第9話 明日からスイカになる

私は明日スイカになる。瑞々しい赤の果肉になる。草色の厚い皮に包まれてお店に並び、誰かの元へ行くのだ。


スイカになってから食べられるまで、何をしようか。私には考えていることがあった。まず、青果コーナーでひときわ場所をとって偉そうにしているスイカにならないこと。他の果実や野菜たちに敬意を払うこと。そういうことを、スイカになることが決まる前から考えていた。


スイカになるまでの私は人間だった。いろんな人を見てきた。何の欲も無さそうで、実は多くの欲にまみれている人。自分の中の小さな世界から脱出できないことを自覚しながら、外の世界に文句ばかりつける人。自分の存在が可愛くて、とにかく大きく見せたい人。物をたくさん持っていることを誇りに思う人。いろんな人がいた。


スイカになることが決まった私。人間でいたときも慎ましい生活を送っていたけれど、スイカになってもそうありたいと思う。実の大きさの威を借りず、見栄を張らず、等身大のスイカでいたい。大きいけど控えめな、謙虚なスイカでいたい。


そんな思いを巡らせながら人間でいられる最後の夜を過ごし、朝になると私はスイカになって青果店の店先に並ぶ。


猫を連れた男性が私を選び、会計を済ませた。私は彼の家に持ち帰られ、小さい座布団の上に乗せられる。猫が近寄ってきたので挨拶をした。こんにちは、今日からよろしくね。


猫はいつも私の座布団の周りに円を描くように寝転び、彼はそのすぐ傍で猫を撫でていた。部屋の隅にある窓辺の観葉植物から到達した木漏れ日が暖かで、起きている昼間も夢を見ている気持ちになる。私は暖かな木漏れ日に浸かる毎日に感謝し、猫は私の周りにいつも渦を巻き、彼は渦を撫でる。そんな毎日を過ごす私たち。


彼も、猫も、私も。誰も何も欲しがらない。私たちは食事をすることも忘れ、ただ互いの存在に感謝する貴重な日々を重ねた。私はきっと、この幸せな記憶を忘れることはないだろう。

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