第12話 シド・ウシクの本領
「俺はシド。シド・ウシクだ。よろしくな」
『わ、わたしは……リムです。よろしくです』
さて、勢いよくリムを解放したのはいいが、ここからは何一つとしてミスできないな。
本来のシナリオでは、魔王アリアとの決戦は既に済んでいて、諸々のイベントをこなした後でここに来ているからこのまま連れ出すことができた。だが、今の状況ではそういうわけにもいかない。
「ブランケット、ちょっと使うよ」
被せてあったブランケットを手にして『
『ぱぱ、何をしているのですか?』
「……まあ、見ておけ」
マネキンがブランケットに染み付いたリムの魔力を吸い上げていき、メキメキと音を立てて姿形を変えてゆく。
やがてそれは収まり一つの形を成す。
『わた……し?』
「アーティファクト──『エレメンタル・スタンプ』。要するにそっくりさんを作り出す凄い魔道具だ」
脱獄ドラマに持ち込んだら物語が成立しなくなるくらいの最強アイテムだ。
対象の姿形魔力性質を正確に写し取るだけでなく、本人っぽく声を発し動くため、よほどの事がない限りバレることはない。
欠点があるとすれば、世界に一つしかない事と半日くらいしか稼働してくれないこと。
まあ、不可能を可能に変えてくれるアイテムだと思えばデメリットに対してガッカリすることもないだろう。
「わた、わたし、わたしは──リムです!」
『わわわっ、すご……』
ちょっとぎこちないが、まあすぐに馴染んでくる。
あとは鎖で繋ぎ直して……完了だ。
このマネキンは、鬼畜な感じで縛り付けられているのに文句の一つも言わない。
「……これでよし。じゃあ行くか」
『どこに……ですか?』
「外」
『え、えぇ……っ、流石にそれは──むりですよ、ムリ! 憧れはあるんですけどね……』
「なんでさ」
『殺し、ちゃうから?』
制御できないと?
そんな仕様あったっけ。
ゲームだとストレス要素が排除されていたのか。
「今は暴走してなさそうだが……一回、ちょっと歩いてみるか。もう何年も歩いてないだろ」
『はい……そうですね。歩いてみたい、かもです』
ぎこちなく笑うリムを静かに下ろし、立たせる。
脇腹を支えつつ歩くのを補助する。
『いっったた!?』
するとぐにゃんと膝が壊れたかのように曲がり、倒れそうになる。
この拍子に近くの地面が弾け飛んだ。
「あー」
精神的、あるいは苦痛によるショックに反応して魔力が暴走するみたいだな。
まずは外へ連れ出さないと始まらないわけだが……この調子だとそれ以前の問題だ。
かと言って強引に連れ出そうものなら木っ端微塵に吹き飛ばされかねない。
この距離だとリムの攻撃を知覚すら出来ないのは身を以て知っている。
うーむ、そうだな。
千里の道は一歩から。
エレメンタル・スタンプちゃんには悪いが、しばらくは修行タイムだな。
教師としての何処ぞの貴族邸に侵入したこともあるし、なぁにすぐに上達させてみせるさ。
────
一日目。
「さて、魔力を上手に扱う前に、リムは歩く喋るといった人としての動作を修得しないとな」
『人……人として。はい! がんばリマス!!』
まず俺が手本を見せる。
背筋を伸ばし、手足をいちにいちに──。
リムの手足を取り、ゆっくりと動かし、身体に染み込ませる。
発声?
そんなのは『あ』行から口の開き方を教えたらいい。
念話ができるということは言葉は知っているわけで、赤子に教えるように単語を繰り返し言い聞かせたり本を読み聞かせる必要はない。
「ぁ、ぁ、ぁああ。ぅぃいいい」
「よしっ、よく出来てるぞ! さっすがリムは覚えがいいな!」
『そう、ですかぁ……? ふへへ』
一つ一つ成功体験としてやや大袈裟に褒めていくのが寛容だ。
そんな風にして半日教えたりお話したりして、リムを無常にも鎖に繋ぎ直して魔王城へと帰還する。
すまん、俺にも生活サイクルがあるのだ。
「アリア様。参上いたしました」
「ふふ、なぁに? 義務っぽくなってるね」
一日一時間の逢瀬。
義務?
そんなわけあるか!
と、言ってやりたいが恥ずいのでお得意のポーカーフェイス。
「まったくこれっぽっちも義務だと思ってません。一時間と言わず二時間でも三時間でも」
「ふーん。じゃ、ボードゲームしよっか。敬語なしね」
「……チェスか?」
地球由来の盤上遊戯はこの世界に根付いている。
世界観の作り込みがやや甘いのはご愛嬌だ。
まあ、わかりやすさに繋がっている面もあるから良し悪しは決められないがな。
アリアは
「うん。決着ついてないからね」
決着がつかないのはいつもチェックする直前でアリアが盤を放り投げるからでしょうが!?
まあいいけど。
アリアとずっと駆け引きを楽しめる。
「じゃ、私が先行ね♪」
♧♧♧♧♧♧
三日目。
リムが歩けるようになった。
たどたどしいが話せるようにもなった。
「ぱぱっ、わたしってすごい!?」
「めちゃ凄いよ」
で、一時間後には走り回れるようになった。
さすがは裏ボス。
超越者なだけあって、普通の子どもとはわけが違うな。
「じゃあ、次は魔力操作のお勉強だな。といってもリムは一般的な魔法を覚える必要はないけど」
「一般的?」
「普通の人が使う魔法はいらないってこと」
「わたしは……普通、じゃない?」
「普通じゃないかもな。特別だから」
「……とくべつ。すごいってことですね?」
「その通りだ」
はしゃぎ回るリムを捕まえて、しゃんと立たせて聞く姿勢を取らせる。
それから俺は一本指を立てる。
「魔力が見えるかい? 蜃気楼、ああ、モヤ〜っとしてるやつ」
「見え、見えます!」
魔力は意図的に放出すれば可視化する。
このように少ない魔力量でそれをやると、蜃気楼のようにゆらめいて見える。
「これを、強く練り上げると──」
ぼうっと炎のように立ち昇る。
真っ黒な魔力だ。
俺のカオスな魂の色を示しているのだろう。
「なんか怖いです……」
「……このように、魔力を高めてしまうと色がついてしまう。だから出来るだけ抑えて抑えて……」
ぎゅーっと、絞り込んで蜃気楼状態に戻す。
「この状態を維持できれば魔力を制御できるようになるだろう。10分くらい保つようになったら合格かな」
どうぞ、と手でジェスチャーをするとリムが「むむむ〜」と唸り出す。
意識が一瞬明滅する。
荒れ狂う魔力刃。
相変わらず殺意マックスだけど……最初よりマシにはなってるな。俺の方に一つも飛んでこないし。
成長、というより心境の変化か。
しかし……なんだろう。
ちょっと楽しいな。
本当に子どもが出来たみたいだ。
以前の俺なら完全に任務と割り切って、喜怒哀楽など発生しなかったはずだが……。
致し方なし。
今までの俺が普通じゃなかっただけのこと。
ささやかな幸せを感じ取れる今を作ってくれた前世の記憶に感謝せねばなるまい。
だが……それだけに、
「……覚悟が必要だな」
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