2月 第1週目

第1話 2/1 俺たちの日常

2023年 2月1日 水曜日 第1週目  



 この日は私立高校の入試が終わった次の日だった。

 そのため、クラスは少しざわざわしており、まるで自分のクラスではないようだ。

 中には友達同士で答えの確認をしている人もいたが、この地区には高校がたくさんあるため、意外と同じ学校を受けている人は少ない。


 俺は前から4列目、後ろから3列目の窓側の自分の席に着くと、教科書を机のなかに入れて一息ついた。

 朝の会まではあと15分くらいある。

 その間なにをしようか迷っていると、少し離れたところから俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。


「優気!試験どうだったー?」


 その声が聞こえる方に振り向いてみると、そこにいるのは奥川さんだった。

 そして、俺が反応したことに気が付くと、こちらにゆっくりと近寄りってきた。


 奥川さんの本名は奥川おくがわ明日香あすかさん。身長、体重はほとんど女子の平均と同じくらいで髪は少し長いくらいの長さでまとめていて普段から丸くて茶色の眼鏡をかけている。俺と3年間同じクラスでいつもクラスの中心に出てくれて、あんまり仲のいい女子のいない俺にも優しく話かけてくれる優しい女の子だ。


 そして、奥川さんが俺の席に着いて俺と話を始めたところにもう1人やってきた。


 この人こそが俺の3年間の片思いの相手である平野ひらのさくらさんだ。


 身長は女子の平均よりも少し小さいくらいで体形はどちらかというと痩せている。髪は黒色で、後ろで髪を結んでいるが、ほどいたら両肩にかかるくらいのようだ。

 歩いた時にほのかにかおる柔軟剤のにおいは自分の制服とは違ってとても心地がいい。

 それに声もどこか穏やかで聞いていると自分が原っぱの中にいるような感覚にさえなって来ることがあるくらいで会うだけで気分が穏やかになるのが良く分かる。


「おはよう。奥川さん、平野さん」


 俺は2人に軽く挨拶をした。


「おはよう‼それで、試験の方はどうだった?」

「まあ、ぼちぼちかな。やれることは全部できたと思うけど正直、五分五分かな」


 俺が受けた高校は県内でも平均の少し受けくらい。

 俺は、受験結果の正直な感想を言った。

もちろんここで強がって言うこともできただろうけど、2週間後には結果が分かってしまう話だからこんなところで何を言っても仕方がない。


「2人ともどうだった?」

「私はもちろん、大丈夫だよ!なんたって昨日のテレビの星座占いトップだったし‼」


 奥川さんはいつもと変わらない満面の笑みで答えてくれた。

 そして、それに続いて平野さんも俺の質問に答える。


「私はどうだろう。体調は問題なかったけど、試験問題は難しかったし不安かな」


 平野さんは中学に入学した時から体が弱く、普通の日だけではなく行事の時にも体調を崩して不参加だったことが今までにも何度かあった。

 だから、今日の平野さんの姿を見るまで内心すごく不安だった。

 でも、平野さんが試験を無事に受けられたのを聞いて俺もなんだか自分のことのようにうれしくなった。


「大丈夫だよ。桜ちゃんは私たちのグループの中でも一番頭いいから絶対受かっているって!」


 奥川さんが笑って平野さんのぽんぽんと叩いた。


「ありがとう。明日香。でも、倍率も結構高かったし、問題も難しかったからやっぱり不安かな」

「大丈夫‼確かに受けた宮高は県内でも2番手の私立だけど、桜ちゃんなら絶対受かっているって‼私が保証する‼」


 俺もきっと大丈夫とさっきと同じように頷いた。


「ありがとう。なんだか自信出てきたよ」


 平野さんは俺と奥川さんに向かって笑顔で答えてくれた。

 そして、平野さんが話を続けた。


「明日香も試験大変だったんじゃない?確か倍率は一番高かったよね?」

「まあ、大丈夫でしょ!星占いトップだったし‼」

「俺も奥川さんなら大丈夫だと思うよ」

「それに、私は合格だけじゃなくて特待生になれるかどうかが重要かな。結局、合格しても特待生になれなかったら私は通えないし」


 奥川さんはいつも明るく過ごしているがなんだかんだで勉強は結構できるほうだ。

 でも、やっぱり不安な気持ちはあるんだろう。

 普段は絶対にしない家の話を自分からしていることから察することはできた。

 そして、それは平野さんも分かったみたいでさりげなく話題を変えた。


「あそこにいるの姫路くんじゃない?」

「よう」


 後ろから聞き覚えのある男子の声が聞こえたので振り返ってみると、そこには姫路がいた。

 姫路の本名は姫路ひめじ鉄平てっぺい。こいつも2人と一緒で3年間クラスが同じで仲のいいメンバーの1人だ。


「なんの話をしていたんだ?」

「受験の話だよ。そっちはどうだった?」


 こいつは俺と同じくらいの成績だったため、一緒の高校を受けた。昨日は会場が同じだったが教室が離れた場所にあったため話すことはなかった。


「まあ、普通かな。少なくとも成実よりはできたな」

「一言よけいだな‼」

「ちなみに国語の出来は?」

「満点一択だな」

「本当は?」

「あの程度の問題でミスする未来が見えない。優気はどうだった?」

「まっっまあ、何とかなったかな……」


 俺は鉄平の余裕な目をかいくぐるかのように窓の外を見ながら答えた。

 まあ、鉄平は国語の成績だけは学校全体で見てもトップレベルだから当然といえば当然なんだろう。

 そして、この鉄平の余裕な表情を見ていて黙っているはずもなく奥川さんは突っかかった。


「鉄平は余裕だねー落ちればいいのに‼」


 奥川さんは冗談めかして笑顔で鉄平に言った。


「少なくとも奥川よりは大丈夫だな」


 そして、鉄平も同じように笑顔で返す。


「そんなことないもん!私、勉強量なら鉄平に負けないし」

「奥川は量だけだもんな。放課後いつもしゃべりながら勉強して身につくわけがないだろ」

「いいじゃん!いつも真っ先に帰ってゲームしている鉄平よりましだし!」

「俺がいつ家に帰ってからゲームばかりしていると言った?」

「違うの?」


 少し疑るような目で奥川さんは鉄平を見た。


「違うに決まっているだろ。俺は家では犬と遊ぶことで忙しいからな」

「一緒じゃん‼」

「全然違うに決まっているだろ。犬をなめるなよ。犬は世界一の生き物だ」

「あーはいはいそうだねー」


 鉄平の犬自慢はいつものことのように奥川さんは流すような対応をした。


 俺たちが会話に夢中になっていると、タッタッタと軽やかなリズムでこちらに向かってくる足音が聞こえた。

 俺がふと振り返ると同時に声が聞こえてくる。


「わっ‼」

「うぉ!」


 俺は思わず聞いたこともないような声を上げてしまった。


「優気おはよう!あと、みんなもおはよう‼」

「おはよう」

 この元気な女子の名前は島田しまだりん。クラスの中ではあまり目立つタイプではないがメンバーの中では島田さんと一緒に盛り上げてくれるとても明るい性格をしている。

 身長は女子の平均よりは少し高く、男子の平均身長くらいある。体重は見た感じでは太ってもなく、やせすぎてもいない至って平均という感じだ。


「優気は今日もかわいいね!」

「かわいいって言うな!」


 頭をごしごしと触りながら島田さんはいつもと変わらないテンションだった。

 ちなみに、島田さんが俺に対してかわいいという理由についてはわからない。

 2年生で同じクラスになってからしばらくしたタイミングでいきなり言い出してきた。

 かわいいといわれ始めたころはみんなで何を言っているんだと騒いでいたけれど、今となっては島田さんの俺に対する挨拶代わりみたいなものだ。


「相変わらず、凛は優気のことが好きだね」

「もちろん。でも、幼稚園からの幼馴染の桜ちゃんももちろん大好きだよ‼」


 平野さんはありがとうと返した。


「凛ちゃんは相変わらずギリギリだね」

「まあね!一度もチャイムに遅れないことをほめてほしいよ‼」

「凛は受験どうだった?」


 奥川さんがさっきの俺たちと同じように島田さんにも聞いた。


「今から高校の制服を着るのが楽しみだよ‼」

「珍しく余裕そうだな」


 鉄平がさっきと同じ要領で口を挟んだ。


「もちろん、余裕だよ‼」

「ほんとかよ」


 続けて鉄平が笑いながら聞いた。


「だって、解答欄だいたい埋まったし‼」

「たしかお前の学校、全問マーク試験だったよな」

「うん。だから、五角形の鉛筆もしっかり持参したし!」

「一応、なぜ五角形の鉛筆なのか聞いておこうか」

「決まっているじゃん。英語のためだよ!」

「誰が教科名を答えろつった‼せめて分からない問題のためだけにしろよ!」

「私は自分の可能性を信じているから!」

「それは、鉛筆の可能性だろ!」


 鉄平と島田さんとのいつものやり取りが始まった。この2人は正確はあんまり似ていないようにも見えるが、話しているとなんだか2人ともすごく楽しそうにしているため、こっちもつられて笑えてくる。

 そして、島田さんも学校に来たことでこれでようやくいつもメンバーは全員そろった。

 1年生の時から3年間同じクラスだったいつものメンバーが入試の次の日でもいつもと変わらない元気な姿を見ると、少しだけ俺も昨日のテストの疲れが取れる気がする。


 時計はあと数秒で朝の会が始まる時間になっている。


 俺たちはそれぞれの席へと戻ると、チャイムと同時に来た先生とともに日直が号令をかけた。



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