第11話 見てたの?

 授業が終わり、休み時間に入ると、俺は隣のクラスに向かった。ちょっと緊張するけど、ドアの近くに居る女子生徒に「あの、すみません。圭子さんを呼んでもらって良いですか?」と、声を掛ける。


「あ、うん。ちょっと待ってくださいね」と女子生徒は返事をして、圭子の方へと歩いて行った。


 ──圭子は俺に近づきながら「光輝、どうしたの?」


「ちょっと話があって、こっち来てくれる?」

「うん」


 俺と圭子は廊下の踊り場へと向かった──。


「話って?」

「俺の誕生日の時にクッキーくれたじゃん──」

「美味しかった?」

「うん、美味しかったよ」

「良かった」

「えっと……あれって何でくれたの?」


 俺がそう聞くと圭子は眉を顰めて、あからさまに嫌そうな表情を浮かべる。


「え~、またその話……」

「ごめん、前に進みたくて、どうしても聞いておきたいんだ」

「──前に進む?」

「うん。俺……気になってる人が居てさ、それで──」

「あぁ……そういう事……」


 圭子はクシャっとウェーブの掛かった茶髪を搔き乱すと「ごめん、だったら正直に話すわ。あれ、年上の彼氏の為に作ったんだけど、彼氏が甘い物はいらねぇって言うから困っちゃってさ。だから光輝にあげたんだ」


「なるほど、だからか」

「悪いね」

「うぅん、大丈夫!」


「それにしても光輝がねぇ……」と、圭子は言ってニヤニヤする。


「何だよ?」

「何でもないよ。頑張りな」

「おぅ! ありがとう」


 俺はそう返事をして、その場を後にした──。


 ※※※


 放課後になり昇降口を出ると──校門の前で、一人で立っている星恵さんが目に入る。俺が駆け寄ると、星恵さんは気づいた様でこちらに視線を向けた。


「光輝君、今から帰り?」

「うん」

「じゃあ──いっしょに帰る?」

「うん!」


 俺達は並んで歩き出す──久しぶりに一緒に帰れて、何だか前よりドキドキしている様な気がした。


「──ねぇ、光輝君。今週の日曜日だけどさ、空いてる?」

「日曜日? 空いてるよ」

「じゃあさ、一緒に釣りに行かない? 道具、全部そろったんだ」

「やったね! じゃあ何時に待ち合わせにする?」

「そうね──」


 こうして俺達は日曜日に釣りに行く約束をした。てっきり圭子の事を聞かれるかと思っていたんだけど……そんな事は一切なく帰宅した。


 ※※※


 日曜日になり俺は待ち合わせ時間に池に来ていた。俺の方が早かったようで、しゃがみながら釣りの準備をしていると「──光輝君、おはよう」と、買い物に行った時と同じ服装に黒のベースボールキャップを被った星恵さんが声を掛けてくる。


「おはよう」と、俺が挨拶を返すと、星恵さんは俺の前で立ち止まり、竿と灰色のショルダーバッグを地面におろした。


「光輝君、釣りを始める前に聞いておきたいことがあるんだけど、良いかな?」

「うん、どうしたの?」


 俺はそう返事をして、立ち上がる。


「ごめんね。スッキリしてから楽しみたくて……あのさ──誕生日の時。光輝君の誕生日の時、学校でプレゼントを渡していた女の子って……誰?」


 やっぱり星子さんと星恵さんは繋がっている。俺は誕生日を星恵さんに言ったことは無い。


「見てたの?」

「うん」

「そう……小中学校が一緒だった幼馴染だよ」

「へぇ……幼馴染。いつも誕生日プレゼントを貰っているの?」

「うぅん、たまたま。俺も驚いて何でくれたのか聞いてみたらさ、彼氏にあげるつもりだったけど、いらないって言われたから俺にくれたんだと」


 星恵さんはそれを聞くと、顔を強張らせて「何それ、酷い」


「そう言わないでやってくれよ。本人も気にしていたからさ」

「──光輝君が気にしないなら、別に良いけど……じゃあさ、ズバリ聞いちゃうけど、その子とは恋愛関係ではないって事で良いんだよね?」

「うん、恋愛関係じゃないよ」


 俺がそう答えると、星恵さんは表情を見られたくなかったのか、クイッと帽子のツバを下げた。でも……口元が緩んでいるのが見えているぞ。


「じゃあ、これを渡しても問題ないかな!」と、星恵さんは言って、しゃがみ込み、ショルダーバッグを手に取ると、中から綺麗にラッピングされた箱を取り出した。


 立ち上がると「はい、これ。恋愛関係だったら申し訳ないと思って、渡せなかったやつ!」と言って箱を差し出す。俺は「ありがとう」と御礼を言って受け取った。


「開けて良い?」

「どうぞ」

「何かな……」


 箱の包み紙を丁寧に剥がしていくと──なんと! 俺が欲しいと言ったゴールドと黒のバイブレーションのルアーが入っていた。


「これって、俺が欲しいって言ってたやつじゃん! あの時、買ってくれたの?」

「うん。あの時、買わないで売れ切れたら可哀想だと思ってね」

「ありがとう……マジで嬉しい」

「どう致しまして!」


 俺はしゃがむと、自分のショルダーバッグを手に取る。


「大事に飾らせて貰うね」

「え? 使わないの?」

「だって失くしたら嫌じゃん……」

「えぇー……せっかくあげたのに使ってよ」


 不満げな星恵さんを見て、俺はどうしても笑顔に変えたくなり「じゃあ……」と言って、封を開ける。


「うんうん、良いね」と、星恵さんはちゃんと俺の期待に応えてくれた。


 ──俺は星恵さんから貰ったルアーを取付け終わると立ち上がり、池に向かって歩き出す。


「さぁ、釣るぞ~」と、俺が言って池の前で立ち止まると、「私も~」と星恵さんが横に並ぶ。


 星恵さんの竿には、あの日、買ったピンクのルアーが付いていた。


「どうせだったら、同時に投げてみない?」

「良いね。せー……の!」


 俺の掛け声と同時に、二人のルアーが飛んでいく。


「──良い所に飛んだね」

「うん! お魚、喰いついてくれますよーに!」


 俺達はこうして釣りを楽しむ。結果は──残念ながら、丸坊主だったけど二人で過ごす時間がとにかく特別で……十分に心を満たして帰ることが出来た。


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