第14話 前へ、

「いいか、くれぐれも魔力の制御を怠るなよ?」

「はい!」

「俺から絶対に離れるな」

「はい!」

「知らない野郎についていくな、物にも釣られるな」

「はい!」


 引率の先生のように遠足のレギュレーションを説く。


 リムはもうワクワクが止まらないとった様子で、目をキラキラとさせている。

 隈も盛大に作ってるし、夜ふかししたな? そういうのはすぐにバレるんだぞ?


 まあいい、そんなことにめくじら立てる程俺は狭量じゃない。


「……じゃあ、行くか」


 閉ざされた空間の外へ、二人で一歩を踏み出す。

 ──と同時に転移魔法を発動させて、エモい感じに演出する。


 瞬く間に世界は変わり、踏み出した足が地面に着くときには既に外だ。


「わ、わわ……っ、すごい。すごいです──!」


 転移先は王都で三番人気の広場。

 人が多すぎず少なすぎない。

 喧騒でうるさくない程度に活気のある場所だ。


 でも残念。


 天気はやや曇り模様。

 すぐにでも降り出しそうな感じではないが、絶好の遠足日和とは言い難い。


 まあ、リムが楽しそうにしてくれるから全然構わないのだが。


「あれ、あれは何ですか!? あのふわふわ化け物!!」


「こらこら……あまり動き回ると幻惑魔法が剥がれる」

 

 念の為俺たちは第八指定の幻惑魔法──『完全幻惑パーフェクト・ミラージュ』によって全くの別人に見えるようにしてあるが、それでも完璧じゃない。


 リムが何かの拍子に魔力を暴走させたら速攻吹き飛ぶし、同格の看破魔法の使い手には簡単に見破られてしまうのだ。

 悪目立ちするような事は避けたいが……


「ふわふわ!!」

「うおっ!? こらこら嬢ちゃん、危ないよ……」


 言ってる側から、熊の着ぐるみおじさんにリムが飛びついてしまった。

 

「……やめなさい、ふわふわはお仕事中です」

「え〜……っ」


「おいおい、兄ちゃん。その言い方はひでえぜ?」


 リムを咎めると着ぐるみの人が「やれやれだぜ」と肩をすくめるポーズをして、遠くを指差した。


「はぁ、慰めてやんな」


 促され向かう先は氷菓子売りの屋台。

 ソフトクリームの原型を売っているようだな。

 見れば魔道具によってもりもり捻り出されている。


「ふわふわ!」

「ああ。ふわふわだな。すみません、2つお願いします」

「あいよ」 


 銀貨一枚と引き換えに、陶器の皿に乗った白くて冷たい塊。

 ペロリとなめとるとほんのりと甘みが舌を伝う。


 食べ方を観察していたリムはこれに倣ってぺろぺろと子犬のように舐め始める。

 

「おいひい、おいしいです!」

「ははっ、そうだな。うまいな」


 口の周りとほっぺ一杯にソフトクリームを付けながら、リムはがむしゃらに頬張っていく。

 すると瞬く間になくなってしまう。


「わたしの……勝ちです!」

「競争なんかしてないぞ……?」 


 やや遅れて食べ終わり、リムから受け取った陶器を一緒に屋台のおじさんに返す。


「次、行こうか」

「はい!」

 

 ぬいぐるみに興味津々だったので玩具屋に行けば金貨十枚が消し飛んだり、図書館で教養を身につけさせようとしてみたり、広場で遊んでいた子ども達の中に行きたがっていたので背中を押してあげてみたり──閃光のように過ぎ去ってゆく時間に身を任せていると、大地が茜色に染まり始めていた。


「……楽しかったですね」


 帰りの時間だと悟ったのだろう。

 リムは賢い子だ。


 でも、

 

「帰る気になるにはまだ早いぞ? リムが外に出られたら、絶対連れて行きたいところがあったんだ」


「それって……ぱぱがわたしの為に考えてくれたプレゼントって事ですか?」


「その通り、俺の思い出の場所だ」

「思い出……それは楽しみです!」


 俺はリムの手を引いて王都外れの、小高い丘に転移する。


 ここは人族の領土でも名所と呼ばれる『ララキルの丘』で、全ての命が還る場所とされている。

 

「きれい、ですね……お花畑でしょうか」

「ああ、世にも珍しい魔力で光合成──ああ、成長するララキル花の群生地。どうだ? 身体が軽くなった気がしないか?」

「はい、自分の体じゃないみたいに軽くて……どこか遠くまで飛んでいけそうなくらいです」


 おそるおそる、といった感じでリムは手足を動かしてみせる。

 

 それから肩をひくひくと上下に動かして震える声で笑う。


「ほんとうに……こんなことがあっていいんですか? ま、魔力が、出ません……!」


 あくまでもリム基準での『出ない』だ。

 ララキル花にめちゃくちゃ魔力を吸い取られてなお魔王軍軍団長クラス。

 

「はは、喜んでるよ。リムほど美味い人はいないだろうからな」

「ふへへ、それなら好きなだけあげますよ!」


 リムが力むとララキル花がわっさわっさと踊り出し、彼岸花のような色に赤く赤く染まってゆく。

 だがおそるべきは裏ボスたるリムの底知れない魔力量。

 魔王軍軍団長クラス──と思っていたが、それはあくまでも表面化している魔力にすぎず、どれだけ吸い取られようとも湯水のように溢れ出してくる。


「それ、楽しいよな。みんな踊ってくれるし。俺も昔よくここで遊んだよ」

「思い出の場所でしたっけ」

「……ああ、いや。よく遊んだってだけで、それ以上でも以下でもないんだ。あの頃はリムよりも小さかったからな」

「じゃあ、たいした思い出じゃない?」

「そんな事はない。何処で誰と遊ぼうが何を知ろうが全てがかけがえのない思い出だ。リムが今日体験したことは時が経てば風化するかもしれないけど、原風景として深く根付く──かもしれないな」


「……よく分からないですけど、忘れないってことですね!」


「まあ……そんなところだ」


 記憶や体験は大切な財産だ。

 今、俺を動かすも大概はそれらによって形成されている。

 良いものばかりではないが。


 しかし、俺も変わったな。

 過去のことなんて一々振り返ったりしない主義なんだが……記憶周りで突然変異が起きてしまったものだから神妙に考えるようになってしまった。


 だからこそ。

 そんな俺だからこそ、聞いてしまう。


「なあリム……?」

「はい?」

「楽しかったか?」

「はい! とっても!」

「そうか、それなら──」


 バカが、聞かないほうがいいに決まっている。

 後悔するのが目に見えているからな。


 さて、そろそろ門限だ。

 子どもは帰らなければならない。 

 暗くなる前に。


「ぱぱ? 怖いかお」


 リムの幼い表情、声、仕草、性格。

 共に過ごした時間。

 拾うもの全てに──は無い。


 この場所を選んだ意味。

 強引にリムを連れ出そうとせず、確実に──す手段を選択した意味。

 シド・ウシクは──を雑草のように刈り取って前に進む。

 『俺』はアリアを救う。

 それだけだ。


「────」

 

 吐き出すはずだった言葉はない。


 ただ、ひたすらに。


 右手を次元収納アイテムボックスに伸ばし、全てを断ち切る魔剣の柄を限界まで力強く握りしめた。

 

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