第18話 商隊

 翌朝、綺麗に手入れされた馬車に水や食料、テントなどの必要な物資を積みこみ、元ミニバンチームを合わせて八名乗るとなると、結構なスペースを要としたが、さすがに乗り合い馬車で使われただけの事はあって、荷台はまだまだ余裕があった。

「みんな慣れていないだろうから、御者は私がやるよ。エウリデケに地図を渡しておくから、希望があったら教えて」

 私は笑い、荷台と御者席を隔て幌の出入り口を開いて顔を出したエウリデケに、空間ポケットから取りだした地図を渡した。

「分かりました。検討します」

 エウリデケにが小さく笑って荷台に引っ込み、私は馬車で出発した。

 今のところ、特に行き先を聞いていないので、私は馬車を町の広場に向けた。

 程なく到着すると、そこは馬車で一杯になっていた。

 ここで商売する商人、先に進む一行、各地に向かう乗り合い馬車…。この町では、当たり前の事だった。

「おう、ラシル。お前が馬車なんて初めてみたぜ。商売でもするのか?」

 自分の馬車の荷積みが終わった様子で、これから旅立つ顔見知りの冒険者が声をかけてきた。

「違うよ。珍しくパーティを組んだ。これから行く当てのない旅をするんだ」

 私はその冒険者に笑った。

「パーティだと。こりゃ大雪だな。まあ、死ぬなよ」

 冒険者のオッチャンが笑いして、自分の馬車に乗り込み、ゆっくりと去っていった。

 初めてみる町の様子に興奮したか、荷台で騒ぐ声が聞こえてきた。

「まあ、興奮するよね。さて、どうするか…」

 馬車を止めて考えていると、一人のオジさんが近寄ってきた。

「ボルタック商会のアルスです。この辺りは初なので、商隊の道案内と護衛をお願いしたいのですが、よろしいですか?」

 オジさんがお金が入った、小さな革袋を取りだした。

「パーティ全員に意見を聞いてからだけど、仕事を請け負っても大丈夫だよ。ちょっと待って」

 私は仕切りの幌を開け、荷台に顔をだした。

 中ではマップをみながら、全員で行きたい場所を検討していた様子だが、私は待ったをかけて護衛任務の仕事がある旨を話した。

「分かりました。当てがないので、ここは受けて下さい」

 エミリアが笑った。

「分かった。さっそく引き受けるね」

 私は幌内から顔を抜き、待っていたアルスさんに声をかけた。

「大丈夫みたいだから、仕事を引き受けるよ。どこに向かうの?」

 アルスさんからお金を受け取ると、私は商隊の行き先を聞いた。

「はい、新しい顧客を確保するために、アルドという町に向かいたいと考えています。大丈夫ですか?」

 アルスさんが笑みを浮かべた。

「アルドか…。あそこは、カランザ砂漠の真ん中の町だよ。人口は結構多いから商売になるとは思うけど、水と食料はきっちり用意してね」

 私は笑った。

「はい、それは大丈夫です。さっそく出発しますが、問題はないでしょうか?」

 アルスさんの言葉に私は頷き、私は指でOKサインを出した。

「順調に進んでも三日はかかる。急ごう」

 こうして、私たちはケタスの町を後にした。


 商隊の馬車は三台で、ケタスの町から街道を二日ほど進み、その先は砂に支配された広大な土地だ

 アルスさんたちの商隊は、途中の村や町で商売をしながらゆったり走ることしばし。。

 陽が落ちる頃を見計らって私は商隊の歩みを止め、マルスという小さな村で夜を越える事にした。

 街道筋には珍しく、宿屋が一軒もなかったが、それはそれで馬車で眠ればいい。

 小さな広場に一隊の馬車を集めて、私たちは荷台の空きスペースに寝袋を敷いた。

 アルスさんの一行も慣れているようで、器用に馬車に寝袋を敷いたり、テントを立てて夜を越せる準備をしたり、さすがにあちこちを渡り歩く商人だと思った。

「さてと、晩ごはんを食べられる食堂はあるかな…」

 なにしろ、街道筋に店が数軒あるだけの小さな村ではあったが、少し大きめの食堂を見つけた。

「よし、あそこにいこう。アルスさんはどうかな」

 私は馬車を降り、近くでテントを立てていたアルスさんに問いかけた。

「はい、分かりました。僕たちは準備が完了してから晩ごはんにしますので、先に行って下さい」

 和やかに返してきたアルスさんに手を振って応え、私たち八人は食堂に向かった。

「へぇ、いい感じだね」

 食堂に入ると、中はログハウス風になっていて、落ち着いた照明に照らされた店内は、失礼ながら村より立派だった。

 店員さんに案内されるままに適当に席に座り、私はメニューブックを開いた。

「メニューは読めないかな?」

 私が問いかけると、全員が頷いた。

「分かった。メニューには写真が付いているから、私相談してね」

 素早くディナーセットを選択した私は、みんなが選ぶのを待った。

「あの、これは…」

 ランスロットが問いかけてきたので、それを見やるとスペシャルお子様ランチだった。

「それ、お子様ランチだよ。写真を見ると豪華だけど、一品一品が子供サイズだよ」

 私が笑みを浮かべると、ランスロットは顔を真っ赤にして、再び品定めをはじめた。

「私はお酒が飲めるならいいので、なにかオススメありますか?」

 ビスコが笑った。

「分かった、そっちは任せて。あとは…」

 というわけで、私たちはそこそこ豪華な夕食を済ませ、まだ馬車の繋留作業をしていたアルスさんに手を挙げた。

「こっちは晩メシ終わったよ!」

 私は作業中のアルスさんに声をかけ、自分の馬車に乗った。

 すでに陽は落ち、夜の闇の中で馬車の荷台にぶら下がっていたランタンに火をつけ、ほのかに明い落ち着く空間になった。

「さて、みんなどう?」

 私は笑った。

「はい、面白いですよ。なにか名物や名所はありますか?」

 エミリアが笑った。

「そうだねぇ…。ここは南部地域の海沿いだから海産物が豊富なんだけど、目的地のカランザ砂漠の真ん中かだから、休憩の時に食べるかな」

 私は笑みを浮かべた。

「分かりました。楽しみにしておきます」

 エミリアが笑った。


 翌朝早く、まだ陽が昇る前に出立準備を終え、アルスさん率いる商隊は町の外に出る事になった。。

 かなり早い時間だが、隣の町まで半日かかる。

 そう思えば、この時間は妥当だろう。

「では、今日もお願いします。今日も進めるだけ進みましょう」

 馬車に乗ろうとした時、アルスさんが私に声をかけてくれた。

「分かっているよ。それじゃ、行こうか」

 私は笑みを浮かべ、自分の馬車の後ろに回り荷台を確認した。

「みんな、大丈夫?」

 私の問いにビスコとエミリアが笑った。

 隊列の動きに進む路面は石畳で舗装されているので、早くも馬車がガタガタと緩い振動が伝わってきた

「はい、大丈夫ですよ。ガタガタしているので、ランスロットが酔いそうですが、問題ないでしょう」

 エミリアが笑った。

「そっか、吐くなら馬車の外にしてね」

 …我ながらなかなか酷い。

 商隊は人が歩く程度の速度で進んで行く。

 私たちは馬車待機だが、商隊から馬車外に出た屈強なお兄さんたちが、一隊を囲むように歩いている。

 このヘデン草原はどこまでも視界が開け、なかなかの気持ちよさだ。

 ランスロットの世界も面白いが、どういう魔法式で作ったのが不明のスーンが作った転移魔法で、全員こちらに来てしまった。

 まあ、それでこうなった以上、私は全力で楽しもうと思っていた。

「みんな、ゆっくりだからって寝たらダメだよ」

 私は笑って、手綱を軽く引いて速度調整しながら、周辺の様子を監視するために『周辺探査』の魔法を使った。

 私の魔力では、最大で半径二百キロの範囲が出来るが、そこまでやると精度が落ちるので、普段よく使う半径二十キロに調整した。

 目の前の虚空に大きな魔力光が光るウィンドウが開き、この商隊を中心にして今のところは障害物はなしだった。

「なにそれ、なにそれ!」

 見ていたらしく、スーンが目の色を変えて聞いてきた。

「うん、周辺探査だよ。これが、なかなか使える魔法なんだよ」

 私は笑って返した。

「それは分かるよ。やってみる!」

 スーンが馬車の荷台に顔を引っ込め、ビスコが怒鳴る声が聞こえてきた」

「ですから、ここでは私たちは魔法が使えない世界です。なぜ、すぐに開発してしまうのですか!」

「だからだよ。この頭でっかち!」

 …まあ、いいや。

 私は苦笑して、商隊とペースを合わせて、馬車を進めていった。


 開けた場所のため、ここは盗賊の被害に遭うことは珍しい事だ。

 しかし、なかなか根性があるのか単なるバカなのか、しばらく進むと探査魔法に反応があった。

「なにかあったな。数は十五か…」

 私はに御者席に備え付けてあったランチャをラックを引き抜き、赤色の信号弾を上空に向けて射ち上げた。

 しばらくして、商隊の先頭を走っていた馬車から同様の赤い信号弾が撃ち出され、私は馬車の速度を一気に上げた。

「さて、突っ走りますか」

 私は馬車の速度を上げたまま、呪文を唱えた。

「フレアアロー、待機!」

 馬車の進行方向を遮るように、矢のような形になった火炎の固まりが生まれた。

 これは、名が示すとおり炎の矢を飛ばして攻撃するもので、ベースにしたファイアボールの数万倍の超高熱。

 しかも、ロックオンしたらどこにいても追いかけ回すという、自分で言うのもなんだが、これは傑作かもしれない。

「今回は…そうだな、千二十八本でいいか」

 これは矢の数で、最低限界の五百本よりちょっと多いが、私はこのくらいでいい。

 ちなみに 先ほどの探索魔法もこれも通常の魔法ではなく、エルフ魔法である。

 本来、森の手入れで使うものだが、当然攻撃魔法にも転用可能だ。

「さて、これでなんでもなかったら寂しいけど、それならそれでいいね」

 私は呟きながら、二キロ先に現れた反応に接近していった。

「さてさて…」

 程なく見えてきた前方の様子を見て、私はやれやれと息を吐いた。

 前方に見えたもの…それは、盗賊団とのケンカだった。

 確かにここは稼ぎが悪いだろう。

 だったら、よそにいけと心底思うが、まあ、だからといって、放っておくつもりはなかった。

「えっと…。この範囲が敵か。ロックオン…」

 私の意図通り、白いマークで表示されていたオブジェクトが赤く表示された」

「よし、大丈夫。待機解除、ぶっ壊せ!」

 私は叫びながら、あらかじめ空中に浮かべて待機させておいた、先の炎の矢をズドドと一斉発射した。

 両軍合わせて二百名程度で、この猛射なら簡単に片が付くだろう。

 ほぼ同時に赤いオブジェクトが全て消滅し、派手な熱風がここまで届いてきた。

「火葬はサービスだね。さて、通常に戻るか」

 私は呟き、青い信号弾を射ち上げたのだった。

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