機内サービス俺だけ

そうざ

In-flight Service for Me

 何とか言うハリウッド女優似の美人客室乗務員が流暢な英語で話し掛けて来た。


「Which would you like tea or bomb ?」(紅茶と爆弾、どちらになさいますか?)


 彼女の美貌に見惚れていた所為せいで聞き間違えたのだろうか。俺は英語で問い返した。

 だが、彼女が言い直した言葉は一字一句、同じものだった。


「Which would you like tea or bomb ?」(紅茶と爆弾、どちらになさいますか?)


 しかも、今度は親切にも『紅茶』と『爆弾』の部分をゆっくりと強調してくれる気遣いまであった。俺は、寝言まで英会話とまでは言わないが、機内サービス程度のやり取りならば難なくこなせる。間違いなく、彼女は俺に奇妙な二者択一を迫っている。

 とは言え、ジョークだろう。俺が疎いだけで、例えば現在ヒット中の映画とか、何か有名な古典文学からの引用とかではないのか。だとしても、世界に名立たる航空会社の客室乗務員がこんな不謹慎な発言をするだろうか。乗客がこの手の冗談を口にしたら、只では済まないだろう。増してや、乗務員がそれをしたら、社の面目が丸潰れだ。

 美人客室乗務員は、ワゴンに手を掛けたまま表情を変えずに俺の返答を待っている。更に、何だか周りの乗客がそれとなくこちらの様子をうかがっているようで、俺は途端にプレッシャーを感じてしまった。

 ここは無難に『紅茶』と答えた方が良いだろう。

 いや、それでは――


『あちゃっ、この男、普通に答えたでっ。ったくシャレの一つも通じんのかいな。これやから極東のこまい島国育ちの胴長短足イエローモンキーは嫌やねん』


 と、腹の中で唾棄されるかも知れない。俺の返答一つで、日本人は皆ユーモアセンスがないと思われ兼ねない。責任、重大だ。

 ならば『爆弾』の方で行くか。

 いや、待て――


『わわわっ、爆弾てぇっ。そのままやんっ。引くわ~、逆にあり得へんわ~。ジンガイのパツキン女を前にして緊張しまくっとるんやん』


 などと思われたら元も子もなくなる。

 それに、実際に爆弾を持って来られても、どう扱って良いものやら、自分で頼んでおきながら持て余している様子を見たら、彼女は尚の事、俺を軽蔑するだろう。

 どうする、どうする、どうする――。

 敢えて二択を無視して『コーヒー』と言ったらどうか。


『ええぇーっ。気の利いた事を言おうとした結果がコーヒーてぇ~。ベタ中のベタやーん、むしろ寒い事になってもうてるやーんっ。噂通りおもろないな~、ジャップっちゅーのはぁ。お得意の談合とやらで事前に返答の準備しといたらどうやねぇん』


 ならば『牛乳』だ。『青汁』だ。えぇい、思い切って『君の体内で醸造された黄金水』ならばどうだ。


『はい、皆さ~ん、下ネタ頂きました~、この人やっちゃいました~』


 途端に巻き起こる全乗客の一斉ブーイング。俺の醜態は機長にチクられ、速やかに管制塔に伝えられ、マスコミが嗅ぎ付け、世界中に配信される。同時に、多くの乗客がネット上で呟き、世界中に広まり、我が暗黒史は未来永劫、語り継がれ、子々孫々に至るまで『寒い家系の出』という烙印を押され続ける――最悪中の最悪だ。

 僅か数秒の間に思考のでんぐり返しを繰り返した挙句、今は要らない、という自分でも最悪の部類に入ると認めざるを得ない返答をしてしまった。

 美人客室乗務員は、意味深長な微笑を浮かべたかと思ったら、すまし顔でワゴンを押し始めた。


『後回しにすればする程、自分でハードルを上げる事になんねんぞ。それでええんやな。わ~、練りに練ってどんなリアクションしてくれるんのやろ、めっちゃ愉しみやわ~』


 そんな含みを秘めた笑顔だった。

 他の乗客はどんな風に返答するのだろうか。俺は、藁にも縋りたい一心で会話に聞き耳を立てた。

 美人客室乗務員は、皆にこう問い掛けていた。


「Which would you like tea or coffee ?」(紅茶とコーヒー、どちらになさいますか?)


 俺は孤独感とも優越感とも付かない、複雑怪奇な気分に支配された。

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