金縛りの時にあった幽霊が俺の恋人になった

四方川 かなめ

第1夜

 突然だが俺は、金縛りに合いやすい。


 金縛りとは、簡単に言うと頭は起きていて体が起きていない状況の事である。

 目は見えているのに、手は動かせない。

 息は出来るのに、足は動かない。

 症状は個人差があるだろうが、代表的なのものと言えばこの位だろう。

 いや、あともうひとつ、肝心な物を忘れていた。

 それは…


 ヴぅぅぅぅ…


 目の前で俺の首を絞める、この長髪の幽霊の事だった。

 顔はまわりの長髪に囲まれてか黒く陰り、うっすらとした輪郭しか見えない。

 俺の顔まで達する髪の先端からは、ぴとぴとと冷たい水が滴っている。

 ‪”‬まさに幽霊と言えば‪”‬の見た目だった。

 俺は────体を動かせないから仕方がないのだが────長髪の幽霊と見つめ合いながら、


(またか…)


 もはや動揺なんて時代遅れ。

 酷い時にはほぼ毎日くるこの幽霊に、もはや驚く余地などなかった。

 毎日来すぎてもはや愛情…いや友情が芽生える程である。

 俺は眠そうな目で長髪の霊の髪で隠れた瞳を見つめながら、声は出せない為心の中でそんな事を思う。


(よくもまぁ飽きずに毎日毎日…たまには美少女とかの姿で来いよな)


 こんな物が毎日くると、ふと思っちゃうのである。


 なんでこんな幽霊しか出てこないんだ…と。


 いやほんとに、切実に、まじで、ほんとにマジで、なんでこんな長髪根暗幽霊しか出てこないんだ?

 俺の日頃の行いが悪いのか?

 昼からカップラーメン2個食いしてる俺が悪いのか?!


「はぁ…」


 不思議なことに、ため息だけは実際の世界に放出された。

 …こんな事を考えても仕方がない。

 とにかく今は寝よう…。

 俺はそんな事を思いながら、少し動くようになった首を横にする。

 そしてパチパチと数回瞬きをしてから…ようやく瞳を閉じ眠りに落ちた。


 ☆☆☆

 ────数分後


 ギュッ…


(?)


 ギュギュッ…


「…?」


 ふと体に、重く…まるでそこだけ重力が倍増したかの様な感覚が芽生えた。


 ん?金縛りか?あれ、これまでは1日に1回がルーティンだったのに。

 今日からダブルで来るのか?

 そうならそうで事前に言ってくれればいいのに。


「…」


 いやなんて考え方してんだ俺。

 ダメだろ、事前に言ってくれてもダメだろ。


 俺は感覚がおかしくなってきている心の中の自分にツッコミを入れて、再度ため息をこぼす。

 1日に二回は流石にきつい。これは抗議しなければ。

 そんな事を思い俺は、できる限り表情筋をキツく固めた。

 歯を食いしばり、1秒に1ミリ単位で動く眉間にシワを寄せる。

 そして眉間に十分シワがよった所で…すぅ。

 呆れた表情の瞼を開けた。


「…」


 先程までは出ていなかった月明かりが、まず最初に俺の瞳を白く照らす。

 そして完全に開いた俺の眼孔が捉えたのは────「!!」


 肩ほどの長さでストレートにまとめられた短髪。

 顔にあるふっくらとした頬は、月の光を反射している為か光沢を帯び、そしてなぜかミニスカートを履いている…1人の少女だった。


「…」


 少女は俺の腰あたりでモゾモゾと体を動かし、その度に体全身にむず痒さが走る。

 あれ?これ…あれ?あ、あれか。

 さっき俺が(美少女の幽霊が出てくるように)って願ったからか?

 かろうじて動く眉を眉間みけんに集めて俺は、これまたかろうじて動く首を小さく下に向けて少女を見た。

 すると少女の幽霊は俺の視線に気がついたのか、足をモゾモゾさせてグイッと俺の顔の方によってきた。


 おっ、おふっ!!


 マジか!マジですか!!金縛り最高じゃないですかぁぁ!!


 傍から見れば寝ている時に目と首をバキバキにして喜んでいる変態だが…とにかく、少女は俺の腰あたりから胸のところまで体を移動させると、上半身を曲げて俺の顔と自分の顔を近づけた。


「!!」


 いつもなら息苦しく感じるこの重みも、今は至福の喜びに変わる。

 ギシとしなるベットの音とともに、真近まじかにある淡い桃色の唇と柔らかい吐息が俺の唇に迫る。

 1ミリ…また1ミリと迫る唇。

 心拍が上がる。

 体温が上がる。

 呼吸が早くなる。


 日が地平線を登れば、この少女は消えてしまうのだろう。

 でも、いやだからこそ、今この少女にキスをしたとしても、犯罪にはならない。

 そりゃ金縛りの幽霊にキスした変態としては認識されるかもだが、そもそも金縛りのことを誰にも言わなければ良いだけの事。

 だから、今日だけは────!


 俺は目をつむり、一思ひとおもいに唇を上げた。


 ピト





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