玖:人が狐から取り返した話

 さあてこれはごく最近の話で、狐のせいかどうかもよくわからないんですけどね。

 この辺一帯では一番のお金持ちの、いえ一番のお金持ちだった家のお嬢様の話です。

 これが本当に絵に描いたような深窓の御令嬢でしてねえ。わたしたちのような下々の者にでも礼儀正しくお声をかけてくれる、出来た方でしたよ。

 学校の成績も良かったんでございましょう。普通の子が行くような名前ばかりの高等学校なんぞではなく、ちょいと離れた、ええとなんでしたっけ、全寮制のミッション系女学院?なんぞに進学されたとか。はい、ちょいと遠くには、そういう所があるんだそうで。

 そりゃあ昔なら嫁入りするような年頃ではありますけどね、まだ子供じゃあありませんか。学のためだか箔のためだか知りませんが、お嬢様一人だけを送り出した親御さんはどんなお気持ちだったのでしょうねえ。

 立派になって帰って来るだろうか、良からぬやからに騙されたりはしないだろうか、そんな期待と不安でいっぱいの中、進学されて二年目でしたか三年目でしたかの夏休みのことですよ。

 帰郷されたお嬢様はお屋敷に閉じ込められ、学校に戻ることはもちろん、ご近所に出歩くことすらできなくされてしまったのです。

 なにがあったのかは存じません。ただ夜ごとに親父様が猟銃を持ってうろついてなさったり、お嬢様が窓から顔を出して甲高く喧々ケンケンと野に叫ぶ様を、この眼で見ただけでございます。

 その御一家もお嬢様の治療だか夜逃げだか。ある日忽然と消えてしまわれました。今では荒れ果てた空き家に野の獣が。ええはい、獣がむだけでございます。

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