虹色の迷宮

@kain_aberu

序章

第1話

「うっ……」

 酷く心地の悪い目覚めと共に、松風蒼斗(まつかぜあおと)はゆっくりと目を開けた。

 頭が、痛い。

 身体中が、重い。

 せっかく開いた瞼が、すぐにまた閉じそうになる。身体に力が入らず、そのまままた眠りに落ちそうになる。

 蒼斗はそのまま目を閉じ、全身の力を抜いた。

 このまま、眠ってしまおう。

 そんな風に思った。どうせ身体はまともに動かせそうも無いし、起きたって……どうせする事といえばバイトに行く以外は無いのだ、そういえば今日は何日だったろう? それに父と母はどうしているだろうか? そんな風に考えて……

「っ」

 そこで蒼斗は、意識を覚醒させた。

 父と母の顔が、頭に浮かぶ。

 寝ている場合じゃ無い、早く起きて家の事をしないと。

 蒼斗は、そう思ってベッドから起き上がった。

 ベッド。

 そうだ。

 蒼斗はベッドに寝ている、その事に、今になってようやく気づいた。だけど……

 だけど、何かがおかしい。奇妙な違和感がある、ベッドの感触がいつもと違うのだ、固いマットレスに、酷く冷たいベッド……

 そして。

 視界が狭い、目元が何かに覆われているみたいに……

 それでも蒼斗は、自分の身体の下を見て、そして。

「っ!?」

 そして、気づいた。それと同時に、思わず叫び声をあげそうになった。

 蒼斗が今まで寝ていたベッド。

 それは、見慣れた自宅の自室のベッドでは無かった。

 白いシーツに、白い毛布、白い枕、ベッド全体が、まるで病院のベッドのように柵に覆われている。

 そして。

 蒼斗は周囲を見回す。

 相変わらずの狭い視界、その中でもはっきりと見えるのは、灰色の壁だ。

 手を伸ばして触れるまでも無い、コンクリート打ちっぱなしの無機質な壁だ、何処を見回しても灰色の壁しか見えず、時計やらカレンダーやらがかかっている様子も無いし、窓も見当たらない。

 もちろん、蒼斗の自室はこんな部屋じゃない。

「何だよ、ここは……」

 蒼斗は呟いた。

 その声が、奇妙に甲高い声だった、まるで機械で作った音声の様な声になっている、こんな声が自分の口から出た、というのか?

 頭が、ズキズキと痛む。

 蒼斗は、無意識に右手を上げて、自分のこめかみに手を触れようとした。

 だけど。

 こつん、と。

 右手の指先に、何かが触れた、とても冷たく、固い物だ。

「……っ」

 蒼斗は、驚愕と恐怖に目を見開いて、もう一度……

 もう一度、自分の顔に手を触れる。

 やはり返って来たのは、冷たく、そして固く、ざらざらとした金属の感触。

 目元に手をやれば、蒼斗自身の指が見えるが、やはりそれは少ししか見えない、そして。

 指の先が、貯金箱みたいな溝に触れるのが解る、つまりは視界を塞がないようにする為のスリット、という事だろう。

 蒼斗は、そのまま顔、というよりは頭を撫でる。

 そこで、ようやく理解した。自分の頭、恐らくは首から上の部分が、まるで兜の様な物に覆われているのだ。

 指先や掌で撫で回して、ようやく、それはどうやらバケツを逆さまにした様な形の仮面だと解った。声がおかしいのも、この仮面の中にボイスチェンジャーの様な物が仕込まれている為だろう。

 首の辺りに手を触れてみる、仮面の縁に手が触れ、左側の方に錠が取り付けられていた、ここに鍵を差し込んで錠を外せば、恐らくこの仮面を外せるだろう。

 蒼斗はゆっくりと顔を上げて、辺りを見回した。

 埃っぽい空気が、目元のスリットから鼻の中に入り込む。

 コンクリートがむき出しの、かなり狭い部屋だ、中央にはベッドが置かれているが、それ以外の物を置く様には設計されていないのだろう、ベッドの周囲に辛うじて人一人が歩き回れるスペースはあるが、三歩も進めばすぐに壁にぶつかってしまう。

 天井には、時代錯誤な裸電球が一つぶら下がり、頼りない灯りがぼんやりと室内を照らしていた、それ以外は何も見当たらない殺風景な部屋だ。

 振り返れば、すぐ眼前に、金属製の扉がある、この扉もノブ以外は、真ん中にのぞき穴も着いていない無機質な扉だった。

 それでも、かなり分厚い鉄の扉らしい事は解る、体当たりなどした程度で敗れるとは思えないし、部屋の中にはこの扉を破壊出来そうな物は何も無かった。

 蒼斗はゆっくりと右手を伸ばし、ドアノブを掴んで回してみたが、案の定、というべきか、扉はびくともしない。

 蒼斗は、拳を握りしめる。

 ここが何処なのか。

 そして、何故自分がこんなところにいるのか。

 残念ながら、それは解らない。

 だけど……

 ただ一つだけ、はっきりとしている事がある。

 自分は……

「……俺は……」

 蒼斗は呟いた。

「ここに……」

 そうだ。

 蒼斗は、ゆっくりと息を吐く。出来れば口にはしたく無い、口にした途端、それが『真実』になってしまう、そして……

 この『真実』を、蒼斗は受け入れる事が出来なかった。

 だが、蒼斗がどんなに拒絶しようとも、目の前にあるあらゆる事象が、これが質の悪い悪夢などでは無く、紛れも無い『真実』だと告げている。

 ならば……

 ならば、受け入れるしか無い。

 蒼斗は目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。

 そして。

 目を開けて、蒼斗ははっきりと告げた。

「閉じ込められた」

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