第26話 最悪のタイミング
親切な彼女を店に招き入れた時間が時間である。
ラストオーダーを食べ終えた客が全員店を抜け、レンとテト、リリィの三人になったところで注文された料理を、テトが『絶対オススメ』とサンドラ同様に勧めた
「は? んっま!! こ、これ嘘でしょ!? なんでこんな意味のわからない名前の料理が……」
「あははっ、その反応とても嬉しいです」
そんなに美味しかったのか、一瞬で素が露わになっていた。
最初はサンドラに似ている所作があると感じたが、この姿を見ればもう感じられなくなる。
そして、今日も一生懸命仕事を頑張ったテトは、彼女の隣で黙々と同じ料理を食べている。
「え、待って。この料理がこの値段って……店主さんは一体なにを考えてるのよ。あたしなら銀貨一枚でも買うわよ?」
「えっ!?」
「当たり前よ。こんなに美味しい料理なんだから」
確かにこの世界で少し甘めの料理は珍しく、新鮮味もあるのだろう。
だが、親子丼で銀貨一枚(10万円)はさすがに驚きである。
「これは一番美味しいって言うのも当然ね……」
眉間にシワを寄せて難しい顔をするのは、サンドラと一緒に行ったお店よりも、値段が安く、店を訪れていた客の質もよく、なにより美味しいから。
無論、その時に足を運んだ店もレベルは高く、思い出補正もあるのだが、このイザカヤはそれを超えるほどのクオリティを出してきたのだ。
「店主さんと従業員さんのお名前は? 覚えておきたいの」
「レンです。こっちが従業員のテト」
もぐもぐしたまま首を動かし、ゴックン。
「わたしの好きな人はレンだよ」
「へ?」
「……まあ、こんな風に変わったやつなんで気にしないでください」
なぜこんなことをいきなり言ったのか、レンには予想がついている。
『……サンドラお姉さんみたいに綺麗な人だったから、レンに会わせないようにしたの』
『綺麗な人だったから、レンが手を出さないようにした。営業時間じゃない時は、すぐ狙おうとするから。レンは』
こんなことで彼女を店まで連れてこないようにしていたのだ。
間違いなく牽制の類いだろう。
『助けてくれた人になにしてんだが……』と呆れがあるレン。
しかし、テトに関心したのは『恋人』という一番牽制できる嘘をつかなかったことと、『同棲してる』ことを言わなかったこと。
これは彼女自身から『大事な人を奪われた』と聞いているからこその配慮だろう。
変なところで気が回っている。
「正直に言うと、ビックリしたのよ。店主さんが人族だったから」
「確かにこの珍しい組み合わせですもんね。コイツには本当に手間をかけられてばっかりですけど」
主に、家で。
「くふふ、そんな憎まれ口を言いつつ、実はよく可愛がっているでしょ?」
「ッ!?」
「こんなに毛並みが綺麗で艶もある狐人族を見たのは初めてなのよ。獣人にとってこれは健康的な証拠で、ストレスを受けていない証拠でもあって、有意義な時間を過ごさせている証拠でもあるの」
「あ、あはは……」
初めて知った。そして『有意義な時間』とは一体どのような意味で言っているのだろうか。
もし
もちろん今は飲食中のため、心に留めておく。
「ねえ店主さん。あなた随分若く見えるけど、年を聞いても?」
「今は21ですね。テトは16です」
「う、うっそ…………」
鋭い目が可愛らしく丸くなった。
「今、頭が真っ白になったわ。そんなに若い二人でお店が経営できて、さらにはこんなに美味しい料理も出せるんだから」
「ま、まあいろいろ頑張りまして……」
前世の経験や知識がなければ、こんなことは当然できない。
驚かれるのも無理はないだろう。
「すみません。お姉さんの自己紹介もいいですか?」
「もちろんよ。あたしの名前はリリィ。年は22で冒険者をやらせてもらってるわ」
「22歳で冒険者ですか!? それはまた大変なお仕事を……」
高ランクの冒険者ほど自分のランクを明かさないのは、特別な目で見られることがわかっているから。
チヤホヤされたいわけではなく、周りと同じように扱ってほしいという願望も多いのだ。
「まあ大変で危険な仕事なのは間違いないわね。冒険に出かけている時、命を落としかけたこともあったから」
「本当にいつもお疲れ様です。あっ、スープのおかわり注ぎますね。これもサービスです」
数品のおかずと含め、スープも追加で注げば、引き攣った笑みを作られる。
「……ね、ねえ。この店って本当に利益は出ているの? こんなに美味しい料理が出せるんだから、やりくりを間違えてお店を潰すようなことは絶対にしちゃダメよ?」
「一応は貯金ができるほどに稼がせてもらってます」
「ならいいけど……」
まるでサンドラのように嬉しい心配をしてくれる。
「ちなみにこのお店は一店舗だけなの? 店舗を増やすつもりは?」
「一店舗だけで増やすつもりはないですね」
「それは残念……。この料理なら毎日でも食べたいのに。てか、あたしが住む街にこない? 投資って形で全額出すわよ」
「ははは、ここが一番落ち着きますので」
「そっか」
新しい店というのは憧れることだが、周りに支えられながら営業させてもらっている今の環境がレンにとっては一番好ましいのだ。
「それにしても若いのに大したものね、あなたは。甘い言葉には乗らないし、誰も想像できないようなメニューばかりにすることで、次も来店させられるような戦略を取ってるでしょ? 出すものに絶対的な自信がなければできないことだわ」
「ご想像にお任せします」
前世の料理を真似て、その名前の通りにしてるだけだが、この世界の人間から見ればそう見えるのだろう。
経営戦略と言えたらカッコいいが、そんな狙いは全くなかった。
「あたしよりも若いくせに謙遜しちゃって」
「いえいえ」
「はーあ。あたしもあなたのように順風満帆ならよかったのに。……ホントんっま」
大きなため息をついて、サービスしたおかずに口をつけるリリィ。
「そう言えばテトから聞きましたよ。なにやら変な名前の店を探しているようで」
「そう。少し空気を重くさせてしまうかもだけど……その変な名前の店にあたしの憧れの人を取られちゃってね。昼からずっと探っていたけど、成果はなにもなし。変な名前の店と言えばココくらいよ」
「こ、この店はそんなことしないですからね!?」
「そんなに慌てなくてもわかってるわ」
店の看板が傷つくような噂だからこそ、全力で否定するのだ。
「ちなみに店主さんはどこか心当たりがある店はない? 飲食店とか服屋の中で」
「んー……。やっぱり心当たりはないですね。変な名前だとお客さんが寄り付かない部分が出てくるので、わかりやすい名前にするのが一般的ですし」
「じゃあ消去法でこの店じゃないの?」
「だ、だから違いますよ!?」
「くふふっ、冗談よ冗談」
面白い反応をしてくれるからとからかっているのだろうが、店を経営する者としては冷や汗が出るような冗談である。
「だけど、この店じゃなくてホントによかったわ」
「よかったと言いますと……?」
「どんな事情であれ、個人的には潰したいくらいだから。……あたしの憧れの人を奪った店なんか」
「ッ!?」
リリィの周りの空気が歪んだような幻覚が見えた。殺気を漏らしたような気がした。
それを一番に感じたのはテトであろうか。
目を細めて美味しそうに親子丼を頬張っていたところ、ビクッと肩が上下させたのだから。
「で、でもリリィさんの気持ちはわかりますよ。憧れの人だからこそ許せませんよね」
「本当にそうよ。いくら本人がそれを選んだとしても、気持ちの整理がつくわけないじゃないの。まったく……ドラさんはホントに自由人なんだから」
「ん——?」
「え——?」
そして、時の歯車は当然動き出す。
レンは『ドラさん』の言葉を聞いて固まった。
テトは口にものを入れたまま、震えた様子でリリィに顔を向けた。
「ど、どうしたの二人とも。あたし変なこと言ったかしら」
「い、いやぁ……。その……」
先ほど『個人的には潰したい』なんて発言を聞いたからこそ、殺気を出されたからこそ、慎重に言葉を選ぶレンがいた。
別人のドラさんじゃないか? なんていう薄い希望を持って……。
「……最近、この街に越してきたサンドラさんって言う冒険者に名前が似てるなぁと」
「まあっ! すぐ噂になるだなんてさすがはドラさんね!」
途端、テトは石のように固まって気配を消した。
当然だ。『この街に一緒に住もう?』とサンドラに甘えたテトなのだから。
「ドラさんの名前を知っているってことは、あなたも知り合いなの?」
「ま、まあなんて言うか……実は会話させていただいたことはあって……」
「それは貴重な体験じゃないっ! ホントに素晴らしい人でしょ? 品があって、誰に対しても丁寧で、とても優しくて、みんなに慕われるような人で!」
「は、はい」
サンドラの話題になった瞬間、ルビーのように綺麗なリリィの目がそれはもう輝いた。それは本当に尊敬する瞳のよう。
「これは自慢なんだけど、あたしが『ドラさん』って呼んでいるのは、好きなあだ名で呼んでいいって本人から許可を取ったからなの! この呼び方はあたしが一日中考えて、今のところあたしだけしかそう呼べる人はいないのよ。すごいでしょ?」
「は、はは……。そ、そ、そ……それはすごいですね……」
語尾に音符がつくほどご機嫌で誇らしそにしているリリィに精一杯の返事をしながら視線を逸らすと、テトと目が合う。
口をパクパクさせて、『ヤバい』と伝えている。
「そんな人を取られたから、あたしは絶対に調べ上げるのよ。あなたは知ってる? ドラさんはとある店に通うために、この街に移住したのよ?」
「へ、へえ……」
こんな反応しかできないのは、追い込まれているから。
レンもテトは理解しているのだ。
リリィにとって、自分らが絶対に許せない存在だと言うことを。
「……本当、言葉巧みに誘導した可能性もあれば、弱みに漬け込んだ可能性も、優しさに漬け込んだ可能性もあるの。だからソイツを見つけられたらいつでもお仕置きができるように、これを肌身離さず持っているの」
腰回りを彼女が叩けば、金属音が鳴った。
隣に座るテトは、その音の正体を見ただろう。
簡単に人を殺めることができる
「武力のある冒険者が一般人を攻撃するのはダメだけど、圧をかけるくらいなら、なんの問題にもならないのよねえ」
テトが震えている。顔が真っ青である。重圧がもうかかってしまっている。
ご飯を食べられるような状況じゃないだろう。
「……テ、テト? 多分だけどさ、そろそろあのオキャクサンがくるかもだから……ちょっと外で張っててくれないか? やり方は任せる」
「わ、わかった」
完食まで残り数口になった親子丼を残して立ち上がるテトは、ぎこちなく出入り口まで歩いていく。
「ん? あのお客さんってなにかしら。今日はお世話になっているし、迷惑な人がいるならあたしが対応するわよ。首にナイフを寸止めするくらいの脅しは得意なの」
「い、いえいえ! そんなのじゃないですから!」
洒落になってない。
恐怖を覚えているようにテトの尻尾が股下に入っている。こんな姿を見るのは初めてのこと。
早く避難するべく、テトが出入り口に手を伸ばそうとしたその時だった。
外から人影が差し、その扉は勝手に開けられる。
「お、遅くなってしまって本当にごめんなさいね。今日は薬屋さんからいただいたお薬の効果を研究してて——」
緑のローブを羽織り、どこか火照ったような顔で現れたサンドラがいた。
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