第29話 作戦②成功

 レンの前で堂々とするコソコソ話。


「あのね、サンドラお姉さんにはわたしの味方をしてほしいの」

「えっ?」

「わたしの味方をしてくれたら、サンドラお姉さんにもいいことがあるから」

「そ、それって?」

 テトはわがままとメリットを前置きして、考えていることを話すのだ。


「まずね、レンを納得させてリリィお姉さんをお家に連れて帰るの」

「その前提だと私にとってメリットがあるのね?」

「うん。お家に連れて帰ったらリリィお姉さんは、サンドラお姉さんがいつも使っているベッドに寝かせるの」

「う、うん」

「そのベッドに寝かせると、サンドラお姉さんがお休みする場所がなくなる」

「そ、そうね?」

『二人で一つのベッドを使うこともできるとは思うけれど……』というツッコミはせず、まずは意見を全て聞くサンドラである。


「お休みする場所がなくなると、わたしとサンドラお姉さんとレンの三人で、たくさんできる」

「っ!?」

 どんなメリットがあるかと思えば、最終的には超強引なやり方だ。

 確かにテトがよくしていることで、そんなことで怒るレンでもないが、全員が同じ行動を取れるわけではない。


「ま、待って……。それはその、ちょっといきなりすぎるわ……。わたしは心の準備もできていないのよ」

「サンドラお姉さんは、するのイヤ?」

「い、嫌ではないの。嫌ではないのだけど、とても恥ずかしいの……。異性に裸を見られるわけだから……」

 薬屋に足を運び、オトナの薬を買った仮面の冒険者は……泊まっている宿でその想像を働かせた。

 しかし、想像が現実的なものになるとまた話が変わってくる。

 サンドラにとって一番なのは、行為をする日を予め決めて、少しずつ覚悟を整えていくというもの。


「そ、それにレンさんとはもっと親しくなってからする約束を……」

「サンドラお姉さんが大丈夫なら、もう大丈夫だよ。レンはそのつもりだった」

「そ、そうなの?」

「うん。……でも、心の準備が必要なのはわかった。無理するのはよくないから」

 テトの中で、レンと夜の営みを行うことは確定事項。

 今日もたくさん働き、疲れを体に溜め込んだからこそ、好きな人と発散しようとしているのだ。


「だからね、夜の間にサンドラお姉さんの心の準備ができたら……きていい」

「そ、それでもいいの? 結局心の準備ができないのかもしれないわよ?」

「その時はわたしがレンを独り占めする」

「……わ、わかったわ」

 独り占めをされてしまう。そう思った瞬間、モヤっとした感覚に襲われるサンドラである。


「じゃあサンドラお姉さんはわたしの味方してくれる?」

「え、ええ。嫌われないとよいのだけど……」

「レンはすごく優しいから」

「それは……そうね」

 リリィに自宅を教えない方がいいかもしれない。それがサンドラの意見ではあったが、欲を刺激される甘い言葉により、レンとできるかもしれないチケットを受け取ったのだ。


 * * * *


「相談終わったか?」

「うん。終わった」

 耳打ちしている様子をジト目で見ていたレンは、しっかりタイミングを見計らって声をかけていた。


「じゃあリリィさんを——」

「——リリィお姉さんは、やっぱりお家に連れて帰りたい。起こすのはやっぱり可哀想」


 言葉に言葉を被せ、しっかりとした意見を伝える。


「いや、だから……誤解された時は俺が殺されるんだって。あんなに嫌われてるんだから」

 あの時、いつもの癖で『ドラさん』と呼んだのは本当に致命的なミスだった。

 結局のところ誤解は解けず、言い訳も聞かずにお酒に逃げていたのだから。

 もし誤解された暁には、弁明する余地もなくあのレイピアで刺殺されてしまいそう。


「あ、あの……レンさん」

「は、はい」

 ここで間に入ってくるのは、どこかモジモジしたサンドラである。


「レンさんの言っていることは間違っていないことだと思うわ。でも……テトちゃんの言う通り、リリィを起こすのも可哀想だから、譲歩することはできないかしら。もしなにかあった時は、私が責任を持って対応するから」

「……おいテト」

 先ほどまで味方だったサンドラが、なぜか肩を持つようになっている。

 誰にそそのかされたのかは予想するまでもない。

 すぐに目線を動かし、問いかけるレンである。


「お前、ドラさんになにを吹き込んだ? 正直に言え」

「なにも吹き込んでない。本当になにも吹き込んでない」

「目が泳いでるくせに……。てか、なんでお前はそんなにお客さんを連れて帰ろうとするんだよ。遊びじゃないんだぞ?」

 サンドラの時のように酔い潰れてしまい、店の外に追い出すという選択肢しかない状況なら、連れて帰る理由もわかる。


 しかしながら今回は違う。酔い潰れたリリィだが、解毒の魔法によってアルコールは分解されているはず。つまり今は『ただ寝ているだけ』の状態なのだ。

 この状態で連れて帰るとなると、さすがに話は変わってくる。


「遊びじゃないのはわかってる。起こすのが可哀想だから」

「それだけじゃないだろ? 実際」

「あとは……ベッドが埋まれば埋まるだけ、最初からレンと寝られることに気づいた」

「……んなことだろうと思ったよ」

『可哀想』なんて立派な理由を挙げつつ、私利私欲もバチバチのテト。さすがは図太さに定評があると言ってもいい。


「そもそもさ、そんな理由は普通黙っとけよ。俺だって反応に困るんだから」

「レンが一番嬉しくなる理由かと思った」

「はあ? 一番とかなに言ってるんだか。ドラさんと寝られた方が嬉しいわ」

「っ」

「あ……」

『ヤバ』と、反射的にサンドラの方を見れば、恥ずかしそうに目を伏せられる。

 ここでもまた、癖が出てしまったのだ。


「あ、その……すみません。今のは本当に軽口で、その……やましい気持ちがあったわけではなくて!」

 これも全部、テトのせいである。


『レンが照れた。……嬉しい』

『そんなんで嬉しいのかよ、お前は』

『だって、好きな人だから』

『俺はお前のこと嫌い』

 ——常日頃から変なことを言うテトに対し、毎回のように憎まれ口を返しているせいで……なのだ。

 テトには通用する冗談だが、サンドラに通用するような冗談ではない。


「サンドラお姉さん、これがレンの正体。お仕事が終わったらいつもこうなるの」

「そ、それはその……自然なことだとは思うの……」

 顔を赤くしながらのフォローをされるのはとても苦しい。


「いや、本当に今のは口からポロッと出てしまっただけで……!」

「ポロッと出たってことは、考えていたってこと」

「お、お前はもう掻き回すな」

 あのような約束をしたのだ。確かになにも考えていなかったと言うのは嘘になるが、下心を抱いていたわけではない。

『ドラさんと寝られた方が嬉しい』についても、添い寝のようなニュアンスだ。


「レ、レンさんは……そんなに私と寝るのは……抵抗があるのかしら?」

「い、いや……それはなんて言うか、その……」

『抵抗ががない』にしても『抵抗がある』にしても教えづらい返事。この濁った言葉になるもの仕方がない。

「も、もしレンさんが正直に教えてくれるのなら……私も一つ正直に教えることがあるの」

「……え?」

「わ、私から先に言うことも構わないわ」

 賢いサンドラらしい情報の等価交換。さらに先に教えるとまで言われる。

 先に言うことと、後に言うこと。どちらがハードルが高いかと言われたら、間違いなく前者だろう。

 気になる。知りたい。その欲求がすぐに勝り、コクンと頷くのだ。


「じ、じゃあ私からね」

「は、はい」

「私……リリィに一つ誤解させてしまったことがあるしょう? レンさんは私の恋人だって」

「そ、そうですね」

 あの流れは本当にスムーズだった。


『あのねリリィ。レンさんが私に馴れ馴れしいのは当たり前なのよ』

『えっ? 当たり前……? 当たり前ってどうしてよ……』

『この街に越してきて、レンさんと半同棲の生活を送っているのよ? もうわかるでしょう?』

 こんな促しをされたのなら、誰だって勘違いする。


「あ、あの誤解のことだけど……も、もしその、夜もその……テトちゃんのように楽しませてくれるのなら、誤解を解かなくても私は特に問題ないというのかしら……。そ、そう思っていないわけではないかもしれないわ」

「え? …………って、ちょっと待ってください。あははっ、それ正直に言ってないじゃないですか」

 少し間を置いて噛み砕かなければ理解できない言葉選び。

 その内容に呆気に取られたものの、本当に余裕のなさが伝わるサンドラに、思わず笑ってしまう。


「ご、ごめんなさいね。なんて言うのかしら……。思った以上に恥ずかしくて……。テトちゃんはすごいわね」

「レンのこと好きとか言うの?」

「……そ、そうね」

「うーん。多分すごくないよ。レンが好きなことバレてるから。あとえっちもしてる」

「テト、もういいからそれは……」

 なにも間違ったことは言っていないが、それは今言わなくていい。

 思わず目頭を抑えてカウンターに体重を預けるレンである。


「ち、ちなみにレンさんは……私と寝ること、どう思っているのかしら……。リリィをあのベッドに寝かせるとすると、私の寝る場所がなくなると言うか、そうでしょう……?」

「そ……そうですね」

 次はレンからサンドラに情報を渡す番。

 この雰囲気に飲まれてしまっているばかりに、リリィとサンドラが一緒に寝るという選択肢も、自分がソファーで寝るという考えも浮かばない。


「自分はその……むしろ嬉しいかも……しれません」

「こればかりは、無理しなくていいのよ……?」

「嬉しいなら、嬉しいって言えばいい」

 濁されて教えられたからこそ、こちらも濁して教えたが誤解を生んでしまう。

 それをわかってか、テトからイライラするヤジが飛んだが、後押ししてくれないことはなかった。


「じ、じゃあ体の小さいテトはリリィさんと寝かせるので、自分はドラさ——」

「——そんなの許さない」

「うるせ。大体お前が変なヤジ入れてくるからだろ。あんなことしなくても素直に言えたんだよ俺は」

「嘘つき。あれは言えないレンだった」

「言えたし」

「ふふふっ」

 いきなり始まった口論に、なにより『嬉しい』ことが伝わったように微笑んだサンドラ。

 コソコソ話をしている最中、

『サンドラお姉さんが大丈夫なら、もう大丈夫だよ。レンはそのつもりだった』

 テトからこのように教えられたが、本人から教えられるのとでは全然違うこと。

『エルフ族の自分とするのは嫌なのではないか』そんな大きな不安が払えたことで、好奇心や勇気が羞恥心を上回ったのだ。


 そして、この流れで夜を過ごすとどうなるのか。それは言わなくてもわかること。


「ち、ちなみにレンさんは明日もお店……営業するつもりかしら?」

「あの……それはどう言う意味で?」

「あ、あのね、これ……偶然バッグの中に入っていたのだけど、お薬があって……」

「え」

 サンドラは腰掛けのポーチを机に取り出すのだ。

 ピンク色の瓶に入ったものを。

 レンはそれを見た瞬間に察すが、テトは今まで一度も見たことがないものだった。


「わ。サンドラお姉さん、この綺麗なのはなに?」

「これは……大きな声ではいえないのだけど、男性のものが5時間もその……固くなってくれるの」

「え、すごい。そんなお薬あるんだ」

「……」

 テトが興味津々でいきなり始まる説明会。

『5時間』という言葉で、サンドラが営業の有無を聞いてきた意味がわかった。


「ね、これのお薬は?」

「こ、これは……女性用で、触られたところがもっと気持ちよくなるの」

「それもすごい……」

「い、一応テトちゃんのもあるから、お家で渡すわね?」

「ありがとう。嬉しい」

 ベッドシーツから薬まで、これほど準備万端に仕上げるのは、やはり冒険者の職業病だと言えるだろう。


「あの……声、漏れないですかね? ドラさんからその指摘があったので……」

「そ、それは大丈夫だと思うわ。リリィは一度寝たら、お昼まで本当に起きないから」

「じゃあレン、お家帰ろ」

「う、うん」

「リリィは私が運ぶわね」

「お、お願いします」

 そんなやり取りが終わって数十分後。

 店内の明かりは消え、静かになる。


 入口の看板には、『本日お休み』の立て札がかけられるのだった。



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