真っ向から
霞んで浮かぶ儚げな三日月は、町に闇を下ろし、明滅を繰り返す街灯は心許ない。しかし、「ジョン・ドウ」にとってみれば、これほど恵まれた環境はないだろう。家内は浮かない顔で林田に訊く。「こんな都合よく現れるか?」そんな疑問に些かも興味を示さない林田は、虫が鈴生りに集る自動販売機の目の前で準備運動を念入りに行なっている。
「現れるよ。どんな軽微な事件も奴からすれば、飛び付くべき事だ」
お揃いのマスクにニット帽を被った林田、河合、鈴木、家内は人けのない公園で絵に描いたような不審者を装い、ドーベルマンの召還に気焔を吐いている。
「ガキに撮らせる必要もないんじゃないか」
河合が公園の茂みに目をやって、保険として潜ませている恵里尾の役目を疑った。林田は、人差し指をピンと立てて、マスク越しに口へ押し当てる。
「あれはスパイスなんだ。隠し味」
腹に一物ある言葉と所作の答え合わせは、のちに腰を据えてする方が、建設的で後味が良いはずだ。河合はそう咀嚼し、手慣れた自動販売機の破壊に乗り出す。
アイスピックで氷の塊を叩いたかのように、無数の破片が飛び散り、自動販売機は鈍痛極まる悲鳴を上げた。
「おら!」
情け容赦ない河合の殴打によって、備え付けられた照明器具が接触不良を起こし、息も絶え絶えな自動販売機が、波打ち際に打ち捨てられたゴミを吐き出すかのように、中身を地面へぶちまけた。
「おーい、君たち。皆んなが利用する便利な機械を粗末に扱い過ぎ」
「!」
何処からともなく声が飛来する。四人は一斉に、公園に並ぶ一本の街灯に視線を送った。印象的な目出し帽と黒ずくめの服装で闇に紛れるドーベルマンと愛称を名付けられた一人の男が、街灯のてっぺんから小首を傾げて林田達を見下ろしている。
「やぁ、ドーベルマン! 会えて嬉しいよ」
前言通り、犯罪の大小に関わらず馳せ参じたドーベルマンを林田は両手を広げて歓迎した。
「君もそのタイプ?」
自身の姿を見て恐れるどころが立ち向かってきた好戦的な久世と照すドーベルマンは、街灯から飛び降りて目線の高さを合わせた。
「? 僕は拘るタイプじゃないな」
互いに意思の疎通を図るつもりがない一方通行な対話は、思想や立場による隔たりからくる断絶であり、友好的な交わりは有り得ない。
「さっさと、やろうよ」
欝勃たる覇気に満ちた鈴木が林田を差し置いて事を構えると、ドーベルマンが腰を落とし、その瞬間に備えた。だが、火蓋を真っ先に切ったのは、後ろ向きな姿勢を崩さなかった家内のやけっぱちな突撃であった。
「また、か」
久世を彷彿とさせる異様な脚力で、間合いを潰す家内にドーベルマンは警戒心を高めて、より体勢を低く保つ。胸のあたりまで下がった頭を見た家内は、片足で滑り込みながら右足をドーベルマンの頭を蹴り上げる為の準備に充てた。次から次へと町で起きる事件への関与によって、ドーベルマンの危機察知は鋭敏に育まれていた。見え透いた家内の算段を利用する手はない。鎌のように鋭い蹴りは軌道を見失うほどの速さがあったが、ドーベルマンは確実に目で追いつつ、決して避ける素振りは見せなかった。
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