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アゼル
プロローグ What is He?
朝焼けが目に染みる。
ここ東京のとある廃車場の一角で男は目を覚ました。
男の名は下崎(しもさき)。
寝床の廃車の中に差し込む陽の光を憎むように目を開けながら体を起こした。
寝床にしていた車のドアを開け、積み上げられた廃車の山を下る。朝焼けに照らされた、社会に不要とされた鉄クズ達の死骸を眺めるのが彼のお気に入りだった。
どこで拾ってきたかも分からない、車用の大型バッテリーを動かしてトースターの電源をつけ、湿気ったパンをねじ込む。
目玉焼きを作ろうとフライパンを取り出し、外に放置した家庭用ガスコンロに火をつけようとしたが、フライパンに穴が空いているのに気がついた。
舌打ちをしながらガスバーナーを取りだす。ボンネットを浮かすと、ガスバーナーをそこにに勢いよく吹き付けた。薄汚れた白いボンネットが高熱に晒されて黒くなる。下崎がそこに雑に割った卵を落とすと、ジュッという音を立ててあっという間に卵は固くなる。
卵がある程度冷えるのを待つとトースターから焼けたパンが飛び出した。焼けた2枚のパンにボンネットから雑に引き剥がした目玉焼きを挟んで口に頬張る。
衛生や質はどうでもいい、腹さえ膨れれば。
それが彼の食事に対する概念。
適当に時間を潰して、昼過ぎ。彼は近場の繁華街の裏路地、ホームレスがたむろする場所に来た。
目当ては2件先のタバコ屋。表向きは普通のタバコ屋だが裏ではヤクザ絡みの黒い仕事などを斡旋する仕事を行っている。そこでその日暮らしの金を稼ぐのが彼だった。
「仕事。」
それだけポツリと呟くとタバコ屋は読んでいる新聞を畳むことなくしわくちゃの紙を彼に渡した。
──3番街の公園に住むジジイから金をまきあげて欲しい。緑色のニット、古いブランドのジャケット。色は黄色。青いジーンズが目印の男だ。よろしく頼む──
追記:巻き上げた金はソイツが作った借金の返済に当てる。謝礼は巻き上げた金額の4割。
「受けるか?」
「あぁ。」
「明日の午前中に俺に渡せば完了だ。」
「4割は羽振りが良すぎるが。」
「闇金の小遣い稼ぎだそうだ。多く搾り取って適当に利子だのなんだの言っときゃながーく絞れるんだとさ。お前もそういうのには手を出すなよ。」
下崎はそれには答えず路地を後にした。
指定の公園。目標の男はすぐに見つかった。住宅街が近いこともあり、ホームレスは少ない。
下崎は男に歩み寄った。男は中年の割に体格が大きく、がっしりして見えた。
「…なんか用か」
鍋をつついていた男は下崎を見上げた。
目先数十センチほど。
タバコをふかし見下ろすだけで下崎は答えない。
「…なんか用かって聞いてんだろうが小僧」
まだ答えない。タバコの煙を吐く。
「……テメェ見せもんじゃねえぞコラァ!」
言葉が終わるや否や、下崎は男がつついていた鍋を蹴倒した。男が目を見開き下崎を見る。
男が立ち上がる前に、下崎はポケットに隠していた赤い粉を顔面にぶちまけ、横つらを貼り飛ばした。
すり潰した唐辛子が男の目に入り激痛を引き起こす。男は短く呻いて顔を擦るがそんなことで唐辛子の痛みは収まらない。
膝を裏から思い切り蹴飛ばすと大きな尻もちを着いて男は倒れた。腰を打ったようで痛みに呻く。
「なぁ」
吸っていたタバコを男のまぶたに当てた。抵抗するため腕を振ったが、まだ視界が十分では無いため下崎を捕らえきらない。
「金。出せ。」
「知らない。なんの事だかわかんねぇよ!」
下崎は男のニット帽を取って投げ捨てた。屈んで男の耳にタバコの先をつけて吸う。熱を帯び赤くなったタバコが男の皮膚を焼いた。
さらに悲鳴をあげて転がる男にまたも問いかけた。
「金。」
「お前、取り立てのやつの、仲間、か?こんなことしてタダで…」
強情な男に下崎は蹴りで答える。踵で体重をかけ、突き出すようにして二、三度。
肋が折れる音がした。
「わ、わ、分かった!払う!払うから!あるだけ…ほら……」
男は恐怖で震える手でポケットを探り、中から5000円札を取り出して渡した。
下崎は乱暴に受け取って自身のポケットにねじ込んだ。
暫くの沈黙──
そしていきなり股ぐらに向けて更に蹴りを叩き込んだ。時間差の不意の攻撃にまた男は叫んだ。
うつ伏せになったところを上から全体重をかけて下崎は押さえつけた。
「ほ、本当にそれだけだって!頼む!!許してくれ!!来月にはまとまった金で渡すか…」
言い終わらないうちに下崎は男の頭をつかみ、公園の石段に打ち付けた。急所は意図的に外した。男が何か言いかける度に打ち付ける。
男はしばらくもがいたが、やがて体力が尽きて動かなくなった。そして自由な方の手を少し動かし、ジャケットの襟の縫い目を引きちぎると、中から万札が2枚出てきた。
下崎は男が差し出す前にそれを奪い取ると仰向けに転がした。
そして手元から多目的ナイフを取り出すと、男の服の縫い目から靴の裏、ポケットに至るまで男の身につけているものを解体し始めた。
蹴られ、顔面を打ち付けられ、根性焼きまでされた男に抵抗する余力は無い。
結局男のダンボールハウスまで解体し、靴の中敷きの下に隠した2000円も最後に回収し下崎は仕事を終えた。
「金無ぇならその辛子でダメになった目玉でも売っとけ。」
そう言い残すと公園を後にした。
流石に周囲には人が集まっており彼らを見ている人だかりが出来ていた。
当然至極、既に通報もされているだろうが下崎は気にする様子もなく、そのまま去っていった。
遠くからは、パトカーのサイレンだけが遠く近づいていた。
同じことの繰り返し。
激しく喜ぶことも、怒ることもない。
執着することも無く、執着されることも無い。
無法者として生き、堕ちていく。
それが、下崎という男だった。
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