第22話

 何てことだ。瀬音せのんはこんな幼くひて亡くなる不可避の運命を背負っているのか。尊敬してやまない父親である僕も、決して救うことができない。痛くて恐い思いをさせるくらいなら、生まれてこないほうが幸せなのか。僕は立ち尽くす瀬音の前で腰をかがめる。

「瀬音、瀬音は生まれてきて幸せだった?」

「幸せだよ。だって、パパとママに逢えたから」

 僕は残酷な質問を続ける。

「僕は瀬音を救えなかった。それでも、幸せだった?」

 瀬音は大きく頷く。

「パパが一緒にいてくれたから、恐くなかったよ。ありがとう」

 瀬音の笑顔を見て、僕は「ごめんね」ではなく「どういたしまして」と伝えることができた。後ろから風子かこがやってきて、そっと僕の肩に手を回す。

「また、逢おうね。瀬音ちゃん」

 瀬音は頷く。

「瀬音はパパ、ママとお別れだけど、パパとママはこれからまた瀬音と逢えるから」

 狐の面を正面に被った店主は、瀬音と手を繋ぐ。

「言っておくが、亡くなった後の瀬音の幸せは、瀬音の記憶をなくすことだ。いつまでも、瀬音の記憶を背負っていたのでは、どこへも行けない。だから、間違っても自殺なんかして逢いにこようとするな。瀬音は永遠に瀬音であることに縛られてしまう。だからと言って、瀬音の思い出話をするなという訳でもない。生前に縁が深かった者のところに転生するのはよくあることだ。瀬音が生前に悔いを残さないことで両親のことを忘れてしまうこととお前たちが瀬音のことを忘れないことが再び巡り合うための条件なのだ。もう、瀬音が何のために逢いにきたかは理解できたよな」

 瀬音は僕を責めに来たのではない。感謝の言葉をどうしても伝えたかった。そのために僕は。風子と僕は、自分の胸に刻み込むように頷く。

「瀬音! 僕、立派な外科医になるから! だから、まずは勉強する」

「私も、精也せいやくんを支えられるような医者になる。絶対になるよ」

 瀬音も僕も泣き止んだ頃に、風子が泣き始める。

「また、逢おうね」

 瀬音は困ったように、でも、嬉しそうに笑いながら、店主と連れ立って、表側の鳥居へと歩いて行く。二人が途中で振り返ることはない。鳥居まで着いたかと思うと、鳥居が囲む空間がまばゆい光を発する。光の中に影が吸い込まれ、また、いつもの日常空間へと戻る。

 まもなく、高校は夏期休業に入るが、おおむね夏期講習でつぶれてしまうので、あまり長期休暇の体はなしていない。名ばかりの夏期休業である。それでも、僕は瀬音の最期を後悔あるものにしたくないので、むしろ喜ばしいことだと考える。ただ、死者を悼むことの重要性だけはしっかりと胸に刻んだので、お盆には実家に帰ることにする。お盆が終わって、下宿先の郵便受けを見ると、白い封筒に「橋本幸」なる人物から手紙があったので、ラブレターだろうかなどと夢見心地な気分に浸っていたら、幸福屋の店主からであった。

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