光が。
夜月心音
幻か。
今日も重たい身体を起こして、僕は仕事への準備を始めた。最近の僕はいつもこんな調子で上手く身体が動かせなくなってきていた。理由はなにかと問われても、どういうことか、僕にもわからないので謝りたい。
ただ、僕の仕事は普通の仕事であり、大したことはしていないのだ。普通の事務仕事。事務仕事は僕にとって天職かどうか聞かれたら、間違いなく「違う」というだろう。なぜなら、僕は同じことを繰り返し行うことが苦手だからだ。だから、エクセルやワードを使用してほぼ毎日同じことを繰り返していると、気が滅入る。だけど、これが誰かのためになると信じて、僕は今日も職場へ向かうのだ。
あっという間に時間は過ぎるもので、仕事が終わる時間にいつも鳴る、地域の音楽が鳴り響いた。
「今日はもう終わりか」
なんて呟くと、隣の席の同僚が声をかけてきた。
「なあ、最近時間が過ぎるのがあっという間じゃあないか」
僕は不思議に思っていたが、考えてみれば、確かにそのように感じてきた。
「そうだな。もう歳かな」
「いやこんな噂があるんだよ」
同僚がものすごい勢いで首を振った。僕は少し驚いたが同僚がすぐに口を開いたので、僕は同僚の話を聞くことにした。
「最近近くに、灯台ができただろ。ほら、ここからすぐ近くの海付近の」
「ああ」
「それがなんか関係しているらしいんだ」
同僚が一旦口を閉じる。
灯台ができたことは本当だが、あの灯台が光っているところを見たか……? いや、職場から僕の家まで少し距離があるから見えなくても当たり前だろう。
「あの灯台光らないんだ。俺は家が近くだからよく知ってる。何のために立っているんだろうって考えていたんだ。」
あ、やっぱり光らないんだと僕は思った。
「でもな、あの灯台が光ることがあるらしい。まさに、その時に」
「時に?」
同僚は勿体ぶった。いや、戸惑っているようにも見えた。
「時間が元に戻るらしい」
「いや、どういう原理なんだよ。そもそも光ることと時間が早く感じること、何が関係してるっていうんだよ」
「どうやら、あの灯台にはなんかの力で、光る時が決まっているらしくてな、ただ、あの灯台の周りは結構険しくて、本当に。俺じゃあいけないんだよ」
へえっと、流す。ただの噂だったか。と、思ったら、同僚から考えもしなかった言葉が飛び出した。
「俺、この後なんとか行ってみようと思うんだが、お前も来るか?」
「いや、噂で動きたくない。ただでさえ、僕は最近身体が重いんだよ」
「え、お前大丈夫か? 気をつけろよ。まあ、俺が行って明日お前に報告するわ」
わかったと一言同僚に言って僕は席を立った。灯台が光ったら、時間が元に戻るなんてどんな原理で、どういう意味不明な噂なんだよ。あいつも本当に噂好きだよなあ、なんて、僕は思いながら帰路に着くのだった。
そのまま家に帰った僕は、不意にまた身体が重くなる感じがした。
「またか」
そう思うがいつもより、少しだけ重い眩暈がして頭を押さえた。よろよろと歩きつつ、僕は一旦休息をすることにして、布団へ向かったのだった。
「うおっ、本当に光るんだなあ」
不意に同僚の声がした。僕は手を伸ばして同僚に声をかける。
「何の話をしてるんだよ」
とんっと肩を叩くとうわっと同僚は退いた。
「え、なんでお前がここにいるんだよ。さては後をついてきたか?」
驚きを隠せない様子の同僚を見て、僕は笑った。同僚の格好も、何もかもがおかしかった。なぜかボロボロになったカッターシャツにスラックス。そして、いつも丁寧に整えられている髪の毛でさえも少し乱れていた。
「なんで、そんなんになってるんだよ。まるで山道でも歩いてきたみたいだな」
「え、お前は見てないのか? ここに来るまで、海の隣だってんのに、すごく険しい道だったんだぞ。お前が言う通りまるで山道だ。そういえば、お前は綺麗だな。何でだ」
「さあ、僕はお前の声が聞こえて声をかけただけだよ。ちなみにここはどこだい」
同僚は訳がわからないとでも言うように頭を抱えていたが、僕だって何が何だかわからない。なぜこんなにも同僚がおかしな格好になっており、こんなにも驚いているのか。険しい顔をした同僚がゆっくりと言葉を吐いた。
「お前、名前は?」
急に名前を問われて僕はさらにおかしくなってきた。
「名前? 名前は——だよ。いつも通りの僕だよ」
「な、何てこった」
同僚の顔が青ざめていく。僕は、僕の名前を言っただけなのに。ただ、同僚は何か取り乱しており、今にもこの灯台から飛び降りてしまいそうだった。
「だから、この灯台が急に立ったのか」
同僚のその言葉に、僕はさらに首を捻る。何を言っていると言うのだろう。
「お前、家に帰れよ」
「せっかく会ったのに先に帰れって言うのか? おかしいだろ」
「いや、お前は帰るんだ。だって、おかしいだろ」
同僚は何がとは言わなかった。ただ、僕は何かおかしいらしい。ただ同僚はなぜ灯台がここにあるのか、時間が早く進むのか、それはしっかりわかったようだ。
「じゃあ、明日。職場で教えてくれよ」
「……わかった」
少し暗い表情の同僚を心配するが、僕は家に帰る事にした。道を歩いていると、ふと後ろが気になり、振り返る。
すると、そこには先ほどではわからなかったくらい、綺麗に光る灯台が立っていたのだ。なぜ先ほど光に気づかなかったんだろう。僕は、その光に吸い寄せられた。まるで光によってくる虫のように、僕は光に近づいた。灯台へどんどん近づいていくと、光の強さはさらに強く、怖くなってきた。不安になる。そして、灯台の真下まで来た時に、その不安の要因がわかった。灯台の下なのに、暗くないのだ。よく、灯台下暗しというけれども、そんなことなく、煌々と光り輝いていた。もはや灯台のライトではなく、灯台が光っている、という言葉がしっくりくる。僕は恐々としながら、灯台に手をついた。
「いや〜本当によかったよ」
そう言ったのは、同僚だった。
「僕はそう思えないです。あの日が忘れられないんです」
まあそういうこともあるさと、同僚は僕は寝転んでいる白いベッドの淵に座った。そして、僕を見下ろすと口を開いた。
「中本さんは残念だったけど、お前が生きていただけで、捜索隊の人たちもきっと、きっと嬉しかったと思う」
そう言う同僚の目には影が浮かんだ。何もいえなかった。
僕は、昏睡状態にあったようだ。同僚の中本と一緒に海近くで歩いていた時、不意にスピードを上げてくる車を避けきれず、その車と中本と僕は海の底へ落ちたらしい。そして、助かったのは僕だけだったようだ。
だが、僕は確実に目が覚めるまで、中本といつも通り仕事をしていたし、生活もしていた。だが、あの中本の驚いた顔。そして、早く帰れという声質。僕は、忘れることができないし、死んだ……というのも信じていない。だって、僕らは昨日まで灯台の話をしたり——。
「なあ」
「ん、なんだ?」
同僚が、不思議そうにこちらを見た。
「あそこの、僕と中本が落ちた海って灯台あったっけか」
「いや、ないぞ」
不思議そうに同僚は言ってくる。いや、僕が不思議なことを言っているのかもしれない。
もしかすると、僕は中本と落ちて、中本と死後の世界にいたのかもしれない。でも、なぜ僕に帰れと言ったんだ?
「あっ」
「どうした?」
同僚の不思議そうな問いに僕は何でもないよと答えた。そして、僕は頭の中で納得した。確かに、彼は中本だったが、名前は違った。あの名前は、死後にお坊さんにつけてもらう名前だ。たぶん。そういう雰囲気の名前だった。目覚めた後、中本はすでに亡くなっており、先に葬式なども済ませていたと聞いている。
もしかすると、あの灯台は死後の世界にきてしまった人の生死を見分けるものなのか、それとも、僕自身が灯台だったのか、車のライトか——。
同僚に寝るわと一言いい、同僚も帰ると僕に声をかけた。僕はまた中本に会ってしっかりとした意見を聞きたくてまた目を閉じた。
光が。 夜月心音 @Koharu99___
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