第21話 約束
「わたしお外行ってくる」
「いや、それは待てお前」
「お仕事頑張るから。お昼くらいに帰ってくる」
あんなことになってしまい、気まずい空気の中で朝ご飯を食べ終えたその後。
テトはそそくさと逃げやがった。
テトが逃げれば、家に残るのは椅子に座っているサンドラ一人で……チラッと目が合う。
これでもう逃げ道は断たれた。
「……コホン」
咳払いをして正面の椅子に座る。
ここで掘り返されるのは無論、あの会話である。
「あ、あの、本当にごめんなさい。私のせいであのような空気になってしまって……」
「あ、あはは……。ドラさんのせいじゃないですよ。濁してもらってたのに、あのバカがあんなに知りたがるからで」
テト一人に擦りつけてしまうのはアレだが、これが筋トレを邪魔した代償である。
一人で逃げた代償である。
「……」
「……」
そして、この空気はなかなか払えない。
「な、なんて言うのかしら……。テトちゃんってとても静かなのに、夜はすごいわ……ね?」
「ま、まあなんて言うか……発情期ってことらしいので……」
普段通りを装っているが、装うだけで精一杯なのだろう。
いつも余裕を伺わせているサンドラが、明らかに話を広げる方向を間違えている。
「で、でもその……そんなに乱れてしまうというのは、とても気持ちがよいのでしょうね? レ、レンさんのはその……大きいから」
「んー……ど、どうなんですかね」
転生して二度目の人生を送っているが、サンドラが分析した考え方をするせいで初めてのやり取りを体験している。
ただ一つだけ言えるのは、テトが残ってくれさえすればこんな話にはならなかっただろう。
「えっと、もしかしてドラさんは間に受けてます? アイツが言った『一緒にする』的なこと……」
「そっ、そのようなことはないわよ。私は性欲が強いわけじゃないもの」
「あ、あはは……。ですよね。すみません」
とんでもない美人さんに、とんでもないことを言わせてしまっているのは気のせいだろうか。
「あ、謝ることはないわ。これは言いにくいことなのだけど……行為のこと、気にならないわけじゃないのよ」
「………え?」
「だって、テトちゃんがあんなに大きな声を出していたでしょう……? 酔っていたことも影響しているけど、最初はレンさんが暴力を振るってるんじゃないかって勘違いしたくらいなんだから」
「ッ! さすがにそんなことしませんよ!?」
「も、もちろん頭を冷やしてすぐ状況を整理したわ。でも、そのくらい乱れていたのなら……気にならない方が無理な話だと思うの」
「……ま、まあ」
両手を合わせ、恥ずかしそうな上目遣いで同意を求めてくるサンドラ。
その促しは困るが、言わんことはわかる。
「……」
「……」
そして、再度訪れてしまう無言。
邪魔する者(テト)がいないせいで、言葉にはしづらい大人の空気が充満していく。
「あ、あの……レンさん」
「は、はい」
「これはあくまで提案よ? 提案なのだけど……」
尖った耳まで真っ赤にしているサンドラは、丁寧な前置きを入れ——衝撃的な言葉を口にしたのだ。
「もし私達がもう少し親密になれたのなら……その時は……どう、かしら?」
「それはその、夜のってことですか?」
「え、ええ」
「さ、さすがに冗談ですよね?」
「こんなに恥ずかしいこと冗談で言えないわ……」
「あ、あはは……」
冗談ではないのは、彼女の表情を見てわかっていた。
それを理解してもなお聞いてしまったのは、頭の回転が止まってしまうほどの誘いだったから。
「私もそのようなことに興味があるから、こんなことを言うの……。もちろんレンさんが相手じゃなかったら、こんなお誘いはしないわ」
「……」
「それで、レンさんのお返事をいただきたいのだけど……私ともっと親密になったら、あなたは遊べそうかしら……?」
人形のように整った顔にふくよかな胸、くびれのある腰に長く細い脚。非の打ち所がない容姿を持ち、人柄も良いサンドラ。
そんな彼女のことは今以上に親密にならなくても好意的に思っている。
断る理由もないのだ。
「じゃあその、その時が来たら……お願いします」
「や、約束よ……? 私はレンさんと二人きりでも、テトちゃんと3人でも大丈夫だから」
「は、はい」
一人の夫に複数の妻。一夫多妻の制度が定められた世界だからこそ、こんなことは珍しいことではない。
ただ、男が求めるのではなく、求められるのは珍しいこと。
「あ、あと……この約束はテトちゃん以外には言わないでほしいの。冒険者ギルドで噂になるとお仕事がしづらくなるから」
「自分もテトとしていることは内緒でお願いします。そんな関係だと広められるのは、同じくアレなので……」
「ええ。わかったわ」
世界の制度。テトとサンドラの関係。お互いの欲。全てが上手に交わったからこそ結ばれた約束。
こんな風になるとは予想もしていなかったことで……急に恥ずかしさが湧いてくる。
「じぁあとりあえず、この話は終わりにします?」
「そ、そうね。それがいいわね」
テトのようにコクコク頷くサンドラ。こんな姿を見られるのは、この会話をした時のみだろう。
「えっと、話題話題……。ああそうだ。ドラさんはこれからどうされる予定で?」
「んー。私はお買い物に行こうかしら」
「買い物?」
「ええ。少し気が早いのだけど、替えのシーツとか買っておこうと思って」
「ああー。そ、そうですね」
早めに準備を整えようとするのは、職業病のようなものだろうか。
「ついでにレンさんの分も買っておくわね」
「え?」
「私との約束までに、テトちゃんとは複数回するでしょう? あって損はないと思うの」
「あ、ああ……。では、お願いします……」
こんな話題だからこそ、普段言うことが言えなかった。
『あとで金額を教えてください』の言葉を。
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