で終了なんだって」

「へぇー……」

「だから花火もやるみたいなんだけど……どう? 一緒に」


 俺が星恵さんの方に視線を向けると、星恵さんは照れ臭いのか、池を見たままリールを巻いていた。


 考えたら、面と向かって誘ってくるなんて珍しい。


「もちろん良いよ」

「じゃあ、駅前で待ち合わせね」

「分かった」

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