2.

 始業時間から30分後には、捜査会議という名のミーティングが行われる。

 捜査会議は、夜勤明けの担当者から夜中に発生した事件などの仕事を引き継ぐ場でもあった。


 きょうの夜勤明けはベテランの二川さんと堀部さんのふたりだったが、ふたりとも席に座って仕事をしていたので、特に大きな事件は特になかったようだ。


「朝の捜査会議はじめるぞ」

 刑事課長である笹原警部が刑事課の事務室に入ってきて大きな声でいう。


 きょうの司会進行は織田係長だった。

「えー、それでは昨晩からの引き継ぎがあればお願いします。では、強行犯捜査係から」

 織田係長の言葉に、二川さんが立ち上がって発表をする。

「昨晩は特に大きな事件などはなく、緊急出動もありませんでした」


「では、続いて盗犯係お願いします」

 このような形で朝の捜査会議は続いていく。特に事件の引き継ぎなどが無い場合は、最後に刑事課長の「きょうも一日よろしく」という言葉を聞いて、朝の捜査会議は終了する。


 ちなみに捜査会議は朝と夕方の2回行われるが、大きな事件などが発生した場合はその都度、捜査員たちが集められて捜査会議が開かれたりもする場合もある。

 事件のない日は、事務仕事が主な仕事内容だったりする。担当する事件の調書をまとめたり、留置所にいる被疑者の取り調べをしたりするのも刑事の仕事だ。


 その日は昼休みになるまでに、佐智子は三つの調書を仕上げて織田に提出した。富永などは事務仕事が苦手なようで、隙あらば席をはずしてどこかへと行ってしまっていた。



※ ※ ※ ※



 昼食の時間になり、佐智子は富永を誘って外へ出た。

 いつ事件が発生するかわからないので、業務用のスマートフォンは肌身離さず携帯している。


「最近、近くに出来たイタリアンに行ってみませんか。ピザとパスタがあるみたいです」

「ああ、そうだな。まかせるよ」

 興味があるのかないのかわからないようなテンションで富永はいう。


 この男はいつもそうだ。なにかの選択肢を聞くと「まかせる」と答えるのだ。

 そんな富永のことを佐智子は密かに「ミスターまかせる」と呼んでいた。


 そのイタリアン料理店は、オシャレな雰囲気の店であり、夜にはワインを出す店として営業しているとのことだった。


「もし、おいしかったら夜に来るのもありかもしれないな」

 佐智子は心の中で呟きながら、メニューへと目を落とした。


 メニューには、マルゲリータ、マリナーラ、ペスカトーレ、オルトラーナといった種類のピザとスパゲティ、ペンネ、フィットチーネなどのパスタとソースが選べるランチセットが書かれていた。

 思っていたよりも本格的なピザとパスタだったため、佐智子は期待に胸を膨らませた。


「富永さん、シェアして食べましょうよ。そうすれば、色々な種類が楽しめますし」

 きっと、いつもの「まかせる」というセリフが返ってくるだろうと期待をしつつ、佐智子は富永に提案をしてみた。


 しかし、返ってきた言葉は佐智子の予想外なものだった。


「えっ、シェア?」

「だ、だめですか?」

「シェアってどういうこと?」

 どうやら、富永はシェアの意味がわかっていなかっただけのようだ。別にシェアを否定されたのではないとわかり、佐智子は胸をなでおろした。


 富永と話し合った結果、佐智子はマルゲリータとペンネのセット、富永はペスカトーレとフィットチーネのセットを注文し、ふたりで皿に取り分けて食べるということになった。


 先に出て来たのは、パスタの方だった。さらにセットでは日替わりサラダがついており、きょうのサラダは小エビのサラダとなっていた。


 サラダを食べただけでも、この店はアタリだと佐智子は確信した。


 続いてパスタを小皿に取り分けて食べる。

 まずはペンネ。このモチモチとした触感は癖になること間違いなしだった。ソースはアラビアータであり、ちょっとピリ辛だったが、その辛さが食欲をさらに増進させた。


 もう一つのパスタはフィットチーネであり、ソースはカルボナーラだった。こちらは濃厚なソースによくパスタが絡み合っており、口の中に入れたと同時に旨味が広がっていった。


 パスタだけでも結構な量だったが、さらにピザがやってくる。

 ピザは店内にある窯で焼いているらしく、香ばしい匂いが席まで漂ってきていた。

 熱々のマルゲリータとペスカトーレ。こちらもパスタに負けず劣らずの旨さがあった。何よりも焼きたてのピザは本当に絶品だった。


 味、量ともに満足できた佐智子と富永は、食事を済ませるとすぐに新宿中央署へと戻った。


 刑事という職業柄かもしれないが、食事を取るスピードは普通の人に比べるとかなり早い方だった。普段から、食べれるときに食べておくという習慣がついているのだ。


 昼下がりの事務仕事は、睡魔との闘いでもあった。腹が満足すると、今度は睡眠欲がやってくる。佐智子は半分閉じかけた瞼を何とか持ち上げながら、調書の作成をおこなっていた。


 強行犯捜査係の電話が鳴ったのは、午後2時を過ぎた頃だった。


「はい、刑事課強行犯捜査係です」

 固定電話の受話器に飛びつくかのように佐智子は電話に出ると、相手からの言葉を待った。


「2機捜キソウの坂本です。織田警部補をお願いします」

「少々お待ちください」

 佐智子は保留にすると、織田係長の業務用スマホへ電話を転送した。


「係長、2機捜の坂本さんです」

 そう伝えて電話を切る。


 2機捜とは、警視庁第二機動捜査隊の略称で、新宿を含む東京の西側地域を管轄としている。事件の初動捜査を専門的に行うエキスパート集団であり、初動捜査後の事件は各所轄署や警視庁捜査一課へと引き継がれるのだった。


 しばらく織田は坂本と話し込んでいた。どうやら、なにか緊急性のある出動要請ではないようだ。


 調書の作成に戻り、しばらくは平穏な時間が過ぎていった。


 隣の席の富永は取り調べがあるといって、地下にある留置場へ行ったきり帰ってきていない。

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