ONNA

そうざ

ONNA

 窓のない薄暗い部屋には、ベッドしかなかった。

 ドアに鍵を掛けて振り返ると、女はもうワンピースを脱ぎ始めていた。最後の一枚まで事もなげに取り去ると、直ぐにベッドに横たわった。僅かに足を開き、隠し所を隠そうともしない。

 図らずも理想的な体躯に、俺は生唾を飲み込んだ。今回は上物じょうものだ。

 女に一切のムード作りは不要だった。俺は無言のまま自らも裸になり、造形美の極致に身を添わせた。

 女の肌は幾らか冷えていたが、吸い付くような手触りが一気に欲情を掻き立てた。唇に唇を押し当てる。熱い吐息と唾液が激しく絡み合った。

 結婚して三年になる妻の顔が、一瞬だけ脳裏をかすめた。新婚当初はもっと背徳感を覚えたものだが、いつしか後ろめたさは薄れて行った。定期的に女を抱けるまたとない好機を逃す手はない。

 女の潤んだ瞳が真っ直ぐに俺を見詰めている。女のも既に用意周到だった。いつものように回りくどいやり取りはなく、俺達は重った。

 そこで女は初めて声にならない声を上げた。目の前に生々しい『女』を見出した俺は、一気に理性を捨てた。ついさっき会ったばかりの女に愛情を抱く筈もない。雄と雌とが本来あるべき自然な帰結へと突き進む、それだけの事だ。

 ほとばしる汗が女の口元にぽたりと落ちた。女はそれを舌舐りで口に含むと、しどけない苦悶の最中に微笑を浮かべた。堪らず女体を抱え込むと、それに応えるように細く長い指が俺をまさぐった。

 一年に一度だけ訪れるこの機会を、俺は心待ちにしていた。この女にだったら、どんな倒錯した欲望でも遠慮なくぶちまけられる。女は見返りを求めない。何の後腐れもない。先ずは、我慢していた尿意、便意の解放だ――。


 やがて、やりたい放題の一時が終わった。猛り狂った営みは引き潮を伴い、気怠さのもとに平伏した。あらゆる体位を試みた。時間が許す限りあらゆるものを放出した。正に精も根も尽きた心持ちだった。次はまた一年後か――。

 女は何も言わない。気まずさに負けた俺は、煙草を銜えた。行為の後の一服は久し振りだ。嫌煙家の妻とベッドを共にする時は、こうはならない。そう言えば、妻と最後にしたのはいつだったか。

 女は俺を一瞥いちべつもせず、ワンピースと下着を抱えたまま部屋を出て行った。退出時刻まで一眠りするか――俺は、女の面差しを瞼に浮かべて微睡んだ。


「お帰りなさい」

 妻はいつもの言葉で俺を出迎えたが、心なしか平静を保とうとしているように見えた。朝からそんな調子だった。

 妻から切り出される前に、俺は敢えて素っ気なく言った。

「今回も異常なしだ」

「でしょうね。健康じゃなかったら激しい運動は出来ないものね」

 矢張り、当たりが強い。

「妙な言い方をするなよ。一石二鳥じゃないか」

「一石二鳥ってどういう意味?」

「え……そりゃあ、色んな検査がまとめて出来て……国民全体の健康診断受診率が上がって、医療費の削減に繋がって良いって事さ」

 俺は、どぎまぎしながら妻に診断書を提示した。

 身体測定、筋力測定、勃起力測定、遺伝子検査、聴力・視力検査、血液検査、眼底・眼圧検査、尿検査、便潜血検査、エックス線検査、心電図検査、超音波検査、肺機能検査、MRI検査、MRA検査、CT検査、等々――全身に何ら問題がない事を証明すると共に、その検査を担当した〔ONNA〕(=Objective Neutral Naked Android)の顔写真が添付されている。

「今回のONNAは貴方好みみたいね」

「変な事、言うなよ。人間そっくりなだけで、単なる機械に過ぎないよ」

 虚を突かれた俺は、意識的に鼻で笑って誤魔化した。

「どうだか」

 来年度からいよいよ〔OTOKO〕も実用化される。そうなれば、妻も健康診断に積極的になるに決まっている。そうなれば、お互い様だ。

「備考欄もちゃんと読んだ方が良いわよ」

 妻が診断書を突っ返した。

 煙草の吸い過ぎには気を付けてね――〔ONNA〕の手書きの一文がハートマーク付きで記されていた。

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ONNA そうざ @so-za

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