第14話 恐怖が現れました

 重たい瞼を開けると、無数の妖精たちの光が私を出迎えてくれた。


「わ、たし……?」


“ラメルーシェ!メガサメタ!”


 小さな光。だが、とても温かな光だった。妖精たちの言葉がそのまま心に伝わってくる。その優しさに思わず涙が滲んだ。


「……心配かけてごめんなさい。もう大丈夫よ。ーーーーウィル様はどこに?」


 ふと、周りを見渡せばそこにウィル様の姿はない。だがまだ残る唇のぬくもりに、あれは夢ではなかったと本能が告げる。


 そう、私は小さな蝶から始まったウィル様の魂の番。つまり、ウィル様は私にとって運命の相手だったのだ。もう2度と離れないと誓った言葉が全身を駆け巡った気がした。


“ウィルサマハ、ハナシアイ、シテルヨー”


 妖精たちがふよふよと浮かびながら教えてくれる。そう言えば今日は大切なお仕事があったはずだ。と、思い出す。


 ウィル様は大切なお仕事だったはずなのに私の為に戻ってきてくれたのだと思ったら、申し訳なさと嬉しさとが半々に込み上げてきてもどかしい気持ちになってしまった。


 私の不注意からこんな事になってしまったせいで迷惑をかけたのだから喜ぶなんていけない事なのだろうが、それでも“愛されている”という現実が嬉しくて仕方がないのだ。


“ウィルサマガモドルマデ、ボクタチイッショニイルー”


「ふふっ、ありがとう」


 妖精たちの優しさにも、なんだか心が温かくなった気がした。


 その時、扉の外から奇妙な音が響いた。



 ぽーん ぽーん ころころころ……。


 何か丸い物が床を跳ねて転がる音。だが、時折「ふぎゃっ」とか「ぐへぇっ」などというつぶれたカエルのような音も聞こえる。私は妙な胸騒ぎがして、そっと扉を開いた。


「……っ!」


 扉の隙間から覗き込むと、そこから見えたのは赤く汚れた丸い物体……は“ローランド様の頭”だったのだ。


 目があったはずの部分はぽっかりと穴が空いている。血の涙を流し、ガチガチと歯軋りをしながら呪いの言葉を吐いているが、もう無いはずの目で私を捕らえた。


「……らめるーしぇ、みつけたぁ……」


 地を這うような重い声だが、確かに元婚約者だったローランド様の声だ。赤い滴を撒き散らしながらローランド様の頭はコロコロと私に向かって転がってくる。


「い、いや……っ」


 目の前に存在する信じられない恐怖に腰が抜けてその場にへたりこんでしまった私には間近に転がりながら呪いの言葉を吐いた。


「おまえのせいだ。おまえのせいだ。おまえのせいだ。おれがこんなめにあっているのもすべておまえのせいだ」


「やめっ……!」




「おまえがわるい。おまえがわるい。おまえがわるい。おまえのせいでみんながふこうになってしまった……おまえのせいだぁぁぁぁぁ!!」


 そして、首だけになったローランド様が涎を垂らしながら歯を剥き出しにして私に飛びかかってきたのだ。


“ラメルーシェ、アブナイ!”






 ぶしゅっ!!「ごへぁっ……!」





 妖精たちが叫んだ瞬間ーーーー





 ローランド様の頭の眉間には深々と剣が刺され、床に縫い付けられて動きを止めた。


「……ぶへぁ……っ、ごはぁっ……」


 ピクピクと痙攣をしながらその口からは血が溢れ返る。しかし決して事切れる事はなく、動こうとする度に剣は深くなっていく。


 その剣の持ち主が「……まだ動きますのねぇ、しつこいですわぁ。不死王様ってばおもちゃを作ったならばちゃんとお片付けまでしてくださらないと……これはお仕置き案件ですわぁ」と呟いた。


「……あ、あなたは……?」


 そっとその人物を見上げれば、そこにはひとりの少女らしき者がいる。なぜと言うのかといえば、全身を甲冑で包み込みフルフェイスヘルメットでその顔も見えなかったからだ。だが、私よりも低いだろう身長と呟いた声の可愛らしさ。それに纏う雰囲気が少女を連想させた。


 ぶしっ!と、2本目の剣をさらに突き刺しローランド様は口や目、耳穴からすらも血を吹き出され「ごばぁっ……!」と声にならない声を上げる。


 やっとおとなしくなったローランド様の頭を見て、その少女は満足気に頷くとフルフェイスヘルメットを外した。想像通りその中からは可憐な美少女が現れたのだ。


 キラキラと輝くプラチナブロンドの長い髪をふわりと揺らし、深緑色をした瞳をあらわにした。


 そして爬虫類のような縦長の瞳孔をギョロリと動かして私を見ると、細長い舌をチロリと唇の隙間から出した。


「わたくしは不死王様の番……アンジェリーチェと申しますわぁ。以後お見知り置き下さいですわぁ」


 手を差し出し、座り込んだままの私を立たせてくれる。慌てて「ありがとうございます」とお礼を言えばアンジェリーチェ様はニコリと微笑んでくれた。


「お礼なんていいんですわぁ。だってーーーー


 これからあなたを利用するんですものぉ」


「え」


 その言葉の意味を理解する間もなく、私の意識は途絶えた。


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