第21話 役に立たなければ生きていても意味は無いのか
薄墨色の空に暖かい風。明日からは本格的な冬が訪れるという。
昨日は私なりに全力で仕事を頑張ったためだろうか、帰宅後、体が動かなくなった。
息子を風呂にいれるにも、寝かしつけるにも、随分時間がかかってしまった。
当然の如く、本日は寝坊。
なんとかバスの出発時間に間に合わせ、帰宅後二度寝をした。
この繁忙期に珍しく、急なお休みをいただく。
時間があったらやりたかった、Mac用にフォーマットしてしまった外付けhddの中に眠る、写真や動画をWindows用のhddにすくい上げる作業をする。
最近、MacのPCからWindowsのPCに買い換えたのだけれど、十年分の映像データにWindowsではアクセスできない事に気がついて、青ざめたのだ。
何故って、息子の生長記録がまるまるMacintoshに残っており、新しいPCでは認識すらしないのだ。原因がわかるまで生きた心地がしなかったのは言うまでも無い。
初めての作業だったので不安だったけれど、問題なくデータを保護出来た。息子の出産シーンなどが保存されているので、古いMacのPCが壊れたら映像データは再生出来なくなって終わりだった。ほっと胸をなで下ろす。
続けてiPhone内の画像データもhddにバックアップを取っておこうとして、息子のお迎えの時間が来てしまったために断念する。
保育園では、お遊戯会に息子がどのような状態で参加しているかの説明があった。
息子は知的障害を伴う自閉症だ。年齢相応にお遊戯会に参加するのは難しい。だから、お遊戯会の場に居るだけで、クラスの一員として参加していると言うことにさせていただいている。
一瞬、「欠席」という選択肢が頭をよぎった。活動に参加できないのなら、休ませた方が良いんじゃ無いか――。
活動には参加せず、その場に居るだけ――賛否の別れる参加法だと思う。好ましく思わない方もいるかも知れないし、私自身、何も出来ない息子を見ているだけなのは、正直辛い。
息子本人は参加したら楽しむのだろうか。それとも、負担に思うのだろうか。
彼は、保育園の仲間のことが大好きで、行事に参加した日を改めて振り返った時――活動に参加できたかどうかは別として――
「楽しかった」
と、言う。でも、行事の最中は泣きっぱなしだ。どちらが本人の本心なのだろう?
どちらもなんだろうか?
そもそも彼は、嫌なことがあって泣くことはあっても「辛かった」とは言葉にしない。無理矢理ポジティブな出来事として変換しているのなら、それは本人にとって辛い事なんじゃ無いだろうか。
保育園からも、今まで一度も欠席を求められた事は無い。それは、園の方針かも知れないし、経営母体の方針かも知れない。どちらにせよ、我が家にはありがたいことこの上ない。
幸い、息子の行事参加に苦言を申し立てられる事もなかった。同じクラスのご家庭の、ご配慮に頭が下がる3年間だった。
ただ親としては、集団に適応出来ない息子の現状を報告され、気持ちが重くなってしまった。
正直、欠席に心が傾いている。
年齢により、求められる事の難易度は跳ね上がる。
もちろんそれは、こどもに対してだけでなく、大人である我々にも言える事だ。
少しずつ、周囲が求めるものと息子の精神年齢や生活年齢が乖離を起こし、今では全く別の世界で生きている。
それはそれで、彼の生きる道がたまたまそちらの方角へ伸びていただけにすぎないだろう。
周囲の期待に応えられないからといって、生産的な活動が出来ないからといって、生きる資格が無い事にはならない。
生きる権利が憲法で保証されていることは大前提として。人というものは生物である以上、一定確率で障害を持った個体はどうしても生まれてくるものだからだ。
他の生物だってそうではないか。人間だけが特殊であるはずも無い。
障害に縁の無い人達が障害者を見る機会が無いのは、障害を持つ人たちが少数だという理由もあるけれど、社会の仕組みが、障害を排除しているからとも言えるように思う。
障害を理由に幼稚園や保育園に入園できないケースだって、珍しくないのだ。
それでも、健常者の世界で生きてゆくには、「人の役に立て」「迷惑をかけるな」というメッセージを背負って行動しなければならない。 集団を存続させるのには、そういう価値観も必要不可欠なのは重々承知だけれど、息子を育ててゆくうちに、私が育った世界だけが「絶対」なのでは無いと知った。
それは、「人の役に立たなければ生きている意味が無い」というメッセージを受けて育った私にとって、天地がひっくりかえるような違和感だった。
息子を頭ごなしに叱らず、障害の特性にあった接し方をするたびに、恐怖で私を支配して、気に入らない事があれば怒鳴り散らす母の事が憎くなる。
「簡単な育児で良かったね」と、嫌みを言ってやりたくなる。必ずしもそうであるとは限らないのに。
私は、自分が生きざるを得なかった世界と、息子が生きる世界とのギャップに挟まれながら、子育てをしている。
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