第7話 膵癌になりかけた時の話
洗濯物を干していると、陽だまりの中で丸まって眠りたくなる。一足先に春でも来たかのようなこの頃だ。
在宅仕事の一番大変な箇所を終わらせた後、いつもより早めに仕事場へゆき、一人でできる軽作業を行った。
夫は歯科医に行っている。歯茎に出来物ができたので、膿か癌かを調べているのだ。
結論から述べると、夫は癌ではなかった。
膿だった。
よ、よかった!!
夫が大病をして嬉しいわけがない。無事で何より。改めて、口内環境を整えたまえ。
癌は今や治療可能な病気とはいえ、体に全く負担がないわけではない。しんどいことはなるべく体験して欲しく無い。
勿論、夫が仕事に穴を開けるのも痛い。お客様にだって多大なご迷惑をかける。
こういう時、退職してしまった事を後悔する。もちろん、そのまま続けていたところで、左遷決定だったろうけれど。
今は、専従者故にパートへも出られないのだ。自分の意志に反して、夫とは何もかも運命共同体になってしまった。正直、このままで良いとは思わない。
私のペースで自立できる何かを見つけたいと思っている。
それが、本業で得たスキルなのか、別の仕事なのかはわからない。もしかしたら、新しく何かを始める必要性があるかもしれないし、現在の仕事を極めることで得るものなのかも知れない。どちらにせよ、息子が特別支援学校に入学して落ち着くまでは、動けない。
癌といえば、私は20代後半に、膵臓に腫瘍が出来た。
将来癌化する「中性」という腫瘍で、緊急は要さないが摘出しなければ膵臓癌になるという代物だった。
緊急性は無いというけれど、膵臓癌になったら20代の致死率は90%だったかと思う。選択肢なんて無いに等しい。
左腹部から背面にかけて耐え難い痛みが走り、とても立ってはいられなくなる。意識があるうちは常に激痛に苛まれ、どんな痛み止めを飲んでも効果がなかった。
病院へ行っても、隠れた臓器である膵臓に異変があるというのは、気が付かれにくい。
(*同じ症状に悩む「もしかしたら」と思う方へ。消化器内科のある病院へつながるか、大きな大学病院で精密検査を受けるのも手かと思います。)
私も初めは「膀胱炎」と誤診され、職場の皆には「どうせ食べ過ぎでしょ」とあしらわれた。
当時の職場は人員削減が掲げられていて、体調不良だと言いづらい環境であった。
激痛に耐えかねトイレで倒れていても、心配されるのは私が空けた穴を埋める職員だけ。私の体調不良は完璧に、自業自得だと切り捨てられた。
倒れた社員より仕事の方が重要なのは判る。そういう職場だった。
薬を飲んでも病院へ行っても、考えうる対処全てしても、どうにも出来なかった。それも全て自己責任だと言われた。私はそれを信じた。
私が職場で信頼関係がうまく築け上げられなかったのも、悪かった。
私は特殊業務を行う部署から移動して、勤続年数相応の仕事内容がわからない状態だった。(でもそれ、全部私のせいか? 不運だった環境も影響していないか?)
adhd特有の不注意を発動してケアレスミスが多かったのも、許される事ではなかった。私自身、どんなに視覚支援をしても増えてゆくミスが原因で、叱責されるのが怖くなり、どんどん挙動不審になっていった。うまく立ち回ることができなかった。
ならば、利益を上げられない人材に、集団に貢献できない人間に、人権は必要ないのだろうか?
私は「あんなミスをするようなだらしない奴、無責任な奴に、体調管理なんて出来るはずがない」――そんなふうに判断されていたのだと思う。
職場全員から信頼を失った経験は、私に強烈な失敗体験を植え付けた。
私が外部の立場からだったら、「もっと発達特性に理解をしてあげて」と言いたくなるし、ミスと体調不良は別物だと言いたくなるけれども、自身のこととしては、職場を恨む気にはなれない。
何故なら、私は疾病手当を取れる限界まで取らせていただいたからだ。
人手不足という背景はあれど。私が完璧な被害者の立場でいられるわけでは無いとわかってはいるものの、切り捨てられるならば労働者の権利を行使させていただくまでだ。
結局、腹部の激痛の原因が判明し、手術が必要とわかるまで1年の歳月を要した。
誤診が重なった。
痛みで眠れなくなり、泣きじゃくっていた所、母が救急車を呼んでくれたのだ。
私はそのまま緊急入院になり、絶飲絶食の絶対安静処置となる。
その後、県立の癌センターに移転となり、県の予算で新しい技術の手術を受ける非検体として入院した。
おっと、思わぬ形で社会貢献しているなぁ。
辛い記憶、失敗体験として綴ろうと思ったこの出来事だったが、そうだ、私は当時の医療に貢献したのだった。
爪の先くらい、自己肯定感が上がったように思えたところで、今日は筆を置こうと思う。
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