蛇の足:狐の嫁入りがある話
あれは僕が小学生の夏休み。
小さな山の中腹にある父の歳離れた兄、伯父の家で遊んでいた時のことだ。
蝉がうるさく鳴く炎天下の庭で土遊びをしていた僕は、剥き出しの腕を不意に雨に叩かれて、あわてて軒下へと飛び込んだ。
熱射病対策に無理矢理かぶせられた麦藁帽子はしっとりと濡れ、庭石の上を水滴が跳ねる。しかしさっきまで空には雲ひとつなかったはずだ。
軒下からは出ないまま首をかしげ、麦わら帽子の大きなツバの陰から空をのぞいてみると、やはりあざやかな青空とまばゆい太陽が見えるばかり。
それでも、静かな音をたてて雨は降り続ける。
あんなに騒がしかった蝉の声はかき消えて、ただただ雨の降る音だけが世界を包む。
その静かな世界を、背後から聞こえる男の声が小さく破った。
「狐の嫁入りだなぁ」
振り返ると、伯父が腕組みして縁側に立っていた。「おじさん」というよりもう「おじいさん」と呼んだほうがしっくりくる年老いた男は、なにか懐かしむように目を細めて微笑んでいた。
「きつねのよめいり?」
「ああ、狐が嫁をもらう時、狐が嫁に行く時は、雲もないのに雨が降るもんさ」
僕は忘れない。
青空から降るあの雨を。
伯父の笑顔をつたうあの涙を。
人狐混婚話 根ヶ地部 皆人 @Kikyo_Futaba
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