『さよなら』の翼 〜空色の未来に、この想いを〜

マクスウェルの仔猫

第1話 あっちもこっちも、変わらなかった

 


 いつもの夢だ。

 研究と実験のしすぎで疲れている時は、必ず見る。


 あっちの世界にいた頃の夢。

 こっちで召喚されたばかりの時の夢。


 放課後の、校舎の陰。

 俺の胸倉を掴んで甚振いたぶり続けるコウジ。


 そうそう、いつも通りに俺は奴らに囲まれてて。


『こいつ、まだ十字架つけてんぜ! 僕、カッコいい! とか思ってんじゃねえの?』

『マジ? 見せて! おおお、早く神さん呼んでみろや!』

の自分に酔ってんじゃねえよ!』


 俺の首から、にび色の輝きがもぎ取られる。


 や、やめて……!

 返してよ!

 返して!


『何だ?そのツラ。女みてえな顔で睨んで来ても、怖くねえって言ってんだろ!』


 交互に殴られた。

 何度も蹴られた。

 その度に転がった。


 蔑む目。

 ほくそ笑む目

 嘲笑あざわらう目。


 そして。

 ややかに見下ろしてくる、目。


『私、間違えてた。やっぱり強い人が好き』


 見下ろしていた女子が、コウジに近づいていく。


『お?おおお?!優美ゆみちゃんが俺、指名?そうだろ?そうだよなあ!こんなヤツ、好きとか間違いだよなあ!』

『間違いだった、かも。ね、遊びに行こ?』


 ちゃりりっ。


 優美が、起き上がれない僕の身体に十字架を乗せた。


 ある日、不用意に近づいてきて。

 コウジ達から俺をかばって。

 彼女を好きだったコウジの怒りを燃え立たせ。


 そして、あからさまに孤立していく焦燥感に負けていった。

 俺に残ったのは、激しくなったイジメと、絶望感だけだった。


 場面が、切り替わる。



 聖カルニアス王国、戦闘訓練場。


 俺を含めた五人が、連れてこられた狼の魔獣と闘っている。

 これも、毎度おなじみの、選抜期限間近の光景。


 手にした剣で何度も切りかかっては、に、魔獣に転がされる俺。

 剣や魔法で、連携をしながら確実に魔獣にダメージを与えていく四人。


 戦士、補助魔法使い、魔法剣士、攻撃魔法使いから怒鳴られている。

 召喚時に得たというスキルから能力を開花させた四人と、のたうち回る俺。


 当然だ。

 俺はまだこの時、そんなボーナススキルを女神に封印されていたのだから。

 

 のとっさの判断がなかったら、とっくに死んでいただろう。

 

 召喚の儀で呼び出されたのは四人。

 召喚された人間は、五人。

 

 一番使えない者は放逐せよ、の王の言葉。

 一か月の間、俺らは試され続けた。

 

 そして。


 無能と判断された俺は、慈愛溢れる第三王女セレナに庇われて召し上げられ。

 一週間、セレナに惚れている近衛達に狙われ続け、あっさりと放逐された。


 それなりの金貨と抜け道を教えられ、案内しようとする近習の前で、セレナは。


『必ず、また私の所へ戻ってきてくださいね』


 生き延びたよ。


 間に封印魔王領にちょっかいかけてカルニタス無くなったし、もう会えないけどな。


 場面が、また切り替わる。



 のように神社の本堂に辿り着いて倒れこむ俺。


 あの日、の夢だ。

 

 前髪を切りそろえて後ろ髪を背中まで垂らした桔梗。


『ふう。血まみれになって神社に入ってくるなど、芳人でなくば仕置きだぞ?』

『……ごめん、なさい』

『まあ、よい。黒兎こくと、薬草を胸に乗せてやれ。……礼はそのカバンの中の甘味で許そう。お、今日はたい焼きか!』


 黒い兎、” 唐草 ”が、くわえていた草を俺に乗せた。


『わかってたくせに……今度から虐められる前に来るよ。体中からアンコを出した、たい焼き達のお化けとか』

『そんな物を見たら、数百年ぶりに本気で泣くぞ、ん?首のモノ、どうしたのだ?』


 制服のポケットから鎖がちぎれた十字架を見せる。


『そういう事か。どれ、直してやろう』

『直せるの?!』

『容易い事だ。そも、神器を創り出すのは誰だと思っているのだ?』


 桔梗に渡した十字架が淡い光を放ち、鎖がつながる。


『ほれ、できたぞ。早う甘味よこさぬぐああ?!こ、これ!抱きつくな!泣くな!』

『ぐすっ……ありがどう!ぎぎょー!』

『断末魔の如く呼ぶのはやめい!はあ、芳人は全くもって、受けるべき優しさや慈しみが足りておらんの……これ!装束に鼻水つけるでない!ほれほれ』


 桔梗が、わしゃわしゃと俺の頭を撫でている。


 ありがとな、桔梗。

 お前だけが心のよりどころだったよ。


 一昨日も先週も会ったけど。



 そろそろ、起きるか。


 召喚逆フリーフォールと、桔梗が投げた小刀で受けた痛みに絶叫するだけだし。


 あっちも、こっちも、うんざりだ。

 二度と関わらない方法を。

 早く。


 この世界も、日本も、大っ嫌いだからな。

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