第13話 2/9 現実を知る
2023年2月9日 木曜日 第2週目
朝
「おはよー」
「おはよ」
最初に学校に来ていたのは奥川さんだ。
俺が2番目に来た時にはすでに机の上に参考書を広げて勉強をしていた。
俺は、できるだけいつも通りの挨拶を返した。
でも、奥川さんは私立受験に合格した次の日だというのにどこか元気がない。
「ねえ、桜ちゃんのこと何か聞いてる?」
「何も聞いてない」
やっぱり話題はそこにあった。
昨日から平野さんと連絡が取れていない。
「受験のことかな…」
「かもね……」
そのまま俺と奥川さんは何を話すことができなかった。
俺は荷物を置いて公立入試の過去問を開いた。
そして、5分くらいしたところで鉄平と島田さんが同時に来た。
「おはよ」
「おはよう」
2人もやっぱり今一つ元気が無かった。
まあ、理由ははっきりしているけど。
「ねえ、3人とも桜こと何か聞いてない?」
島田さんは不安そうな声で少し下を向きながら言った。
俺たち3人は首を横に振った。
それから、さっきと同じ沈黙の時間が流れた。
「まあ、俺たちがいくら気にしても仕方ないだろ。もしかしたら、いつもの体調不良って可能性もあるし」
沈黙を破ったのは鉄平の一言だった。
そして、それに続いて島田さんは手を小さくぱんと叩いた。
「そうだね!こんな感じだと、桜も気にしちゃうよね‼」
鉄平のこういう時に正直に言えるところは羨ましいと素直に思った。
そして、島田さんは今の鉄平の一言で元気が出たようで、完全にとはいかないまでも元気を取り戻したようだ。
俺たちがそれぞれの自分の席に着くと朝の会が始まった。
どうやら今日も平野さんは欠席のようだ。
放課後
俺は自室のベッドの上で寝転んでいた。
この時期だから勉強をしなければならないのは頭で分かっている。
でも、あの後奥川さんや島田さんが何度かメールを送ったようだけど、返信が来ることはなかったらしい。
今までも風で体調を崩していたことは何度もあったが、丸1日連絡がつかないことは無かったと思う。
この状況で俺が平野さんにできることは何かあるだろうかと俺は学校にいる丸一日必死で考えた。
でも、これといっていい考えは出てこなかった。
好きな人が苦しんでいるかもしれないこの時間に俺にできることは何もないという事実は余計に俺の心を苦しめた。
朝に鉄平が言っていたように気にし過ぎがよくないことは分かっている。
でも、好きな人のことを気にしないなんてことはできない。
俺は、この勢いでメッセージアプリを開いた。
もしかしたら、迷惑かもしれない。
島田さんや奥川さんが同じことをしてダメだったのだから、俺が今さら同じことをしても意味がないと分かっている。
でも、やらずにはいられない。
俺は、平野さんに「大丈夫?」とメッセージを送った。
夜
あれから返信が来ることはなかった。
まあ、当然の結果だけど。
俺は、何とか気持ちの整理をつけて勉強をしていた。
機械のように数学の問題集を右から左へと解き進めた。
そして、最後の一問にたどり着いたところでメッセージの通知音が鳴る。
俺は、急いでベッドに放り投げた携帯を手に取った。
相手の名前は鉄平からだった。
<メッセージアプリ>
鉄平―ちゃんと勉強してるか?
優気―ああ。なんとか。
鉄平―あんまり、考えすぎるなよ
優気―分かってる
これで鉄平からのメッセージは終わった。
これが鉄平なりの気遣いなんだろうと思ってそっと携帯を机の端に置いた。
すると、またメッセージの通知音が鳴った。
また鉄平からかと思ってメッセージを開くと、送信元を見て俺の体がびくんと反応した。
相手は平野さんからだった。
<メッセージアプリ>
さくら―大丈夫だから
この一言だけだった。
それでも俺は嬉しかった。
俺は急いでメッセージを送り返すことにした。
優気―明日は学校に行けそう?
さすがに受験のことについては聞けないので、俺はとりあえず当たり障りのない返信をすることにした。
さくら―分からない。でも、進路のことを先生と話さないといけないから午後には行くと思う。
優気―進路のこと?
俺は何のことだろうと思って聞き返した。
年内までに私立と公立の受験先は決めているから2月のこの時期に先生と面談して話すことなんてないだろうに。
そして、前後の会話を見て気づいた。
このメッセージは平野さんから察して欲しいという意味だったのだろう。
急いで送信を取り消そうとしたが、それより早く平野さんから返信が来た。
一度目を閉じる。
どんな言葉が書かれているのか最高のケースから最悪のケースまで想像が頭の中を駆け巡った。
心を落ち着かせるために大きく息を吸う。
そして、ゆっくり目を開きながら内容を確認した。
さくら―私立受験、ダメだった。
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