「あなただけの主人公」~あなたは三度目の偶然を運命だと知っていますか?~

@WARITOSHI

第1話 出会い

『パシャ!』

夜の銀座の町を写真に撮る一人の女性・・・

―「この町の夜景はきれいね・・・」―女性はそう思いながらシャッターを切る。

そこに一組の男女がレンズに入る。女性は思わずそのカップルに焦点をあて、

「お似合いね、一枚失礼!」

『パシャ』」

写真を撮り終えると、女性は足早にビルへと消えていった。


「もう十四時か・・・」

仕事がひと段落し、遅い昼食をとった本木一哉は呟いた。本木は三四歳。大手広告代理店に勤めるいわゆるサラリーマンである。ただ普通のサラリーマンと違うのは父親が同代理店の社長であり、本木自身もこの若さで専務という役職についている点である。いわゆるお坊ちゃまで、人との争い事は出来るだけ避けてきた人生であった。但し、外国留学の経験があり、英語、フランス語、中国語、韓国語を話し、経営学を学んだエリートの一面もある。

「公園にでも行って見るか・・・」


「はーい、休憩にはいりまーす」

アシスタントディレクターの声があたりに響く。

「えー、まだ前の撮影終わらないの?監督も大変ね」

キム・ユリは奮闘している監督を見て呟く。

ユリは二八歳。韓国では有名女優である。今回、日本向けCM撮影のため来日していた。

「二時間位、待ちになるよ」

ユリのマネージャーであるハン・ソクホがユリに伝える。

ソクホは年齢四〇台後半。マネージャーと呼ばれているが、実はタレント事務所の社長であり、マネージャー業もこなす業界人である。ユリがこの業界でもっとも信頼している男性である。

身長も高く紳士的で、常に冷静沈着な性格、ユリのよき理解者でもあった。

「控え室で休憩してなさい」

ソクホ、―誰もが彼をマネージャーと呼ぶので、今後マネージャーと呼ぶーはユリに伝える。

「わかった」

ユリは返事をしながら控え室へと向かった。しばらく歩くと、外を見渡せる渡り廊下へ出た。

「いい天気ね・・・」

ユリは呟くと、何か思いついたような顔をして、足早に控え室へ戻った。


本木は小さな公園に来ていた。そこはほとんど人気がなく、遠くの芝生に猫が数匹見える程度の小さな公園であった。

「誰もいないのかな?」

と、呟きながら芝生の猫へと近づいて行った。


「はい。食べて」

ユリは持ち合わせたお菓子を猫に渡す。

「人懐っこい猫ね」

と、微笑むが、すぐに表情は曇り始めた。

「君たちみたいに本当の私と接してくれる人ばかりならいいのに・・・」。

ユリは女優の顔でしか評価されない自分の境遇に少し嫌気がさしていた。友人も恋人も常にドラマでの人物と自分を重ねて自分を見てくる。また、若い時から芸能界に入り、ほとんど男性と付き合ったこともない。自分の本当の姿を愛してくれる男性との出会いをひそかに望んでいた。

「僕の分もありますか?」

「えっ?」

突然声を掛けられ、ユリは驚き振り返る。

「ああ、すいません・・・。驚かしちゃいました」

本木であった。

「・・・・」

ユリは無言で本木を見つめる。本木もユリの顔をじっと見つめ

―「あれ、この人どこかで見たことある・・・韓国女優のキム・ユリ?」―本木はすぐに気が付いた。

無言のユリに対して本木は、あくまでも冷静に接するように心がけ、韓国語で話し掛ける。

「すいません。誤解しないでね。変な人間ではないから・・・」

韓国語で話す本木に親近感を感じ、ユリは答えた。

「韓国語お上手ですね?韓国の方ですか?」

「いいえ、日本人です」

本木は猫を撫でながら

「ずいぶん猫がおいしそうに食べてたから、よっぽどおいしいのかと思って・・・思わず話し掛けちゃいました」

「おいしいですよ。ひとつ食べますか?」

ユリがお菓子を差し出す。

「いいえ、どうやらさっき食事をしたばかりみたいです」

と、お腹をさすりながら話す本木の姿をユリは見て、吹き出し、

「おもしろい人ですね。私も日本語少しだけど話せます」

と、本木に言いながら近づき、お菓子を手渡す。

「日本語上手ですね!ああ、ありがとう。後でいただきます」

本木はお菓子を受け取ると笑顔で話し出す。

「お仕事ですか?」

「はい。あなたもお仕事中?」

「私はもともと暇なんです。よかったら少しお話ししませんか?」

「ええ、いいですよ。ところで日本の冬はいつもこんなに暖かいの?」

「今日は寒いほうですよ!」

「こんなの韓国だったら春の陽気みたいよ」

ユリは驚いた顔で言った。

「日本は初めてですか?」

「初めてではないけど。いつもスタジオだから・・・あっ」

ユリは自分が女優であることが、本木にわかってしまうと思い咄嗟に口を抑えた。そして、うつむき黙り込んでしまう。そんなユリに本木は笑顔で近づき

「ごめんなさい。私、あなたがキム・ユリさんだと知っています。でも、変にあなたとお話したことを言いふらしたりしませんから。あ、今、会ったばかりで何ですけど、信じてもらえます?」

不安そうに尋ねる本木をユリはじっと見つめた。ユリは本木に不思議と警戒心を感じなかった。なぜか本木には人を落ち着かせる生まれ持った雰囲気がある。

「こちらこそ、変に気を使わせちゃってごめんなさい。私といると逆に迷惑じゃないですか?」

「とんでもない!キム・ユリさんとお話出来て困ることなんか・・・」

と、大げさなリアクションで本木は言った後、

「あれ、もしかして、こういうのが迷惑かな・・・?」

と、少し気まずそうに、ユリに尋ねた。ユリは笑顔で

「大丈夫!ねえ向こうのベンチでいろいろ日本のお話し聞かせて」

と、言い、本木の腕を掴み、引っ張っていった。

その後、二人は改めてお互い自己紹介し、お互いの国のこと、仕事のことなど楽しく話し合い、それぞれ仕事に戻っていった。


「何ニヤニヤしてるの?」

坂本瞳は怪訝そうな顔で言った。

「別に・・・ちょっと今日、いいことがあったんでね」

本木が答えた。

「何よ、いいことって?私には隠し事しちゃだめでしょ!」

瞳は二八歳、アパレル関係に努める女性で、本木の恋人である。

「別に隠すつもりはないけど、たいしたことじゃないよ」

と、言いつつ、本木はまだニヤニヤしていた。その表情を見て怒った瞳は

「全て話しなさい!」

と、叱り付けるような顔で言う。瞳は年下だが付き合い始めから姉さん女房のような存在であった。出会いは知人の紹介。もちろん最初の電話も告白も全て瞳からであった。瞳に叱られシュンとなる本木を見て、瞳は微笑み

「冗談よ!ところで最近忙しいの?少しやせたんじゃない?」

と、聞いた。

「大丈夫。健康だけが取り柄だからね」

「そう言ってる人間が一番危ないの。気をつけてね」

本木は心配そうに見つめる瞳に微笑んだ。強気な性格とは別に、常に本木のことを心配してくれる、瞳の優しさを本木はこよなく愛していた。

―「自分が守らなければ」―いつも心のどこかでは思っていた。

「さあ、寒いから早く行こう!」

本木は瞳の手を握り、食事へと向かった。


夜の渋谷、裏通りに面した小さなビルの地下から若者が数人出てくる。

「あ~あ。今日も負けか!」

三田村剛は空を見上げぼやく。

「また、儲けさしてくれよ!」

「うるせえ!」

ビルから一緒に出てきた仲間に三田村は叫んだ。この日もポーカーギャンブルで三田村は大損をした。しばらくして三田村は携帯電話を取り出す。

「また、こづかいもらうか・・・」

電話の呼び出し音から留守番電話に切り替わる。

「ああ、俺。今度いつ会える。ふふ、愛してるぜ!」

三田村は含み笑いをして電話を切った。

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