すこし・ふしぎ
蛇はら
第1話 箱
空港のターミナルのような、清々とひらけた建物の、中心に据えつけられたエスカレーターを下っていくと、その出口には四角の箱があった。子供くらいの大きさをしているが、まったくの無機質で不気味な感じがした。ごうんごうんと人が運ばれてくると、紙切れを吐きだす。感熱紙には、酔っ払いがまくしたてたような文字列が印字されている。
大人 男 肥満 資産家
その人は、一瞬にしてその通りの人間になった。
ごうんごうんと誰かが近づく度に、誰かは感熱紙を切り取る前とは別人になって、どこかへ行ってしまう。私はエスカレーターの天辺で手摺りに掴まりながら、なるほどあの箱はそういう機械なのだなと思った。そう気づくともうこんなところにはいたくなくて、列から外れようと後ろを見たが、すでに何人も並んで、たくさんの顔が迷惑そうに私をにらんだ。しかたがないから大人しくしているが、すこしずつ箱が近づくにつれ、不安ばかりが肥える。ほかにきょろきょろしている人はなく、誰も彼も直立不動で正面を向いていた。私は頭の根元あたりがぶあぶあと痛むので、手摺りにすがりついたまま、このまま気絶できたらいいのにと口惜しくなる。
とうとう箱の前に着いてしまった。箱はコガネムシのような鈍い光沢を持っており、光の加減か、それが刻々と模様を変えるので恐ろしい。私はわっと泣きだして感熱紙を見ないよう顔を覆った。すると後ろに並んでいた男がいらいらした声で早く紙を受け取るよう促してくる。
「せめて選べないんですか」
と私が聞くと、男はよけい怒った顔をして
「あなたは逆らうつもりなんですか」
「そんなまさか」
「初めてで緊張しているんですね。でも逆らっちゃいけない」
と言った。そのうちめらめら燃えだして顔つきが仁王じみてきたので、私は涙を顔いっぱいに溜めながら感熱紙を切り取った。
子供 男 帽子 黄色のポロシャツ
それで、その通りになった。
私は泣きながらその場をあとにした。縮んだせいで何度も転びそうになった。あてどもなく建物をさまよっているうちに、眼の前に分厚い扉が現れて、ほかに行くところがないように思えた。小さなからだでぶつかるように扉を開くと、ホテルの宴会場である。たちまち大勢の眼がいっせいにこちらを向いた。薄暗がりに浮かんだシャンデリアの光に照らされて、彼らの眼はすてきに輝いていた。私は入口に呆然と立ちすくんだまま、みんなそうなんだと思った。
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