第31話 お仕置き

 朝日が昇るまで行為をした後から——時は昼の0時。一番目を早く覚ましたのは、ベッドの真ん中にいる男。


 左右の肩を枕にしてすやすや寝息を立てているテトとサンドラをゆっくり枕に戻して立ち上がったレンは、腰を押さえながら険しい顔で下着とズボンを履き、寝室を抜ける。

 その瞬間、我慢していたものを一気に吐き出すのだ。


「あ゛、あぁ゛……〜!」

 強烈な腰の痛み。昨日は薬の効果で何時間も興奮が収まらなかったせいで、さらには数を増やした激しい営みをしたため、筋肉痛が襲っていたのだ。

 こんな状態で上着を着ることはできなかったのだ。


「んぎぃ痛たたたた……。うわ、これ本当ヤバいな……。ド、ドラさんがああ言ってくれてよかった……」

 こんな状態で仕事などできるはずがない。それはテトだって同じだろう。サンドラだってそうかもしれない。

 杖をついたような歩き方でよちよちお風呂場に向かうレンだが、そんな時に視界の隅に映った。

 正しく言えば、目を覚ましていた存在を忘れていた人物が。


「おはよ、クソ店主。上半身裸のセクハラクソ虫」

「あ、あは、は……」

 首を動かしてそちらを見れば、壁に背中を預けて腕を組んでいる威圧感たっぷりのリリィがいる。

 途端に表情が固まるレンである。


「お、おはようございます。その……リリィさん」

 今この時、頭の中は警報が鳴っていた。今暴れられてしまったらどうしようと。

 唯一彼女を止められるサンドラは、熟睡中なのだ。

 誰も止める人がいない……。そんな心配に襲われるも、杞憂のことだった。


「あのさ、起きるの遅すぎなんだけど。まずココどこ? 誰も起きないからずっと待ってたんだけど。勝手に外に出るのも心配かけるしさ。ドラさんとテトちゃんに」

「あ、いろいろすみません」


 嫌われている分、そこに自分の名前はなかったが、かなり落ち着きがある様子。

 この調子を保ってもらえるように、なにもツッコミを入れず、刺激しないように立ち回るのだ。


「ここは俺の家です」

「あっそ。ドラさんとテトちゃんには謝っておくわ。ヤケ酒して酔い潰れちゃって、って」

「い、いえいえ」

 あんなに強い酒を何本も飲んで記憶がしっかりあるのは、サンドラが使用した魔法のおかげだろう。


「あと、お風呂も使わせてもらったから。あたしもなんて言うか、その……朝にもお風呂入るタイプだから」

「わ、わかりました?」

 朝にお風呂を入ることは別に珍しいことではないが、なぜか顔を赤くして言い淀んでいるリリィに首を傾げた途端、


「……勘違されないようにもう一度言うけど、体が汚れたとか、そんな理由で入ったわけじゃないから。あんたみたいにさ」

「ッ!?」

 サンドラ曰く、一度寝たらお昼まで起きないと言っていたリリィがなぜか悟っているようなことを言ってくる。


「そ、そんな勘違いはしてません」

「ならいいけど。……あともう一つ、勝手にこの家に連れ込まれたから、あたしもココにあるもの勝手に使ってご飯作っておいたから。……あんたの腕には負けるけど、食べたいなら食べて」

「えっ、リリィさん料理できるんですか!?」

 今、初めて知ったこと。

 料理人として親近感が湧くが、それを突き放すのがリリィである。


「ホントに嫌味まで上手ねぇ。確かにあんたと料理と比べたら料理の『り』の文字にもなれてないわよ。だけどそれが悪い? あたしは料理を仕事にしてないんだから当然でしょ」

「そ、そんな意味で言ってませんよ! 本当にありがとうございます」

「ふんっ。別に感謝されるためじゃないし」

 鼻を鳴らしてそっぽを向かれる。

 謝る時もなにもかもレンの名前は出していなかったが、作った分に関しては人数分用意してくれたのだろう。

 嬉しさと感謝をしながら、リリィのことを見直せば——。


「で、この家出る前にあんたに文句言いたいんだけど」

「え……」

 彼女の声色が低く変わった。


「あの……。それお風呂入ってからじゃダメですかね? リリィさん平気そうにしてますけど、自分は上が裸でもあって……」

「そんなこと聞く義務はあたしにはないんだけど。もし上が裸で嫌なら、この剣で下の方も大っぴらにできるけど?」

「な、なんでしょう……。その文句って……」

「はあ!?」

 この言葉が、リリィを刺激させてしまった。


「心当たりがないとかふざけてんの!? よくもあたしが隣にいる中、あの人を穢してくれたわね!!」

「ッ」

「しかもあんた……ずっと突いて突いて虐めてたでしょッ! マジでなにしてくれたわけ!? ドラさんは冒険者の宝なのにッ!!」

「い、痛ッ! ゆ、揺らすと腰があ……」

 肩を強く握られて揺さぶられる。


 ——やっぱりバレていた。それもサンドラも言っていた通り、声が漏れていたのだろう。内容まで悟られている。

 実際、そのことを心配していたからこそ、レンはビクビクしながら彼女の対応していたのだ。


「へ、腰? あ、あらあ」

 悪魔のニヤケ。


「お腹を痛めているんじゃないかと思ってたけど、へえー。あなた腰がそーんなに痛いのねえ。確かに夜はお盛んだったものねー。あんなに喘がせたんだから、相当腰を動かしたはずだもんねえ」

「え……」

 痛みを感じる間もなく——レンの視界は反転していた。

 気づけば——目と鼻の先で床を見ていた。

 まばたきをした瞬間、急接近してきたリリィに足を払われて倒されたのだ。

 そして……。


「このクソ虫が! マジで死ねっ!! あんたのせいでドラさんのこと想像する度に変なのが入るようになったじゃないの! この責任どう取ってくれるわけ!?」

「い! 痛だだだだだだ!!!!」

 痛めた腰をグリグリと思いっきり踏まれる。


「苦しい? 苦しいわよねえ。休憩もさせられずにずっと虐められてたドラさんもきっとこんな感じだったはずよ……ねッ!!」

「うがああああ……!! お願い、本当に……やめ、て……」

「そのセリフもドラさんが言ってたのに、あんたは容赦なくドンドンしてたじゃないの。こうやって!」

「ア゛、アアァ、ァァ……」

 グリグリではなく、今度は足でドンドンと踏んでくるリリィ。

 普段なら抵抗できるが、腰痛のせいでなにも動けない。


「隣の部屋であたしが寝てるんだから、ヤるならあたしがいない時にヤりなさいよ。声を聞かせようとしてくんな!!」

「がは……」

 拷問にも近い痛みは、何分続いただろう。


「ふんっ! この辺にしてあげる。はあ、スッキリした」

 背中に重みがなくなる。外に出ようと玄関に向かっていくリリィは、足を止めて振り返る。


「あ、そうそう。今の件、ドラさんにチクったらあんた殺しにいくから」

「……ぜ、絶対にチクってやる」

「は、はあ!?」

 予想外の返事だったのか、ドタドタと再び近づいてくる。


 ただの料理人が冒険者に勝てないのは当たり前。だが、男としてやられてばかりなのはプライドが許さない。

 それに、彼女から聞いているからこそ反抗できるのだ。

『殺す』なんてセリフが、ただの圧かけであることを。


「聞き間違いかしら。もう一度だけチャンスをあげるわ」

「絶対にチクってやるからな……」

「こっ、このクソ虫! チクるなって言ってんの!! ドラさんを味方につけてるからって調子に乗るな!!」

「い゛、痛あ゛あああ!!!!」

 抵抗したばかりに再度拷問を受けることになったレンだった。


 * * * *


 その後。

 ——宿に帰る途中の冒険者は、店先で適当に買った身バレ防止の仮面をつけ、薬屋に入っていた。


「——これちょうだい」

 何分か吟味し、一人でも使える塗布の媚薬を買ったその女は、急いで宿泊先に戻っていた。

 

 夜中のことを思い出しながら。

 先ほどの男の上半身を、背中を手や足で触れたその感触や暖かさを思い出しながら。

 なにより、クソ虫が踏まれていたあの時の状況が自分だったら……と想像しながら。


 仮面に隠された顔は真っ赤で、足を動かすだけで下着が濡れている感触に襲われていた。

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