第28話 2/20 鉄平の気持ちと島田さん
2023年 2月20日 月曜日
朝
今日も平野さんは休みだった。
もしかしたら、受験に万全の状態で挑むために当日まで休むのかもしれない。
俺は、平野さんの体調が良くなったと聞いていたので、少し寂しい気持ちのまま1時間目の授業を迎えることになった。
昼休み
4時間目の英語の授業は、時間通りにきっちと終わった。
俺たちは、それぞれのクラスでの仲のいいメンバーと昼ごはんを食べた。
昼休みがちょうど半分終わったところで、島田さんが話かけてきた。
「みんな!勉強しよ!」
「良いよ」
「そうだね」
俺たちは、それぞれに参考書を持ち寄った。
「そういえば、鉄平は?」
「見ないね」
俺たちは、教室全体を見回してみたが、見つからなかった。
「優気は一緒に昼ごはんを食べなかったの?」
「うん。最近は、鉄平が一人で食べに行くって食堂に行っていることが多かったから」
「知らなかった!」
「なら、今日も食堂かな?」
「かもね」
「鉄平は勉強しなくても大丈夫なの⁉」
「まあ、鉄平だしね」
「確かに」
島田さんの疑問に対して奥川さんが冷静に返した。
俺もそれに乗った。
きっと、鉄平なら今からどうやっても受験の方は大丈夫なのだろう。
鉄平は、宿題とかどうでもいいと思っていることはしないが、大事なことはきっちりと仕上げてくる。
これは、普段の定期テストでも言えることだ。
俺たちは、それぞれに分からない問題を教え合いながら、残りの昼休みを過ごした。
放課後
今日も一日の授業が終わった。
まあ、授業と言っても今日の授業のうち、家庭科を除く全てが自習だ。
まあ、受験の3日前ならこんなものなのかもしれない。
「優気‼かーえーろ‼」
島田さんに両肩をがしっと掴まれた。
俺は、それにびくっと体を少し揺らして驚きながら良いよと返事をした。
「ついでに、鉄平も帰るぞ‼」
「ああ」
鉄平は、参考書に目を通しながらこちらに振り向くことなく答えた。
俺たちは、各々荷物をまとめて教室を出た。
4人で帰るのは案外久しぶりなのかもしれない。
最近は、受験勉強とか個人の用事とかがあって、集まって帰ることができないでいた。
まあ、本当なら平野さんもいて欲しいところだけど。
流石に、受験前に体を酷使させるわけにはいかない。
俺は、勉強の疲れもあってかぼうとこんなことを考えながら、みんなの話を話半分で聞いていた。
「それじゃあ、」
俺がぼうとしている間に鉄平が通学路を逆走しだした。
「えっ、何しているの?」
俺は、思わず間の抜けた声で聞いた。
「忘れ物をとりに行くってさっき言ってたじゃん‼鉄平も意外とバカだよね‼」
島田さんが答えを教えてくれた。
「さては、優気は話聞いてなかったね!」
奥川さんが軽く肩を叩きながら茶化した。
「あっ、うん……」
俺は、少し申し訳なさそうな声と表情をして頷くことにした。
「まあ、受験も近くて疲れも溜まっているし、仕方がないよ‼」
「確かにね!優気も忘れ物しないようにね!」
奥川さんがもう一回茶化すように言った。
「あっ、、」
でも、それに対して反応したのは俺では無かった。
「数学の教科書学校に忘れてきた……」
反応したのは、島田さんだった。
そして、体が固まった。
「それじゃあ、私も学校行って来る‼」
体の固まりが一瞬で解けると、奥川さんは鉄平と全く同じ方向へと向かって行った。
何だか似たもの同士で少し微笑ましさすら感じられるようだ。
それに、今のやり取りのおかげで少し最近の疲れも取れた気がする。
俺は、何だか少し体全体が軽くなったように感じられた。
俺は、奥川さんと2人で歩きだした。
「優気は帰ったら何の勉強する?」
奥川さんが正面を向いたまま、軽い感じで質問をしてきた。
「取り敢えず国語の古典の分野かな」
「それじゃあ、今日の課題のプリントは大事かもね」
「そうだね……?」
奥川さんは何気なく聞いたつもりなのだろう。
でも、ふと放課後の行動を振り返る。
どの教科書を入れたのか。
どのプリントを置いてきたのか……。
「ごめん、奥川さん。ちょっと寄るところができたかも……」
「まさか、、」
「うん」
「それじゃあね!」
俺は、そう言うと、急いで学校がある方へと向かった。
奥川さんと別れる瞬間、やれやれと小声で聞こえてきた気がするけれど、特に気にしないでおこう。
10分くらい走ると、学校の前へと着いた。
俺は、少し疲れたこともあってペースを落としながら3階の自分の教室へと向かった。
教室の近くまで来ると、誰かの話声が聞こえた。
声は多分、島田さんと鉄平だろう。
俺は、いきなり入ることが少し怖くてどんな話をしているのか少し聞いてから入ることにした。
2人の話は、なんとなく聞こえる。
でも、聞こえてくる声のトーンは思ったよりも深刻な感じだった。
「それで、どうなの?」
「まあ、大丈夫だろ」
「ほんとに?」
「まあな」
「たまには、私たちを頼ればいいのに」
「それは、嫌だな」
「よく言うよ。私達に嘘ついてまで放課後に1人で勉強しているくせに」
「うるせえ」
「1人でやるには限界があるでしょ。私達だって多少は力になれるよ」
「まあ、それは否定しない。けど、、」
「けど?」
「俺は、人に頼る方法を知らないんだよ。だから、自分でできるようにしている」
「だから、最近はわざわざ弁当と参考書を持って食堂に1人で行っているの?」
「それはっっ、、」
しばらく2人から言葉が発せられることは無かった。
流石に、このことを島田さんに知られているとは思わなかったのだろう。
正直、俺も今知ったところだ。
「よく知っていたな」
「まあね。流石に、食堂に弁当と参考書を1人で持って勉強しながらご飯食べている人がいたら目立つでしょ」
「まあ、そうだよな……」
さらに、さっきよりも長い間ができた。
「ちょっっっ、、」
沈黙を破ったのは今までに見たことが無いような鉄平の驚いた声だった。
それに対して俺は、声だけではなく、詳しい状態が見たいと思って窓の外からこっそりと覗いて見た。
すると、教師の中では鉄平が島田さんに抱きしめられていた。
「島田っ、何をして、、」
「大丈夫」
「だから、何をっ、、」
「大丈夫だから」
島田さんは、いつもの元気な声とは全く違う、甘くて優しい声を出して鉄平に言い聞かせるようにして語りかけていた。
それに対して、鉄平の方は完全に言葉を失っていた。
「きっと、辛かったよね。今まで仲良くしていたみんなにも頼らずにここまで来たんだから。すごく、頑張ったね。でも、これからは私がいる。いや、私たちがいるよ。だから大丈夫。鉄平がどんな状態になっても必ず助けになる。その信頼はこの中学3年間で築くことはできたんじゃないかな」
島田さんは、言い終えても鉄平を離すことは無かった。
そして、最初は黙って聞いていた鉄平も次第にああと島田さんの胸に弱々しく何度も返事をした。
目から中学3年間の苦労を吐き出すかのように大きな雫と共に。
鉄平の涙が止まるころには、俺が教室に到着してから30分くらいが経っていた。
「ほら、そろそろ帰るよ!」
島田さんは、いつもの元気な声に戻っていた。
「ああ」
対して、鉄平の方はまだ顔を赤くしているようだ。
でも、その顔には迷いや不安は見えていなかった。
「最後に俺から1つ良いか?」
鉄平は、目をごしごしと右腕で荒く拭きながら聞いた。
「いいよ」
鉄平は、真剣な目で島田さんを見た。
「卒業式前日に話に話があるんだが、2人だけで会えるか?」
「良いよ」
鉄平の真剣な目に対して、島田さんは笑顔で返事をしてくれていた。
「ありがろとうな」
鉄平は一言お礼を言うと、荷物をまとめだした。
鉄平と島田さんが一区切りついたのを確認すると、俺は向こうに聞こえないように小さく一息ついた。
流石に、この後に教室に入ることはできない。
俺は、古典の分野が書かれたプリントを諦めて鉄平と島田さんに追いつかれないように、1人で階段を早歩きで降りた。
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