御師~おまけ、つきます。~

神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ)

第1話

 制服の白いポロシャツの裾ばかりつかむので、もはや汗だらけで不潔極まりない。夏服の清々しいイメージが台無しである。

 そうだ。季節はもう夏なのだ。

 高校に入学してから三ヶ月も経つというのに、僕はそのことを未だ彼女に報告できていない。彼女は生まれて初めてできて心許せる人だ。

 こんなこと認めたくはないが、僕には友人と呼べるような人も、彼女を除いては存在しないし、家族ともそんなに仲が良くない。もちろん、そう思い込んでいるのは僕のほうだけで、周囲は僕のことを本当に友達だとか大切な家族だとか思っているのかもしれないが。だが、僕が認めなければそんなものは、意味を持たない。ただ、虚しいだけだ。

 彼女から貰ったナースウォッチを見つめる。

 心が折れそうなときも、これがあったから何とか今日までやってこられた。合格するはずがないと言われた高校受験。その日も、時計だけが心の拠りどころだった。そして、僕はどうにか第一志望の高校に合格した。

 しかしというかやはり、僕は県内トップの進学校というところを甘く見ていた。授業スピードがそんなに早いわけではないのだが、中学と比べて覚えることが高度で量が多い。もともと合格するはずがないと言われていた程度の成績なので、仕方ないと言えばそうなのであろうが、それでも入学直後に行われたテストの結果は飛散であった。今まで習ってきた中学の内容が大半なのに、それでも順位は下から数えたほうが早くて担任はあからさまに不快そうな顔して「がんばれよ」と言った。こんなことがある度、僕はポケットの中のお守りを握り締める。

「危ないよ」

 小さな女の子の声が聞こえて、振り向きざまにナースウォッチは汗ばんだ手から滑り落ち、あっという間に車にひかれて壊れた。車

 が通り過ぎたのを確認して、慌てて時計を回収するが時既に遅し。確かに僕が振り向いていなければ、壊れていたのは時計ではなくて、僕だったに違いないのだが、いっそ自分が車にひかれればよかったとも思えてくる。

「お守りが壊れた」

 なかなかこの重い事実を受け止められない。お守りがなくなってしまった今、僕は一体何に祈ればいいのか。信じればいいのか。僕にとって、時計は神で宗教であったのに。僕を本当の意味でひとりぼっちにしてしまうという非人道的な仕打ちをするくらいなら、どうして僕の信じる神と一緒に、一思いに殺してくれなかったのか。

「どうして…」

 涙が止まらない。「危ないよ」なんて、一見、僕の身を案じてくれたようでいて、実際はその真逆だ。とんでもない自己満足だ。頭

 が割れそうに痛くて、胃の中身が逆流しそうになる。こんな世界、消えてしまえばいい。焦点の定まらない世界を、頼りない足取りで行く。当初の彼女に会う目的などすっかりどうでもよくなり、とにかくこの交通事故の現場から去りたい思いのため早足になる。




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