エルフ、異世界を行く

NEO

第1話 旅立ち

 広い世界を自分の目で見たい。

 まあ、ありがちといえばありがちな動機から、私は旅に出た。

 私の名はラシル。

 女の子の一人旅は危険が伴うが、団体行動だとみたい場所に行けなくなる事もある。

 そんなわけで、私は乗り合い馬車に揺られ、海の幸が食べたいという欲求のまま、たまたま宿泊した街の近くにあった、サンタスという港町に向かっていた。

「宿で聞いたら、サンタスの刺身は美味いっていったてな。海鮮丼でも食べよう」

 私は小さく笑みを浮かべた。

 時間帯なのか、私が乗った馬車は他に乗客もなく、隣の椅子に背嚢を置いて中身の整理をした。

「だいぶ食料が減ったな。可能ならサンタスで補給しよう。路銀はまだ大丈夫。迷子の猫探しが、こんな大金になるとは思わなかったよ」

 私は笑った。

 急ぐ旅でもなし。ガタゴトゆっくり走る乗合馬車は、その揺れが軽く眠りを誘ったが、寝てしまうとなかなか起きないと定評がある私だ。ここは、ぐっと我慢するところだ。

「このために、早朝にサンタスに到着する便を選んだもんね。待ってろ、刺身!!」

 一人声を上げ、私は笑った。


 乗り合い馬車がサンタスに到着したのは、予定よりやや遅れてだった。

「よし、着いた。聞いた話しによれば、『カジカ亭』とかいう食堂がオススメって聞いたけど…」

 私は馬車から下りて、カジカ亭を目指した。

 さほど探す事もなく目的の食堂をみつけて中に入ると、漁師さんと思しきお客さんたちで、なかなか混んでいた。

「はい、お姉さん。ちょっと待ってね。カウンター席を片付けるから!」

 威勢のいいオバチャンの声に笑みを浮かべ、私は席に案内されるまで待った。

 程なくオバチャンに案内されてカウンター席に落ち着くと、オーダーを取りに来たオバチャンに、オススメの丼を頼んだ。

「あいよ、朝食セットでいいね。海鮮丼と粗汁に漬物付きで!」

「うん、それでお願い。お腹空いちゃった」

 私は笑った。

 なぜ、夜も明けないうちからサンタスを目指したかというと、昼前には食材がなくなってしまい、閉店してしまうと聞いたからだ。

 実際、この混雑ならそうなってしまうのは、十分納得がいった。

「あいよ、お待ち!!」

 しばらく待っていると、オバチャンが刺身を山盛りにした、大きな丼を持ってきた。

「こりゃ凄いね。いたたぎます」

 私は海鮮丼の攻略にかかった。

 それを半分ほど平らげた頃になって、私は体の異変を感じた。

「なんだか妙に体が重い。疲れたからかな…」

 なんとなく呟いた時、 私の体が光りに包まれた。

「こ、これって…!?」

 私は慌てて財布から紙幣を何枚か取りだして、カウンターに叩きつけるように置くと、次の瞬間、私の目の前の景色がグニャリと歪み、丼を持ったままどこかの薄暗い地下室のような場所で、床に大きく複雑な文様が描かれていた。

「えっと、これは魔法陣?」

 ここがどこか分からないが、私は魔法の嗜みがある。

 知っているものとは違ったが、図形で大体分かった。

「あ、あの…」

 聞き覚えのない女の子の声が聞こえ、私はそちらを振り向いた。

 お下げにした髪型が可愛いまだ十代前半くらいの彼女が、顔を青くして膝を床に崩し、ガタガタ震えはじめた。

「ン、どうした。食べかけでいいならこれ食べる?」

 私は手に持っていた丼を差し出し、小さく笑った。

「あ、あの、食べている場合ではありません。状況は最悪です。練習用の術式でまさか人間を召喚してしまうとは…お、お母さんを呼んできます。ちょっと待って下さい」

「人間って…私は一応エルフなんだけどな」

 そう、私はちゃんと許可をとって里の外を旅している、正真正銘のエルフである。

 簡単に見抜かれないように、特徴とされる細長い耳は、そっと髪の毛で隠してあるので、今のところバレた事はない。

 私は苦笑して、海鮮丼の残りを掻き込んだ。


 しばらくすると、パタパタと階段を駆け下りる足音が聞こえ、女の子とそのお母さん思しき女性がすっ飛んできて、挨拶どころではないという感じで、私の体を触ったり、床に書かれた魔法陣を厳しい目で見つめ、並んで涙を浮かべていた女の子を張り倒した。

「ちょっと待って。暴力はダメだよ。私としては、その前に状況説明を求めるけど」

 私は苦笑した。

「あっ、これは失礼しました。私はエミリアで、このバカ娘はランスロットと申します。この子はまだ見習い召喚士で、いつもは私が監督の上で、個々に描いたサモンサークルを使って練習するのですが、今回はうっかり扉の鍵をかけ忘れてしまって…」

 エミリアが小さく息を吐いた。

「そっか、たまたま召喚されちゃっただけか。ここはどこ?」

 私は笑みを浮かべた。

「それが…この子が使った召喚術はいわゆる『異世界召喚』で、たまたまあなたをこの世界にお招きしてしまった可能性が高いのです。ご存じかもしれませんが、こうやって言葉でコミュニケーション出来るのは、召喚した者と会話が成立しないと困るので、魔法に組み込まれた『翻訳』の効果です」

 エミリアがまた小さく息を吐いた。

「…それは困ったな。まあ、召喚術には必ず送り還す魔法があるでしょ。それで戻してくれればいいよ。その前に、お茶でもしてさ」

 私は笑った。

「そ、それが…戻せないのです。この召喚術は危険で複雑なので、こういうものもあると、簡単に話をした程度だったのですが、この子がどこで覚えたのか異世界召喚術を覚えてしまい、絶対に使うなと釘を刺しておいたのです。本来はちゃんと送り還す魔法もあるのですが、それが欠如しています。謝ってもどうにもならないのですが、大変申し訳ありません。私たちもどうするか考えあぐねていまして…」

 エミリアが頭を抱え、ランスロットが泣きじゃくった。

「あー…。とりあえず落ち着こう。私の名前はラシル。よろしく」

 私は笑みを浮かべた。


 いつまでも地下にいる意味はないという事で、私は二人に続いて階段を上っていった。

 リビングの椅子に座ると、私は笑みを浮かべた。

「それで、召喚獣としてなにをすればいいの?」

 私は笑った。

「はい…まずはお姿を。これは、召喚された者はこうなってしまいます」

 ランスロットが姿見を持ってくると、額に大きな紋章が浮かび、首にはチョーカーのようなものがあった。

「あーあ、これはまた派手なイメチェンだね。まあ、いいけど。それにしても、ここは近代的というか、ずいぶん文明が発達しているみたいだね」

 私は窓の外を見ながら呟いた。

 基本的にのどかな田舎という空気が漂っていたが、ときおり馬が曳かなくても走る車が砂利が敷かれた道を通り抜け、異世界だなぁと思った。

「そうですか。のんびりした世界だったのですね」

 お菓子を持ってきたエミリアが笑みを浮かべた。

「あ、あの、私はとんでもない事を。取り返しがつかない事をやってしまいました。どうすれば…」

 まだ混乱状態のランスロットの頭を撫で、私は笑った。

「どうもしなくていいよ。元々、世界をみて回る旅をしていたんだもん。これもまた経験だよ」

 私は笑った。

 まあ、正直にいえば本来の世界に未練はあるが、それをこの子に話せば自責の念で、さらにとんでもない事をやりかねないので、そこは抑えた。

「あの、お詫びといってはなんですが、私たちシーマ家の一員として暮らしていただけませんか。身元が分からないと、なにかと不便だと思いますので」

 エミリアが笑みを浮かべた。

「それは助かるよ。この世界で一人放り出されたら、ちょっと困るから」

 私が返すとエミリアが笑みを浮かべ…すぐに顔色が変わった。

「この、ランスロット!!」

「ひゃい?!」

 エミリアは、ランスロットに特大のゲンコツを落とした。

「ど、どうしたの?」

 私は思わず椅子から立ち上がった私は、慌ててエミリアに聞いた。

「は、はい、とんでもない事です。異世界から転移させてしまっただけでももはや犯罪級のミスなのに、同時に使い魔契約まで結んでしまっています。つまり、ラシルさんは…ランスロットの『物』扱いに。その紋章は使い魔である証、首のチョーカーは首輪だと思って下さい。紋章の形に違和感を覚えて、記憶を辿っていたのです」

 エミリアがため息を吐いた。

「…ランスロット、あなたの研究ノートを確認します。速くしなさい」

「わ、分かった…」

 ランスロットが大事にしている様子の鞄から、年季が入ってボロボロのノートを出して、エミリアに渡した。

「えっと、最後の方…あった」

 エミリアがつぶさにノートを読みはじめ、その目の端がどんどんつり上がっていった。

「もう叩く気力もありません。最悪ですね」

 エミリアは小さな息を吐いた。

「えっと、なにが…」

「簡単に説明すると、召喚魔法あるいは召喚術とも呼ばれますが、事前に召喚契約を結んだ者を一時的に呼んで、なにか仕事をしてもらうというものです。これは、それ自体が異世界召喚になり得ますし、正しく使うならラシルさんには最低限のご迷惑しかお掛けしなかったはずですが…」

 エミリアは小さくため息を吐いた。

「それは分かるな。簡単だけど私も召喚魔法を使えるし。ああ、あくまでも私の世界でね」

「そうですか。このシーマ家は旦那も私も召喚術士なので、楽しく過ごせるかもしれません。さて、戻りますが。ランスロットはよりにもよって、遠くから物を転移させる転送魔法、先ほどお話しした召喚術に加え、使い魔契約の魔法まで組み込んだ、ある意味天才としかいえないのですが、本来なら発動すらしないこのごちゃ混ぜ魔法が発動してしまい、ラシルさんをこちらの世界に呼んでしまった上に、勝手に使い魔契約までさせられてしまったのです。このアホ!!」

「ご、ごめんなさい!!」

 エミリアにビシバシやられて、私でも気が付くくらい落ちこんでしまったので、私は立ったついでに、床に崩れて泣いているランスロットを背負い、軽く振ってヨシヨシした。

「見たところ子供だけど、年齢は?」

「はい…十二才です」

 ランスロットが小さく答えた。

「そっか、色々やってみたい年頃だね。まあ、やっちゃった事は取り戻せない。どうするかはランスロット次第だよ。私はただの使い魔だし」

 私は笑った。

「はい…大事にします。もちろん、お風呂で背中も流します。なんでもいって下さい」

 ランスロットが小さく鼻を鳴らした。

「こら、それじゃ主従が逆だぞ。まあ、お任せするよ。この世界の事はなにも知らないから。あっ、いっておく。私は人間じゃなくてエルフだからね。嫌だったらどっかに閉じ込めておいて」

 私は笑った。

「あっ、エルフなんですね。珍しくありませんよ。森に住んでいたのは昔の話しです。これで、そちらの世界と情報が合致しますか?」

 エミリアが笑みを浮かべた。

「大体あってるかな。この姿をみて驚かないって事は、一応人の姿形のようだし」

 私は笑った。

「はい。それはもう、うらやむくらいの美貌の持ち主ですよ。それなのに、ラシルさんの額に…。ファンデーションで誤魔化せるはずですが、時間と共に落ちてきたら終わりです。なにもしない方がいいでしょう」

 エミリアが笑った。

「それで、これからどうすればいいのかな?」

「はい、まずは王都に出向いて、王宮魔法使いの主人に事態を報告します。その後、国王様にラシルさんを紹介して、この国の者と保証して頂く事が重要です。今のラシルさんは、どこの国の者かと聞かれても、それを証明する手段がありません。住民登録は重要です」

 エミリアが笑みを浮かべた。

「なるほど、分かった。王都は遠いのかな?」

「はい、直行の夜行バスはありますが丸一日かかってしまうので、飛行機を利用しましょう。空港はすぐそこなので」

 エミリアが小さく笑みを浮かべた。

「えっと…私の世界にはないものだね。どんなの?」

「そうですか。夜行バスというのは大勢のお客さんを乗せて走る車で、飛行機は空を飛んで移動する機械です」

 私の問いに答え、エミリアは笑みを浮かべた。

「なるほど、夜行バスは乗り合い馬車のようなもので、飛行機は…ないな。開発しているって、噂話程度には聞いてるけど」

 私は頷いた。

「では、急ぎましょう。今はちょうどお昼前です。空港で昼食にしましょう」

「分かった。ところで、ランスロットが寝ちゃったけど、どうしようかな」

 よほどエミリアが怖かったか、ランスロットが私の背中で寝てしまった。

「あら、困りましたね。叩き起こすのも可哀想なので、そっと下ろしてあげて下さい」

 エミリアが笑みを浮かべた。

 私が背中からランスロットを床に下ろすと、目が覚めた様子で涙目を擦った。

「ランスロット、王都までいきます。私は準備しますので、あなたは着替えて下さい。その前にシャワーを忘れずに。ラシルさんもスッキリした方がいいですよ。服の替えはありますか?」

 エミリアが笑みを浮かべた。

「旅の途中だったからね。あるにはあるけど、あんまり変わらないかも。まあ、今のよりはマシだから着替えるよ」

 私は笑った。


 シャワーを拝借して身を綺麗にして、私はきれいさっぱり着替えた。

「さてと…」

 小さな脱衣所で、服を脱ぐ時に外した武器を身につけていると、様子を伺いにきたのかエミリアが声をかけてきた。

「それは、武器ですね。ショートソードとナイフ、こちらではやや古いタイプですが、拳銃。これで十分以上ですね。これだけ必要なほど、ただ旅をするだけでも危険だったのですね」

 エミリアが笑みを浮かべた。

「まあ、滅多になかったけど、魔物や盗賊団の襲撃を受けた時にちょっとね。そういえば、召喚術があるくらいだから、魔法もあるんだよね。これでも魔法使いだから、あれば知りたいな」

「はい、魔法はあります。試しに魔法書をお貸ししますので、読んでみて下さい」

 エミリアが笑みを浮かべ、机の上にあった分厚い本を私に手渡してくれた。

「ありがとう。さて…」

 私はさっそく本を開き、パラパラとページを繰っていった。

 適当に読み流しているわけではない。魔法書はそれ自体が魔力を帯びていて、ページを開くとそこに書かれた事が頭に入ってくる…というか、そうでないとここに記されている事が読めない。

 会話は可能だが、文字の読み書きには困るのは確かだった。

「あっ、文字が違うので読めないですよね。失礼しました」

 エミリアが慌てた様子で、これまた分厚い辞書を取りだした。

「い、いや、その辞書もこっちの世界の文字でしょ。読めない事に変わりはないよ」

 私は苦笑した。

「あっ、そうですね。それでは、読み書きは当面は私かランスロットが行います。これで問題ないでしょう」

 エミリアが笑みを浮かべた。

「そうだね。よろしく頼むよ。ちょっと情けないけど…。暇な時に勉強するから、ついでに教えてね」

 私は笑った。

「あっ、そういえばランスロットがいないね。どこにいったのかな?」

「はい、自分の部屋で準備しています。すぐにきますよ」

 エミリアが笑った時、よそ行きと分かる服に着替え、ツバの広い帽子をかぶったランスロットが部屋から出てきた。

「私も準備はすんでいます。ランスロットとラシルさん。車で空港まで行きますので、こちらへ」

 エミリアが笑みを浮かべ、玄関の扉を開けて外に出ていった。

「ラシルさん、行きましょう」

 ランスロットが、ようやく笑みを浮かべた。

「泣き顔よりそっちの方が可愛いよ。さて、いこう」

 私は笑って、ランスロットの手を引いた。


 素朴な作りをしたランスロットの家は、なんとなく里の家を思わせる素朴なもので、私としては好印象だった。

「こちらです。掃除していないので、車中がゴミだらけなのはお許し下さい」

 エミリアが苦笑して、家の脇に止まっていた車の扉を開けた。

「えっと…」

 扉の開け方が分からず一瞬固まってしまうと、ランスロットが車体後部の扉を開けてくれた。

 お先にと車内に滑り込んで座席に座ってみると、程よい固さで心地よかったが、こちらではちょうど夏のようで、車内は蒸し風呂のように暑かった。

 前列の右側に座ったエミリアがなにか弄ると機械音が響き、冷たい風が吹いてきた。

「今はちょっと暑いですが、すぐに涼しくなると思います」

 エミリアが笑った。

 隣に座ったランスロットが扉を閉めると、エミリアは車を前進させた。

「へぇ、面白いね。これが、この世界の『馬車』か」

 私は笑った。

 エミリアが操る車は砂利で舗装された道を進み、すぐに突き当たった正体不明のもので舗装された、黒い道を結構な速度で走りはじめた。

「空港までは三十分程度です。少し飛ばしますね」

 エミリアはさらに車の速度を上げ、空港とやらに急いでいる様子だった。

「ば、馬車より速い。こ、怖いよ」

 私は額に浮いてきた汗を右腕で拭いた。

「大丈夫です。私は人並みには運転できる自信がありますよ」

 エミリアが笑った。

「じ、事故だけは勘弁ね」

 私は苦笑した。

 エミリアが運転する車は、やがて見たことがないような大きな建物が見える場所に到達した。

「な、なにあれ…」

「あれが空港です。上手く飛行機の席が取れるといいですが」

 ランスロットが笑みを浮かべた。

「な、なんか、異世界だよね…って感じ」

 私は苦笑した。

「ラシルさん。空港に着いたら、ランスロットについていって下さい」

「分かった。ランスロット、よろしく」

 私は笑みを浮かべた。


 駐車場とやらにエミリアが車を駐め、そこから大きな建物に向かって歩いていった。

 近づくと自動で開く扉にビビりながら中に入ると、暑い外と比べたら段違いに涼しく、寒いとすら感じるほどだった。

「では、私は飛行機の席を確保してきます。ここで待っていて下さい」

 エミリアが笑って、なにかのカウンターが並んでいる方に向かっていった。

「ラシルさん、ここに座りましょう」

 ランスロットが近くのベンチに座ったので、私は隣に座った。

「さて、これからまた異世界だ。飛行機なんて想像もできないよ」

 私は笑った。

「王都には、飛行機に乗ってから約一時間で到着するはずです」

 ランスロットが笑みを浮かべた。

「そっか、空飛ぶ機械ねぇ。どんなものかも想像できないよ」

 私は笑った。

「はい、これが写真です」

「写真?」

 よく分からなかったが、ランスロットが鞄から取りだしてみせてくれた厚紙には、いかにも速そうな外観をした、大きな機械の姿があった。

「なるほど大きいね。てっきり、この翼をパタパタやるのかと思ったよ」

 私は冗談をいって笑った。

「それはそれで格好いいですね。私は詳しい事は分かりませんが、とても速いですよ」

 ランスロットが控えめに笑った。

「そっか。ああ、そうだ。私の事は本当に気にしなくていいよ。誰がなんといおうが、当人が納得してるならいいでしょ?」

 私は笑みを浮かべた。

 まさか、漁師町で海鮮丼を食べている途中で、異世界に飛ばされるとは思わなかったし、いまだに状況についていくのが精一杯だったが、幸いこの子の家に迎え入れてもらえたしい、当面の間の足場は確保できた。あとは、なるうようになる。

 私は基本的に楽天家なので、そういうところは細かい事は気にしない性格が役に立った。

「お待たせしました。席が取れました。次の便なので急ぎましょう」

 カウンターでなにやら手続きのような事をしていたエミリアが、小さく笑って葉書くらいのサイズをした少し厚い紙を手渡してきた。

「字が読めないと思いますが、それが飛行機に乗るための搭乗券です。私が先にいって、あとからランスロットが続きます。なにか不都合があれば、私たちが対応します」

 エミリアが笑みを浮かべ、私とランスロットはベンチから立ち上がった。

「では、行きましょう。ランスロット、覚悟して下さいね。お父さんがなんというか」

 エミリアが笑った。

「え、えっと…素直に怒られます」

 ランスロットが小さく息を吐いた。

「それは結構。では、こちらです」

 エミリアのあとをついて行くと、なにか門のようなものがあり、そこで手荷物検査をやっているようだった。

「あっ、迂闊でした。武器の類いは機内持ち込み禁止です。ラシルさんの分を忘れていました。外して頂けますか。私が預かり荷物の手続きをしてきます」

「うん、分かった」

 私は素直にショートソードと拳銃をホルスタごと外し、ベルトのナイフを鞘ごと外してエミリアに手渡した。

「はい、確かに預かりました。少し待っていて下さい」

 エミリアは私の装備一式を抱えて、空いている空港内を早足で歩き、カウンターで手続きをはじめた。

「なんだか、丸腰だと怖いね」

 武器がない事に慣れていない私は、誰ともなく呟いた。

「安心して下さい。誰かが襲ってこようものなら、お母さんが撃滅しますので」

 ランスロットが小さく笑った。

「えっ、強いの?」

「はい、魔法の腕も確かですし、拳銃の腕も確かです。安心して私たちに任せて下さい」

 ランスロットが笑みを浮かべた。

 しばらく経って、エミリアが戻ってきた。

「手続きが終わりました。行きましょう」

 エミリアが笑みを浮かべ、私たちは先程向かっていた門に向かった。

 門では係員が手荷物検査をしているようで、前を行くエミリアに従って、私も係員に背嚢を預けた。

 しばし背嚢にある荷物の検査が行われ、特に問題はなかったようで、そのまま返された。

 次ぎにいたランスロットも無事にチェックを抜け、私たちは三人で近くにあったベンチに腰を下ろした。

「あと五分ほどで、搭乗開始になるでしょう。どうです、これが飛行機です。

 先にいたフロアからは見えなかったが、ここからは大きなガラス窓の向こうに、見たことのない機械が並び、全く見たことのない景色が広がっていた。

「これは…。ある意味、こういう刺激を求めていたんだよ。これは貴重な経験だよ」

 私は笑った。

「そういってもらえると助かります。少し、罪悪感が薄くなりました」

 ランスロットが小さくため息を吐いた。

「あなたは、地の底まで反省しなさい。ラシルさん、王都についたら主人にみてもらいます。もしかしたら、あなたを本来の世界に戻す方法があるかもしれません」

「あっ、分かった。かえって悪いね」

 私は苦笑した。

「いえ、こちらの責任です。あっ、搭乗開始のアナウンスが流れました。行きましょう」

 どこからか、私には理解できない内容の言葉が聞こえてくると、エミリアとランスロットが立ち上がったので、私も立ち上がってエミリアのあとをついていった。

 しばらく歩くと、やはり門のようなものがあり、先程エミリアから渡された紙をチェックしているようだった。

 制服を着たお姉さんたちに向かえ入れられ。窓があって明るい少し細めの廊下のようなものを渡り、再びお姉さんのお出迎えを受けたあと、誰でもそうと分かる機械の中に入っていた。

 落ち着いた照明の中、やや狭い座席が並ぶ中を歩き、細長い部屋のような場所を歩き、後方の窓際に席が三脚ある場所で足を止めた。

「ここです。いつもは私が窓際を選ぶのですが、今回はラシルさんに譲ります」

 エミリアが笑った。

「えっ、普段通りでいいよ。真ん中はランスロットで私は通路側かな」

 私は笑ってエミリアとランスロットを押し込むようにして、一番通路側に座った。

「これでいいね。分からない事が多いから、手伝ってね」

 私は笑った。


 飛行機での旅は空を飛ぶということで、なんとも落ち着かないものだった。

 これは乗り心地が悪いわけではなく、単純に慣れていていないだけだと思う。

 しかし、この速さで移動できる手段は有用だと思った。

「さて、ここからは任せて下さい」

 王都の空港に着いて、預けていた私の武器一式を受け取って身につけていると、エミリアが服のポケットから手のひらサイズのなにかを取りだし、独り言のようになにか話しだした。

「ランスロット、あれなに?」

「はい、無線機です。恐らく、城にいるお父さんに連絡を取っているのでしょう。直に城から迎えの車がくるはずです」

 ランスロットが、ため息交じりにポツッと答えた。

「無線機って遠くと話しができるんだね。まあ、私も取りなすから、ランスロットを必要以上に怒らないように頑張ってみるよ」

 私は苦笑した。

「はい…。お母さんと違って、お父さんは静かに諭してくれます。でも、それがかえって心に響くというか。いっそ、殴ってくれた方がいいと思う時もあります。それが怖いです」

 ランスロットが、またため息を吐いた。

「私としては、そんなに虐めてほしくないんだけどね」

 ランスロットの頭を撫で、私は笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。覚悟は出来ています。今回は簡単なミスではありません」

 ランスロットが小さく笑みを浮かべた。

「分かりました…。城の主人と連絡を取りました。すぐに迎えを送るとの事でしたので、この建物から出て待ちましょう」

 エミリアが笑みを浮かべた。


 建物の外に出ると、車の発着が出来るスペースが広がっていた。

「へぇ、さすがに王都だね。活気があるよ」

 私は笑みを浮かべた。

「はい、この国の中心部ですからね。しばらく待って下さい。城までは車で五分くらいの距離なので」

 エミリアが笑みを浮かべた。

「意外と近いね。私は黙って後ろにいるから、あとは二人に任せるよ」

 私は笑みを浮かべた。

「はい、分かっています。ランスロット、本当に覚悟しなさい。お父さんが本気で怒ったようです」

「…はい」

 エミリアが笑みを浮かべ、ランスロットがもう泣きそうになった。

「ああ、ちょっと待って。泣かない泣かない…」

 私は慌ててランスロットを抱いた。

「は、はい、分かっていた事ですが、やはり怒らせてしまったようです。私の家はお父さんもお母さんも、腕が立つ召喚術士なんです。私が起こしたこの最悪の事故を、どう取り返せばいいか分かりません。いくらでも怒られます。それにしても、なぜラシルさんは怒らないのですか?」

「怒ってなんとかなるなら、とっくに激怒してるよ。これも、また旅だよ」

 私は笑った。

「ラシルさんの懐が広くて助かったのは、ランスロットや私も同じです。恨まれてもおかしくないですからね。ありがとうございます」

 エミリアが笑みを浮かべた。

「元々が大雑把だからね。これも経験だって、心のどこかで喜んでるよ。気にしないで」

 私は笑みを浮かべた。

「そういって頂けると助かります。あっ、迎えがきましたね。あの黒い車です」

 エミリアが、目の前に滑り込んできた黒く塗られたピカピカの車を指さした。

 車から降りてきた運転手さんが、後部座席の扉を開けてくれたので、私たちは車に乗り込んだ。

「さて、こういう時は楽しむに限る。どんな街かな」

 私は車窓を流れる景色をみて、笑みを浮かべた。


 大勢の人が行き交う街の中を、私たちを乗せた車はゆっくり走っていった。

 空港を離れてから、ずっと見えていた大きな城がどんどん近寄っていくにつれ、ランスロットの緊張した空気がビンビンに強くなっていくのを感じた。

「こら、そんな顔しないの。私まで責任を感じちゃうよ」

 私は笑った。

「は、はい…ごめんなさい」

 ランスロットが小さく息を吐いた。

「ランスロット、しっかりしなさい。お父さんにちゃんと事情を説明して、その指示を仰ぐこと。いい?」

 エミリアがビシッとランスロットに言葉を叩き込んだ。

「はい、分かっています…」

 ランスロットは鞄からメモ用紙を取りだし、なにかを一心に書きはじめた。

「あれ、どうしたの?」

「はい、もしかしたらラシルさんを元の世界に戻せるかもしれないと、呪文を思いついたのです」

 ランスロットは一心にメモ用紙に書いていたが、その向こうにいるエミリアが小さく首を横に振って複雑な表情を浮かべた。

「…なるほどね。ダメか」

 私はそっと目を閉じた。

 これはもう、本気でこちらの世界に骨を埋める覚悟が必要だった。

「まっ、究極の旅だね。いや、冒険か?」

 私は独りごちて、小さく笑った。

「…なんとかしなきゃ。なんとかしなきゃ」

 ランスロットが研究ノートまでひっくり返しながら、メモ用紙になにかを書き込み続けた。

「…ダメだ。使い魔契約が解除できないし、空間を繋ごうとしても偶然だったから、どこだか分からない」

 ランスロットが頭をガリガリ掻いた。

「難しいでしょうね。特に使い魔契約が厄介です。主から一定距離以上離れる事を許さない呪術…。これはもう、一回使ったら主が亡くなるまで解除出来ません。なぜ、このようなものを使ったのですか?」

 エミリアがきつめの口調で、ランスロットを問いただした。

「…いつまでも、なにも召喚出来なかったから、なにかを引き寄せる力が欲しくて組み込んだんだけど。なんで異世界だったのか、自分でも分からない」

 ランスロットがメモ帳とノートを鞄にしまい、小さく息を吐いた。

「なるほど、これは私の指導が悪かったかもしれませんね。城の出入り口でお父さんが待っています。あなたはしっかりお説教されて下さい」

 エミリアがため息を吐いた。

「あ、あのね。そんなにピリピリしないで。怖いから」

 私は苦笑した。

「あっ、これは師匠と弟子という状態なので厳しくしているだけです。母親と娘に戻れば、こんなギスギスした接し方はしません。主人の叱りをランスロットが受けてからでないと、やめられないのです」

 エミリアが小さく笑った。

「そ、そうか、ならいいけど…」

 私は苦笑した。


 私たちを乗せた車は、ゆっくり人混みをかき分けるように進み、緩やかに城に到着した。

「うわ…本当にお父さんが待っていた…」

 車が城の出入り口の前に止まると、制服なのか白いローブ姿のガタイのいい男性が指をバキバキ鳴らしながら立っていった。

「あ、ああ、お、怒ってる。それも、滅多にない最上級で…」

 早くもランスロットの目に涙が浮かび、エミリアが苦笑した。

「今からそれではいけませんね。では、お父さんに引き継ぎましょう」

 運転手さんが開けてくれた車の扉から降りると、ランスロットとエミリア、お父さんが三人が横並びになって、深く私に頭を下げてくれたので、ビックリして後ろに飛び退いてしまった。

「あ、あの、あまり堅苦しいのは…」

 私は苦笑した。

「いえ、これはちゃんと謝罪しなければなりません。私はランスロットの父である、ブロッサム・シーマです。妻より事情を聞いています。この度は娘がとんでもない事をしてしまって、大変申し訳なく思っています。これから、よくいって聞かせますので」

 頭を上げたブロッサムの表情は複雑だった。

「ランスロットをあまり責めないで下さい。ここまでの車中で、必死に私を元の世界に戻す呪文を考えてくれたので。どちらかといえば、そちらを手伝ってあげて下さい」

 私は笑みを浮かべた。

「そうですか…しっかり、やる事はやりますが、手伝いを優先させます」

 ブロッサムは小さく頷いた。

「はい、よろしくお願いします」

 私は一礼した。

「ランスロット、焦って無茶しないでね。ほどほどに」

 私は笑みを浮かべた。

「では、私はランスロットを連れていきます。あとはエミリアに従って下さい」

 もう一度礼をして、ブロッサムはランスロットの腕を引っ張るようにして、城の中に連れていった。

「あーあ…大丈夫かな」

 私は苦笑した。

「大丈夫です。あれでなかなか子供扱いが上手いので、問題ありません」

 エミリアが笑った。

「そ、そっか、ならいいけど…」

 私は苦笑した。

「では、私たちは国王様に謁見をしましょう。許可は夫に取ってもらっています。恐らく、国王様の性格を考えると、大歓迎されるでしょう」

 エミリアが笑った。


 城の出入り口から入ると、無言で衛兵が二名付き、ここは一般人も入るからという理由だろうが、謁見室は一階にあった。

「次、エミリア・シーマ殿ととラシル殿。入ります」

 出入り口の役職不明のオジサンが声を上げて、私たちは一段高いところに座っている立派な服をきた、誰がみても国王の前でエミリアと横並びに並んで片膝を立てて座り、頭は上げずに敬意を示した。

「うむ、両名とも表を上げよ。などと、偉そうな事もいえんな。ラシル殿、此度は我が国の臣民がとんでもない失態をしてしまった。ワシからも深く詫びよう」

 国王が頷いた。

「はい。しかし、私はすでに納得した事です。本件に対する罰は免除して頂きたいと思います」

 私は国王に願い出た。

「うむ、それはない。安心して欲しい。なにより、貴殿が無事でよかった。困ったら、いつでも頼るがいい。ところで、そなたの世界はどのような感じなのだ。ここから先は、ワシの好奇心だ」

 国王が笑った。

「どのような感じ…。ここより原始的ですよ。車や飛行機もありませんし、機械文明が開くのはこれからですね。私は世界を歩く旅をしていたのです。なかなか面白いですよ」

「そうか、面白い。ワシが生まれた時には、今ほどではないが便利な機械はいくらでもあったからな。不便ではないか?」

「その不便が最初からなので、不便とは思わないのです」

 国王の問いに私は笑って答えた。

「なるほど、そうじゃな。よし、もっと聞かせてもらおう。またとない機会だろうからな」

 国王が満足そうに笑った。


 国王に交じってエミリアまで絡み、私の『事情聴取』は延々と続き、終わった頃には窓の外は夕闇が迫っていた。

「うむ、名残惜しいがそろそろ謁見の時間が終わってしまう。他の者を待たせてるので、ここまでだな。なかなか面白かった。また話しをしよう」

 国王は笑った。

「はい、いつでも。では、これにて」

 私は立ったまま胸に右腕を当て頭を深く下げてから、私はエミリアと謁見室を出た。

「無事に国王様から身分証を頂きましたね。それは、なくさないで下さいね。身分保証人が国王様など、他にはないでしょうから」

「それもそうだね。本名『ラシル・シーマ』って、エルフには家名がないのに」

 私とエミリアは同時に笑った。

 城の出入り口に向かうと、すでに扉が半開きにされ、本日の業務終了という感じだった。

 その半開きの開いている方から外に出ると、すぐのところでランスロットを連れた、ブロッサムが軽く頭を下げた。

「な、なにか、ランスロットがげっそりしているけど…」

「いえ、これでも足りないほどです。娘と検討しましたが、現状ではラシル殿を元の世界にお還しする事は難しいと結論せざるを得ません。引き続け研究を続けますので、なにか吉報があれば連絡します」

 ブロッサムがやっと笑みを浮かべた。

「つ、疲れた…」

 ランスロットがヨロヨロと近寄ってくると、私に抱きついて身を預けてきた。

「あらあら、すっかり懐いたようですね。人見知りなのですが、さすがに出会いが出会いだったので、そんな事はすっ飛んでしまったのでしょう。では、帰りましょう。飛行機の最終便には十分間に合います。あなた、頼みましたよ」

「ああ、あとは任せろ。お前たちも、なにか異常があったら知らせてくれ」

 ブロッサムの言葉にエミリアが頷き、お互いに笑みを交わした。

「さて、車が待機しています。行きましょうか」

 エミリアが小さく笑い、私とランスロットが続いた。

 車に乗り込むと、外から運転手さんが扉を閉めてから車の前席に座り、なにやら操作して車を出した。

「いやー、今日は喋ったな。その中に出した魔法だけど、この世界のものをもっと詳しく知りたいな。最初に貸してもらった魔法書で、大体基本は分かったつもりだけど、今のところこれしか出来ない」

 私は苦笑して、明かりの魔法を使った。

「はい、十分早いです。これができれば、あとは応用です」

 エミリアが笑った。

「あとは、亜空間にあるから可能性はあるって出来るか試したんだけど、あっけなく繋がって拍子抜けだったよ」

 私は空間ポケットを開き、中をほじくり返した。

「な、なんですか、それは?」

 ランスロットが声を上げ、エミリアが目を丸くした。

「これね、中に物をしまえるんだよ。大事なものを入れておくのに便利なんだよ」

 私は小さく笑い、中から薬瓶を三つ取り出した。

「体力回復薬だよ。この世界に魔法薬があるかしらないけど…」

 私は取りだした薬瓶の中身を、まず一気に飲み干した。

「ほら、毒じゃないでしょ。疲れた体に染みるよ」

 私は笑った。

「はい、分かりました。魔法でお薬を作るなどと、考えもつかない事です」

 エミリアとランスロットが薬を飲み、小さな笑みを浮かべた。

「あの、もしかしたらだけど、そのポケットの中身には本来の世界にあるものがあったりするの?」

 少し砕けた口調になったランスロットが、興味深く聞いてきた。

「そりゃ、色々あるよ。旅の途中だったから。大きくてかさばる物が多いから、家にいったら見せるよ」

 私は笑った。

「家にいったらではなく『帰ったら』です。もう我が家の一員ですからね」

 エミリアが笑った。

「そうだった。慣れていなくて」

 私は笑みを浮かべた。


 王都から戻る手段は真逆なだけなので、うろたえる事なく飛行機に乗り、そうえば名前を聞いていなかった家がある町には、約一時間で到着した。

「さて、もう少しです。旅疲れもあるでしょう。ゆっくり休みましょう」

 車に乗ると、エミリアが笑った。

 それからしばし。エミリアの車で再び素朴な家に戻ってくると、私はリビングのソファに腰を下ろした。

「そうえば、朝の海鮮丼以外なにも食べてないか。忘れてた」

 私は笑った。

「そうですね、なにか作りましょう」

 エミリアが笑った。

「バタバタしていて忘れていたよ。それどころじゃなかったし」

 ランスロットから緊張感がなくなり、すっかり私に慣れてくれたようで、口調がだいぶ柔らかくなった。

「そうだね。まあ、異世界の第一歩にして、上々の出足か」

 私は笑った。

 これでどこかに放り出されたら、多分術者を恨んだだろうし、ロクな目に遭っていなかっただろう。

 そこは運が良かったといえるかもしれない。

「おっ、いい香り…」

 エミリアが立っているキッチンから、いい匂いがしてきた。

「はい、今日は手早く作れる簡単メニューです」

 エミリアが笑った。

「好き嫌いはないから、なんでも大丈夫だと信じているよ。もし、同じ名前でも私の世界と違っていたら、驚くかもしれないけど」

 私は笑った。


 幸い、食材や料理名にさほどの違いはなかった。

「良かった。食材の名前や調理が変わっていなくて」

 私は笑った。

「はい、実はランスロットが使い魔契約した時、ラシルさんの記憶がこの子に流れ込んだので、それを魔法で吸い出したのです。安心してください。本当に大事な記憶は、使い魔契約でも読み取れませんので。自動的にブロックされるようになっています」

「はい、知らなかったのです。まさか、そんなことまで…」

 ランスロットが俯いて、私の隣に座ってそっと息を吐いた。

「そっか、気にしないといえば嘘だけど、それで、どう思ったからは聞かないよ。嫌われたわけじゃないようで、なによりだけど」

 私は苦笑した。

「はい、嫌ってはいません。ただ一つ、二百十才って本当ですか?」

 ランスロットが私をマジマジ見つめた。

「見た目はどう?」

「…若いお姉さん。二百十才なんて…」

「こっちは分からないけど、私たちエルフは人間の歳で十才ごとに一才歳をとるの。だから、私は人間相手には二十一才っていってるんだ。じゃないと、冗談だと思われちゃうからね」

 私は笑った。

「ここのエルフも長生きですが、寿命はせいぜい三百才ですよ。凄いです」

 ランスロットが目を輝かせた。

「さて、食事が出来ました。ロールキャベツのコンソメ煮というものと、こちらのイラギタのおひたしです。冷めないうちに頂きましょう」

 エミリアが笑みを浮かべ、私たちはダイニングのテーブルに付いた。

「では、いただきます」

 エミリアに続いて私とランスロットも挨拶をして、食事に手をつけた。

「ロールキャベツのコンソメ煮は知ってる味だよ。このイラギタもほろ苦くて美味しい」

 私は笑みを浮かべた。

「知らない材料や調味料は、似たようなものを代用しました。ただの透明なスープなのに、かなり深いですね」

 エミリアが感心した様子で、呟くようにいった。

「私は料理はあまり得意ではないし、エルフだから人間の食事はあまり分からないけど、気になった料理はレシピと作り方を教わっていたんだ。あちこちいったから、結構多いと思うよ」

 私は笑った。

「はい、かなりあります。これをモノにするには、どれだけ時間がかかるでしょうか」

 エミリアが笑った。

「私はこっちの料理が気になるから、無理しないでね」

 私は笑った。


 食事を終えて今日の当番らしく、ランスロットが食器の片付けをしていると、家の扉がノックされた。

「あら、もう気が付いたようですね。お客様です」

 エミリアが笑い、玄関の扉を開けた。

「いらっしゃい。こんな時間にどうしたの?」

「うむ、ここら辺りで、かなり変わったエルフの存在を嗅ぎつけてな。ずっと探していたのだ。迷子なら里まで送り届けようと思ってな。貴殿がそうだな、名を聞こう。私はマルシルという」

 エルフの正装はここでも同じようで、真っ白なローブを着てフードを深く被り。顔をなるべくみせない…。これは、まだ私の事を信用していないよという意味だ。

「私はラシル。記憶と心を読んでください。嘘偽りない事実です」

 私はそっと目を閉じた。

「うむ、信用してもらえたということだな。しかし、早すぎるぞ。そうやたらとガードを外すべきではない。すぐに封じろ」

 マルシルがフードを上げ、その顔を見せた。

 エルフは相手の心が読める。

 人によって違うので、それの対策は企業秘密だが、エルフなら誰でも知ってる事だ。

「しかし、まいったな。異界なる場所からきたエルフとなると、どう接していいか分からん」

「その点は任せて下さい。私たちの家に住んでもらう事にしました。不便がないように、住民登録もしてきました。ハーフエルフのような感じになりましたが、種族欄に『エルフ』と明示しておきました。これで、無駄に争いごとに巻き込まれずに住むでしょう」

 エミリアが笑った。

「うむ、さすがに抜かりはないな。迫害を恐れて空欄にする者にするハーフエルフは多い。私の里では受け入れているが、大体の里では弾かれてしまうし、人間社会では人買いの恰好の獲物だからな。もし見かけたら、私の里にくるように伝えて欲しい。ガガゼト族の里といえば、大体の者は場所が分かるからな」

 マルシルが笑った。

「なるほど、こっちでもハーフエルフ問題があるのか…。私のところの方が酷いけどね。人間の町にもエルフの里にも入れてもらえないから、森の奥に自分たちの里を作ってひっそり暮らしているんだよ。これも、森の中だからエルフのテリトリー。もしエルフに見つかったら、逃げるしかない。そんな生活だから、私も考える事はあったんだけど、町に入れてもらえるだけ、まだマシかな。あんまり変わらないかもしれないけど」

 私は小さく息を吐いた。

「うむ、そうか。どうしたものか…」

 マルシルが頤に手を当てながら、唸りながらなにか考え込んだ。

「ちなみに、私がやった事は誰のものでもない草原に広い敷地に高い壁を作って、その中を自分たちが好きなように作ってもらって、隠れ里風にした事かな。食料なども手配しようと思ったけど、そこまで甘えられないっていわれて、そこは任せる事にした」

 私は笑みを浮かべた。

「なるほどな、足場を作ってくれれば、自活は出来るという考えか。それは、こちらでも採用するか考えてみよう。もっとも、魔物が多いので、簡単ではないが」

 マルシルが笑みを浮かべてきた。

「それはそうと、異世界からきてなにか問題があるか?」

「なにもかもって感じだけど、とりあえず、読み書きと魔法をなんとかしたいよ。それだけで、安心感が全然違うよ」

 私は苦笑した。

「なるほど、魔法を使えるのか。こちらにきて使えなくなったのだな。エルフ魔法は?」

「まだ試していないけど、多分ダメだと思う。さっき明かりの魔法を作って、四大精霊が存在することは確認したから、あとは魔法書を読み込むだけで、人間の魔法は大丈夫だと思う。エルフ魔法は血筋で使うものだから…」

 私は苦笑した。

「そうだな。しかし、やってみる価値はある。自身にエルフの血があれば使えるはずだ」

「うん、そうだね。まあ、エルフ魔法は小回りが利かないから、ここで使うわけにはいかないし、あとでやろうかな」

 私は笑みを浮かべた。

 すると、マルシルが笑みを浮かべた。

「さっそくあると思うぞ。私が知る限り、この家にはゲストルームがないはずだが…」

「あっ、そうでした。ラシルさんの部屋がありません。当面はリビングのソファを使って下さい。よろしいですか?」

 マルシルの言葉にエミリアが私に問いかけてきた。

「ありがとう。でも、それじゃ邪魔になっちゃうから、庭を貸してもらえると助かる。テントを持ってるから」

 私は笑みを浮かべた。

「え、えっと、テントとは?」

 エミリアが不思議そうな声で問いかけてきた。

「あれ、知らなかったか。簡単に言っちゃうと、布で出来た屋根と壁と床を一体化したようなものかな。現物を見た方が早いね。外に出て」

 私は笑みを浮かべた。


 すっかり日が落ちた庭で、私は自分で出した明かりの魔法を頼りに、四人用のそこそこ大きなテントを張った。

 もう慣れているので数分で組み立てが終わり、私は笑みを浮かべた。

「これがテント。ちゃんと防水だし特注で作ってもらって、ある程度の断熱性を持たせてある。まあ、これに住むのもありだね。最初から想定していたよ」

 私は笑った。

「そ、そんな、こんな建物で。だ、大丈夫です。明日にでも業者を呼んで…」

 エミリアが慌てると、マルシルが笑った。

「それを、今からラシルが自分で用意する手はずだ。準備はいいか?」

 マルシルが笑みを浮かべると、私はテントを出したまま、小さく息を吐いた。

「エルフ魔法自体久しぶりだな。よし…」

 私は静かに目を閉じ、どういう建物かイメージした。

 …人が十分寝起き出来て、プライバシーが守れる空間。

 十分イメージを固め、私は一気に魔力を開放…しようとして中断した。

「おっと、鼻血が。これはダメだ…」

 エルフ魔法は絶大な力を持つ反面、失敗した時のダメージが半端ではない。

 私が使った魔法は、失敗に終わったというわけだ。

「ダメか…。とりあえず、私がラシル殿の部屋を作ろうと思う。このままにはしておけないからな」

 マルシルが笑みを浮かべた。

「うん、これは大変だな。エルフ魔法まで使えないとは」

 私は苦笑した。

「近くにいたので、ラシル殿のイメージは伝わっている。なかなかいい感じだな。室内の細かい作業は、里から人を呼んで仕上げるとしよう。車に側近が乗って待機している。さっそく指示を出そう」

「えっ、車なの?」

 エルフといえば、とにかく機械嫌いな事で有名なのだが…。

「うむ、歩いて移動するには遠いからな。どこかおかしいか?」

 マルシルが不思議そうに問いかけてきた。

「あっ、気にしないで。よろしくお願いします」

 私はマルシルに一礼した。

「任せてくれ。まずは、部屋を作らねば。エミリア、庭をちょっと潰すぞ」

「はい、分かっています。あの、無理しないで下さいね」

 エミリアが心配そうに声を出した。

「そういえば、エミリアとランスロットには、エルフ魔法をみせた事がなかったな。ちょうどいい」

 マルシルが目を閉じて魔力を放つと、夜闇に紛れて無数の大木が飛んできた。

 それが次々に成形されて積み上がり、一人で使うには十分なサイズのログハウスができあがった。

「す、凄いですね…」

 エミリアがキョトンとした表情で呟き、ランスロットはもはや放心状態で一歩も動かなくなってしまった。

「失敗した私がいうのもなんだけど、エルフ魔法はこんなものじゃないんだよ。でも、こういった大物には対処できるんだけど、内装までは出来ないという感じでね。しかし、まいったな。これもダメとなると、怖くてどこにもいけないよ」

 私は苦笑した。

「うむ、元々歪んだ時空を通して、ここに引き込まれたようだからな。話しは聞いているぞ。出来るはずの事が出来ないのは、当たり前かもしれんな」

 マルシルが笑みを浮かべた。

「そうかもね。これはダメになってないよね…」

 私はショートソードを抜いて、何回か空振りしてみた。

「うん、これは平気そうだね。拳銃は危ないから滅多な場所で撃てないし、ナイフはどうだろ」

 私はベルトの鞘からナイフを引き抜き、軽く振ってみた。

「こっちも大丈夫かな。武器は大丈夫そうだね」

「うむ、なかなかいい筋をしているな。相当な鍛錬をしたと見える」

 マルシルが笑った。

「まあ、それなりに…。さてと、これからはどんな予定なの?」

「うむ、側近に命じてすでに里に知らせた。全員飛行の魔法で飛んでくるだろう」

 マルシルが笑みを浮かべ、夜空に明かりの魔法で作った光球を一定間隔で打ち上げ、場所を示しているようだった。

「これはまた、大騒ぎになっちゃったね。エミリア、迷惑かけてごめんね」

「いえ、ご迷惑はこちらが…。この程度でお返し出来るとは思っていません。なにかご不便がありましたら、遠慮なくいって下さい」

 エミリアが笑みを浮かべた。

「贅沢はいわないよ。知らない土地どころか異世界となれば、まずは慣れるまでこの町からは出ないで感覚と体を慣らさないと命取りだからね。ところで、ランスロットが見えないけど…」

 私は辺りを見回し、出したままのテントが不自然に揺れている事に気がついた。

 そっと覗いて見ると、ランスロットがなかでジタバタして遊んでいた。

「どう、面白い?」

「はい、初めてなのでワクワクする。これで、屋外に泊まったりするの?」

 ランスロットが無邪気に問いかけてきた。

「うん、そのための道具だよ。これがないと、屋外で夜になっちゃったら困るんだよね。

 私は笑った。

「夜って魔物が多いし、盗賊も出るから危険だって聞いてるけど、どうなんだろう。ラシルの世界は?」

 ランスロットが笑みを浮かべた。

「私の世界だと場所によるけど、魔物は少なかったな。むしろ、盗賊が厄介で困ったよ。あまりにも数が多すぎて手段が選べない状況になって、魔法で山ごとぶっ飛ばした事もあるよ。まあ、魔物より人の方が危険だね」

 私は笑った。


 ランスロットと話し込んでいると、急に外が騒がしくなって、私はテントの外に出た。

「うむ、待たせたな。内装の部材と職人が集まった。なにか注文はあるか?」

「特にないよ。まあ、風呂トイレ別くらいで」

 私は笑った。

「そうか、分かった。では、少し待ってくれ。夜半までには仕上げる」

「無理しないでね。私はテントにいるよ」

 私は笑みを浮かべ、そろそろ眠そうなランスロットの頭を撫でた。

「眠たそうだね。もう、家に入って寝た方がいいよ」

「うん、そうする。おやすみなさい」

 ランスロットが目を擦ってから笑みを浮かべ、テントから出ていった。

「今日は色々あって大変だったろうしね。さて、私はこのまま転がっていようかな」

 私が手伝っても邪魔なだけ。ここは、マルシル率いる里のみなさんに任せるに限る。

「しかし、エルフが他の里のために頑張るなんて、私の世界では聞いた事がないよ。一応、うちの里から許可証はもらっているけど、せいぜい休憩させてくれるくらいだからね」

 私は笑みを浮かべた。

 しばらくすると、テントにエミリアが入ってきた。

「作業は順調に進んでいるようです。これがテントですか。見た目は華奢ですが、中に入ると安心感がありますね」

 エミリアが笑った。

「まあ、野宿ではこれがないとはじまらないからね。あとは寝袋っていうんだけど、袋みたいな布団に包まれば、そのまま寝られるよ」

 私は笑みを浮かべた。

「そうですか。それは経験してみたいですが、今は忙しいですからね。国王様が認めて下さったので、これでこの国にあなたという存在が確実に定着しました。召喚魔法では、時にその存在が揺らぎ、亜空間に飛ばされてしまうという事態が発生してしまうので、これを急いだのです。これで、なにかの拍子に亜空間に放り出される事はありません」

 エミリアは笑みを浮かべた。

「ゾッとしない話しだね。それにしても、魔法全滅は痛いな…」

 私は苦笑した。

 私に限らず、魔法を使える者は多かれ少なかれ、その力に依存している。

 それが急になくなると、やはり不安なものだ。

「明かりの魔法ができましたよね。あれは、この世界の因果律の元で作られた、ラシルさんの第一歩です。待っている間に魔法書を読んで下さい。持ってきますね」

 エミリアが笑みを浮かべてテントから出て、しばらくして十冊の分厚い魔法書を、パワフルに抱えて戻ってきた。

「とりあえず、これさえ読んでおけば、なんとかなる可能性があるという初心者向けの魔法書と、幼稚園児が読み書きする時に使うドリルを持ってきました。魔法と文字、両方いきましょう」

 エミリアが笑った。

「ま、魔法書はともかく、幼稚園児が読み書きするドリル…まあ、そこからはじめないと文字すら分からないからね。ありがとう」

 私は苦笑した。

「魔法書は感じ取れば理解出来ますので、まずはドリルからやりましょう。えっと…」

「そういえば、エルフ語も違うのかな。やれやれ…」

 私は苦笑するしかなかった。

 やる事が地味に多すぎる…。


 エミリアを先生にして、ひたすら読み書きの勉強をしていると、マルシルがテントの出入り口から顔を出した。

「邪魔する。作業が終わったぞ。内装を確認して欲しい」

「分かった、いま行くよ」

 私はテントから出て、小さいながらも立派なログハウスが出来上がっているのが見えた。

「は、速いね。みんなは休憩中か」

 暑い夏の盛り。夜もそれなりの気温なので、かなり暑かったはずだ。

 こんな時に魔法が使えれば冷風の一つでも送れるのだが、ない物ねだりをしても始まらない。

 マルシルに続いてログハウスに行くと、先導する彼女が素朴な木製の扉を開けた。

「これが鍵だ。なくさぬようにな」

 マルシルが鍵を三本くれた。

「分かった、ありがとう」

 私は鍵を一つ服のポケットにしまい、空間ポケットに一本、背嚢に一本と分散して保管する事にした。

「うむ、希望通りの内装になっているか、ちゃんと確認して欲しい」

 マルシルが玄関のなにかを押すと、明かりが点いてホッとした。

「分かった。それじゃ、遠慮なくみて回るよ」

 私は笑みを浮かべ、あちこちを見回した。

 といっても、私一人が使う空間だ。

 どうしても欲しかったシャワールームが完備されていたが、お湯はどうするのか疑問に思った。

「マルシル、お湯は?」

「安心しろ。ちゃんと湯を沸かす給湯器を取り付けてある。これは空中に漂っている微弱魔力を吸収濃縮して動く。この世界の機械は、大体そういう作りだ」

 マルシルが笑みを浮かべた。

「それは便利だね。ところで、このえっとなんだ?」

 お風呂場くらい知っているが、そこの壁に付いている白い長方形のものを指で突いてみた。

「それが給湯器のリモコンだ。書いてある文字は読めるか?」

 マルシルが問いかけてきた。

「直感的な操作はできそうだけど、文字は読めないな。あとで、エミリアに聞いてみる」

「そうか、分かった。これがスイッチだ。給湯器のオンオフが出来る…」

 エミリアに聞こうと思っていたが、マルシルが教えてくれたので助かった。

「まあ、風呂はこれでいいな。あとは寝室とトイレくらいしかない。私が提供できるのはこれくらいだな。遠方といえば遠方からようこそ」

 マルシルが笑みを浮かべた。

「ありがとう。そうだ、みんなに感謝の舞いを踊りたい。いいかな」

「うむ、こそばゆいが異世界からきた同族の舞いをみたい。外に出るか?」

 マルシルの問いに頷いて答え、私は空間ポケットから催事用の立派かつ派手な杖を取りだし、ログハウスから出て休憩中のみなさんの前に立った。

「聞け。異界より訪れたラシル殿が、皆の労をねぎらって謝意の舞いをみせてくれるそうだ。しばらく休むといい」

 マルシルが笑みを浮かべ、私は杖を構えた。

 エルフは時折、自分の意思を舞いで示す事がある。

 今はその時で、いくつかある謝意の舞いのうち、当然ながら最大のものをチョイスして踊った。

「ふぅ…。皆さん、ありがとうございました」

 私が笑みを浮かべると、みんなが盛大に拍手してくれた。

「うむ、なかなか新鮮だったぞ。私は一発で舞いを覚える事に長けていてな、もう覚えたぞ。なにかの際には使わせてもらおう」

 マルシルが笑った。

「それは凄い。私はこの舞いを踊れるようになるのに三年かかったよ。ああ、エルフ換算で。人間なら三十年だね」

 私は笑った。

「そうか、可憐で力強いなかなかいい舞いだったぞ。さて、もう夜も更けた。皆の疲れが癒え次第、里に帰るとしよう」

 マルシルが笑みを浮かべた。


「では、また会おう」

 里からこれきたらしい黒い車の後部座席に乗って、窓を開けたマルシルが笑みを浮かべて手を振り、そのまま去っていった。

「ラシルさん、テントの中にある魔法書とドリルはどうしますか。今日はもう休みましょう」

 エミリアが笑みを浮かべた。

「そうだね、今日だけこれをテントの中で保管でいいかな。今から移動は大変だし、それより先に休んだほうがいいと思うから」

 私は笑みを浮かべた。

「そうですか、分かりました。今日はもうログハウスに?」

「うん、そのために作ってもらったから」

 私は笑った。

「分かりました。明日の朝食時には起こしにきます。では、おやすみなさい」

 エミリアは笑みを浮かべ、母屋に入っていった。

「さて、シャワー浴びて寝よう。異世界ね。こりゃ大変だ」

 私は笑みを浮かべ、ログハウスに入ったのだった。

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