倒れていた孤児を住み込ませて楽しようとしたら、なぜか今まで以上に大変になった件

夏乃実(旧)濃縮還元ぶどうちゃん

第1話 拾った娘 その①

 不運な事故に遭い、なぜかファンタジーの世界に転生。

 この多種族が暮らす国家——ファラディスで過ごすこと21年。

 俺はとあるヤツを拾ったせいで苦労の毎日に襲われていた。



 * * * *



あちい……おみぃ……」

 朝も早い時間。魘されるように目を覚ます。

 コレ、、を体験するのは何度目だろうか。

 重たい瞼を擦り、体にかかった布団を見れば、一部分が大きく盛り上がっている。


「……あ? くそ、またお前か」

 これでもうわかる。

 ガバッと勢いよく布団を捲れば、俺の体を枕にするようにして寝ているソイツがいる。

 頭の上に生えた三角の白耳と白髪。ベッドからはみ出た太い尻尾。人狐ひとぎつね族特有の二本の赤ラインが左右の頬に入ったソイツが。


「マジでこのバカはなにしてるんだか……」

「すう……」

 勝手に入り込んで無防備に寝ているコイツは未だ起きない。

 俺は首根っこを持ち上げ、宙に浮かせながらコイツを寝室に運ぶ。コイツのために、、、、、、、わざわざ作った寝室に。

 そして、忌々しいこの女をベッドに寝かせ、布団をかけて戻る。


「まったく……。家主に対しての睡眠妨害もいいところだ。毛があるからすぐ熱がこもるんだよ。あれは」

 悪態をついて目を瞑る。

 これでようやく気持ち良く眠れそうだ。


 その2時間後。


「あ、あちぃ……。おみぃ……」

 また魘されるように目を開ければ、まーた布団がもっこり膨らんでいた。

 もう予想するまでもない。

 アイツである。



 * * * *



「おはよ。レン」

「ああ。おはよう」

 朝の10時。俺よりも先にコイツが起きていた。こちらを凝視している状態で。


「てかさ、テト。なんでお前は俺の布団に潜り込んでくるわけ? 用意してやったじゃん。お前の部屋」

「レンのお布団は暖かいから」

「まあ人が入ってる布団が暖かい気持ちはわかる。だけどな、俺は暑かったり重かったりで起きるんだよ。お前の体重がのしかかってるし、毛もモフってるし」

「……じゃあダメ?」

「ダメに決まってる。てか、この会話も何度もしてるだろ」

 俺に恩を感じているのにもかかわらず言うことを聞いてくれない。それがコイツである。



 * * * *



 それから15時。

「レン、今日はイザカヤ営業する?」

「するぞー。夕方から夜中まで。てか、今は毎日しないとヤバいんだよ。金が」

 俺は前世の知識を使って居酒屋イザカヤを開いた。

 この世にない工程で料理したり、目新しい料理を出したり。


 結果は大盛況。


 不定期で営業しても常に満員。老後に苦労しないだけの貯金もあったが、コイツのせいで今は無一文に近い状態にある。

 昔と違って毎日働かなければ生活できないのだ。


「……わたしの借金、払ってくれてありがとう」

「お前の借金じゃなくて、お前を残して夜逃げした母親の借金だろ?」

「そうとも言う」

「てか、しれっと捏造するな。俺はお前に金を貸した、、、だけ。あの大金は死んでも払ってもらうからな」

「お金を返し終わるまで、このおうちに住んでもいいんだよね」

「ああ。逃げられたらかなわんからな。監視は当然だ」

「ふふ、ありがとうレン。すごく嬉しい」

「はあ……。飼い殺しされるってのに、いい気なもんだ」

 コイツは俺が営業するイザカヤの従業員兼住み込みで働く家政婦。

 最初の方は全く使えなかったが、今じゃ多少なりに成長した。が、それを加味してもコイツを拾ったことで苦労は増えているわけだが。



 * * * *



 そうして、テトと共に夜中まで働き、自宅に帰った後のこと。

「……なあ、テト。俺は『お風呂入ってくる』って言ったよな」

「言った」

「見送ってくれたよな。『いってらっしゃい』って」

「うん」

「じゃあなんでお前が入ってくるわけ? 大体、ここの浴槽狭いんだから窮屈なんだよ」

「狭い方が好きなの」

 遠慮の文字もなく、こちらに小さな背中を預けるようにして浴槽に入ってくる。


「……」

「暖かくて気持ちいいね」

「一人の方がいい。てか、お前年頃の娘だろ。少しは恥ずかしがれよ。こっちが恥ずかしいわ」

「恥ずかしがる方がおかしい。もうレンとしてるから」

「ッ」

 正論か、正論じゃないか。それは人によるだろう。


「……コホン。言っとくけど、あれはお前が悪いからな。その……発情期がなんだのかんだの……」

「うん。レンは悪くない。わたしからしちゃった」

「わ、わかってるならいいんだよ」

「だけど、したい時はレンからも言って」

「……そんな余裕ねえよ。俺とお前じゃ体力が違うんだから。種族的にも」

「ならもっと体力つければいい。冒険者はそんな人たくさんいる」

「借金持ちのくせにマジで図太いよな、お前は。初めてだったくせにマセたことまで言いやがって」

「……レンが優しいから」

 寄りかかられているために表情は見えない。気づくのは三角の耳がピクピク動いていること。

 その理由は知らない。


「優しくするのは当たり前だろ。お前が使い物にならなくなったら貸した金回収できなくなるんだからな」

「その方がレンは都合良さそうだから、それで大丈夫」

「……次にンなこと言ったら殴るからな」

「ん」

 言っておくが、俺からコイツを誘ったことは一度もない。しかし、勝手にベッドに潜り込まれてはやられる。結果、そんな流れになる。

 獣の体力で最後まで生気を搾り取られる。

 コイツのせいで夜も疲れる生活になってしまった。



 * * * *



 そして、就寝時間。

「おい。今日は堂々と来やがったな」

 枕を持って、眠たげに寝室に現れたのはアイツ。

「とりあえず帰れ」

「今日は襲ったりしないから。隣で寝るだけ」

「……はあ」

 図々しさの化身を挙げろと言われたら、間違いなく俺はコイツを出す。


「で、一体なにがあったんだ?」

 いつも寝静まった後に乱入してくるからこそ、こう聞ける。

「……今日は悪い夢、見そうな気がする」

「それ本当かぁ?」

「うん」

 無表情のまま頷くと、枕をポンと置いてそろそろ布団に潜り込んでくる。


「レン、おやすみ」

「お、おう……。って、お前やっぱり今の話嘘だろ」

 足に当たるのは、揺れ動くコイツの尻尾。

「すう……」

「おら、起きろ」

「……」

「嘘寝しやがって……。お前みたいなやつがもう一人二人増えたら俺は過労で死ぬだろうな」

 その言葉を最後に、俺は明かりを消した。



 この一時間後、好き放題されるなど知らずに。

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