昔助けた女の子が自称『許嫁』を名乗る美少女になって結婚を迫ってきた。

みつる

美少女たちは好かれたい

第1話 いきなり許嫁とか言われても

人間生きていれば「本当によく分からない場面」に遭遇することがあると、狗扇カナタは深く理解させられた。


物事における大体の順序を理解しているし、適切な道筋もわかっている。


なのに何も分からない。


桃の中から赤子が出てくるくらい意味不明な事を、彼は今この目の前でようやく理解した。


「カナタの背中を流してあげるのは私の仕事だと思うの」


「いいや違うわ、こう言うのはアタシの役目だって相場が決まってるの」


「言い争いしてても無理、ここは間をとって私がいく」


「分かった、ボクがいくからみんな落ち着け。大丈夫だ、みんなの気持ちは私が持っていく」


「ほんと醜い争いよね、カナタは私と入りたいに決まっているのに、往生際が悪いったらありゃしない」


目の前で本人の了承を得ずに言い争っている美少女5人を前にして、簀巻き同然にグルグル巻きにされたまま放置。


そのうえ「うるさい」と、口を塞がれて会話に参加する権利すら剥奪された張本人は、


(俺もう終わってるんだけど)


この言い争いが全くの無駄であることを簀巻きの芋虫なりに頑張って表現しようとくの字に曲がる。


そして、


(どうしてこうなったんだろ)


こんな状況になった理由を思い出し始めた。


◼️


長い大冒険を終え、久方ぶりのお家ライフを楽しんでいたカナタだったが【エイリアンVSベジタリアン】の新作映画を見るためだけに、身じろぎしながら外出の準備をしていた。


今回でシリーズは30作目。

前作の最後に新勢力ヴィーガンが現れたところで終わっており、圧倒的な健康思想で敵をボコボコにする姿は、まさに圧巻だった。


「スクリーンは何故か貸切、さあて楽しむとしますか」


財布とケータイをポケットに突っ込み、ファッション誌の丸パクリで身支度を終えたカナタは玄関を蹴り開ける。


すると扉の前にサングラスに黒服、やけに鼻の高いファイナンスっぽい男が二人立っていた。


「狗扇カナタだな」


「……アイアム」


本人だと確認できたからか、黒服は慣れた手つきで一枚の紙を見せつけてくる。


「これを見ろ」


そう言って手渡されたのはびっしりと文字が敷き詰められた書類のようなもの。

だが描かれている言語が日本語ではない、

読めるわけない。


「お前の親父が交わした契約書だ。それに従い、ついて来てもらう」


とても逃げられそうになかった。


◼️


両手は手錠で繋がれ、両足は今なお座っている椅子の足に括り付けられている。

黒服の車に乗せられた辺りから目隠しをされていたため、ここがどこかはわからない。


視界を奪われ、手足は拘束されている。

逃げようと思えば逃げられるが、父親がやらかした不始末を自宅でゴロゴロしているだろう妹に押し付けるのは気が引ける。


借金程度なら素潜りでマグロ獲ってこれるのでどうにかなる。


そんなことを考えていると、ガチャリと扉の開く音。


複数人の足音を正確に聞き分けて人数を把握しようとしていたカナタだが、


「本当に合ってるんでしょうね、同姓同名の別人だったらぶっ飛ばすわよ」


「それはご心配なく。お父様がその筋の方に協力してもらったとおっしゃっていたので」


ほどほどに物騒な会話が繰り広げられる中、カナタの目隠しが取られ、視界に光が突き刺さる。


するとそこには、


「久しぶりね、狗扇カナタ」


5人の少女が立っていた。


どこか見覚えのある、かといってすぐに出て来ない。


容姿はテレビに映るモデル俳優と比べても遜色ないほどに整っており、そうそう忘れることは無いと思えるが、出て来ないのも事実。


口をポカンと開けて、記憶の波を整理しているカナタだったが、

そんな彼を置き去りにして彼女たちは続ける、


「……全然変わってないじゃない。ちょっと背が伸びて、ちょっと雰囲気が大人びて、ちょっと体格ががっしりしただけで全然変わってないのね」


「人はそれを見違えたね、と言うと思います」


久しぶりと言われてもピンと来ない。


中学に友達などおらず、卒業旅行はおろか、打ち上げ会のお話が来なかった彼にその手の類の話題を出してきた時点でタブー。


小学校時代も友達は多くなく、最近小学校の同級生が集まったと言う話題をSNSにあげていた気がするが、そんな話はなかったはずだ。

全て彼らの妄想なのだ。


「あのぅ………………どっかで会った気はするんだけど、なんかこうモヤッとしてて、できれば名前を言ってくれるとありがたいんですけど……そこの四人も」


顔をなんとなく覚えているのなら、おそらく関わりがあった人物だろう。


それなら名前くらい言ってくれれば心当たりくらいはあるだろう。


そう思って気楽に尋ねたのだが、


「私もあれから色々変わって、分からないのも仕方ないかもしれません」


黒髪ロングの少女が何やらニヤついてるそんなことを言っているが、今のところピンと来ていない。


「……どちらかと言うとみんながいるから分かんないんじゃないの? 一人なら多分すぐわかるよ」


ダボっとした白いパーカーに気だるそうな目をした少女がいうが、そんなことはない。


「そう? 私は色々成長してるから分からないのも無理はないと思うけど?」


成長という単語を強調してものを言った気がするが、張ったその胸に重みはない。

むしろあるはずの乳房がない虚しさだけが透き通っている。


「分かってもらえないのは少し残念だな」


真面目に落ち込まれるとなんだか申し訳なくなってしまう。

だがう拉致したのはそちらなのだ。


などと思っていると、少女達は自らの存在を誇示するように前に出てくると、


「私は桜花莉音おうかりおんです」


「……私は樟葉渚沙くずのはなぎさ


「アタシは氷雨玲奈ひさめれいな


「私はエレノア=ファランスよ」


「ボクは鳴宮美夜なるみやみよだ」


次々と自己紹介をすましたあと、示し合わせたかのように息をそろえて、


「「「「「そして、狗扇カナタの許嫁です」」」」」


最大級の爆弾をぶち込んでいった。





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