変身×英雄

染谷市太郎

第1章 変身ヒーローは突然に!

第1話

『速報をお伝えします。先ほど都内に現れた『怪人』は地下鉄に侵入し……』


「怪人?ヒーロー!」

 テレビの速報に反応する少女の歓声。少女、椎名要シイナカナメは目を輝かせた。

 しかし、ピ、と軽い音でテレビの電源は落とされる。

「あ゛あー!!!なにすんだ!!!柚希!!!俺が見てたのに!!!」

「なにもなんでも、私たちはお前に、この宿題を終わらせなければならないんだよ」

 要の抗議を、幼馴染である橘柚希タチバナユズキは却下する。彼は神経質そうに、机上の紙束は指で叩いた。

「俺んちのテレビだ!」

「今は宿題が先!まったく、高校生にもなって……」

 いつまでわがままをいうか。と柚希はリモコンを死守した。

「そ、そんなにピリピリしなくても」

 柚希を仲裁するのは、もう一人の幼馴染、稲垣充イナガキアタル

「ほら!充もそうだそうだと言っているぞ!」

 柚希のわからずや! と要は充にぴたりと寄る。

 男女の友情としては距離が近すぎるが、幼少よりの付き合いだ。距離感の概念はない。

 充の助け舟に乗り込もうとする要。

「だめだ。午前中には終わらせる約束だ」

 だが厳しい柚希は譲らない。

「あと数学だけだ。やるぞ、要」

「やぁあだぁあ!」

 机に向き直されるが、要はもう宿題には興味がない。ずるずると脱力し柚希の腕から逃れる。


 椎名家にて、勉強会(という名の要の宿題会)に三人は集まっていた。

 しかし肝心の要がこれでは意味がない。

「テレビ見る!ヒーロー見る!」

 特徴的な赤いベリーショートをふりふり、要は子供然として聞かない。

「録画しときゃいいだろ」

「やだ!生がいい!」

「あっ」

 小柄な要に体格では勝る柚希。しかし瞬発力では負けた。

「よっしゃ!」

 再び点けられるテレビ。

「タロ!」

「うぉん」

 椎名家の飼い犬であるタロが、要のクッションのように伏せをする。超大型犬のタロは小柄な要をものともしない。

 わくわくと期待に満ちた要。しかし。


『地下鉄に侵入した怪人はすでに無力化され……』


「えぇ?!」

 残念ながら、怪人が倒された、というニュースが響く。

「そんな!ヒーローは!?スケバン長は?!」

 ガタガタとテレビにかじりつくが、ニュースキャスターが要の質問に答えるわけがない。

「あきらめろ要。むしろすばやい解決に喜ぶべきだぞ」

 柚希はため息交じりに要をつついた。


 怪人という人々の生活を脅かす暴力。

 その発生は予測不可能であり、また対処も難しい。

 しかし、人々がおびえる必要はない。

 なぜならば、怪人という脅威に対抗する正義。ヒーローが存在するからだ。


「こ、今回は、相当優秀なヒーローだったんだね。きっとまた放送するよ」

 おずおずとフォローを入れる充。

「ちぇっ」

 だが、要はむくれたままだ。

 ヒーローの活躍は、ニュースの生放送で必ず中継される。

 奇怪な怪人と無敵のヒーローの戦い。

 テレビの中で繰り広げられるそれは人気が高く、放送局にとって重要な視聴率を上げる宝だ。

 ヒーロー好きの要もまた、生中継の視聴者だ。今回は見ることができなかったが。


「なあぁぁんでえぇぇぇ」

 いじけて転げまわる要。一緒に転げまわるタロ。

「うわっやめっ」

「ぺっぺっ」

 舞う埃とタロの黒い毛に柚希と充は顔をしかめる。


 収拾がつかなくなったそこに、男の声が響く。

「要、ご飯にしよう。二人もおつかれ」

「ご飯!」

「今日はナポリタンだよ」

「ナポリ!ターン!」

 先ほどまでは何だったのか。わーいと飛んでいく要。

「二人も休憩したらどうだい?」

「あ、えっと」

「いえ」

 昼食と呼びに来た要の兄、アゲハに、申し訳ないが、と柚希は断る。

「せっかくなんですけど、午後は予定があるので」

 すみません。と軽く会釈した。

「そうか」

 要の兄、アゲハもまた妹に負けず劣らず派手な見た目だ。髪色は黒だが、全身に刺青がある。もちろん、顔や手にも。

 だが、幼稚園からの付き合いである柚希と充は、アゲハが悪い人間ではないことを知っている。

「残念だ」

 眉を下げるアゲハ。


 問題は要のほうだ。

「えぇ?!二人とも飯食わねーのかよ!午後も遊ぶんだろ?!」

「そんな約束をした覚えはない」

「ご、午後は僕たち予定が、あって、さ」

 柚希の背に隠れ伝える充。

「でもおっちゃんにチケット貰っちゃったもん!ほらこれ!」

 と要の手に握られていたのは三枚のチケット。

「な?な?ヒーローショー行こうぜ!」

 にこにこと、絶対楽しいからよ! と誘う要。

 ヒーローショーなどと、今どき未就学児くらいしか喜ばないものにもはしゃげるのは要らしい。

 柚希と充もまたヒーローは好む方だ。

 しかし。

「悪い、用事があるんだ」

「ご、ごめんね…… 」

 柚希と充は予定の変更は難しい。すでに勉強道具を鞄にしまっていた。


「やだやだ!!俺と遊べ!!」

 お断りの言葉に、短い前髪から覗く眉を吊り上げ、要は怒る。ダンダンと不満を表すように床が踏まれた。踏み抜かれないだろうか。

 しかしその意をくむことは、幼馴染二人は不可能らしい。

「ぼ、僕らだって遊びたいけど…… 」

 と充。

「私たちも忙しいんだ」

 と柚希。

「やあぁぁぁああああ!あそぶうぅぅうぅ!!」

「宿題ちゃんと終わらせるんだぞ」

 びたーんと床につっぷした要を無視し、二人は玄関へと駆け抜けた。

「「お邪魔しました!」」

 二人の声と共に玄関のしまる音。

「要、二人とも帰っちゃったよ」

 ぺーぺー泣いている要を抱き上げるアゲハ。

 ナポリタンはもう冷めているだろう。

 タロがぐるぐると周りを回る。

「ずぴっ……もういい……」

 アゲハのシャツを濡らしていた要。しかし切り替えも早かった。

「二人がいなくたって!」

 三枚のチケットは握りしめられる。



 

 西部動物公園は、動物園と遊園地を合体させたような行楽施設である。

 様々な客層が楽しむここには、要も幼馴染二人や、家族と一緒に遊びに来る場所だ。

 今日は兄とタロ、二人と一匹。

 オーバーサイズのパーカーにショートパンツを合わせたラフな格好で、要は西部動物公園のイベントステージ最後列に座っていた。

 十四時から始まるヒーローショーを見るためだ。


 暦上秋とはいえまだ夏の暑さが残る中、要の目はわくわくと期待にあふれている。

 幼馴染二人は来れなかったが、仕方がない。代わりに思う存分楽しんでやろう。そして自慢してやろう。

 なにせ今回のヒーローショーは、普段のそれと一味違うのだ。

 それを表すかのように砲丸レンズを持った大きなお友達が多数見受けられる。ほとんどは後ろの列に座っているが、中には子供たちに紛れて最前列に陣取っている者もいた。

 遅れてきた要たちは、しかしアゲハの容貌が功を奏し、席に困ることはなかった。

「要、飲み物買ってくるからね」

「はーい!」

 すっかりヒーローショーに熱中している要は元気な返事をする。

 アゲハはタロを連れ、売店に向かった。


 直後。舞台にライトがともる。

『こーんにーちはー!』

 時間になったようだ。司会のお姉さんがマイクを通した声であいさつをする。

 子供向けのゆっくりとした声に、子供たちの声と野太い声が返事をした。要ももちろんその一員だ。

『今日はいーっぱいお友達が来てるね。これならあの二人も、きっと喜んでくれるね!』

 お姉さんの司会にわーと歓声が上がる。

 そこに、舞台袖からプシュー、と煙幕が上がった。

『フハハハハハ!ここが西部動物公園か!』

 カマキリのような怪人、の着ぐるみが現れる。

『この西部動物公園は、俺様カマキリ師匠が乗っ取った!死にたくなければ俺様に従ええ!』

 カマを上下させる姿に、パシャパシャとカメラのフラッシュがたかれる。子供たちがまぶしそうに目を細めた。

『おい!そこのでかいお友達ども!俺様はガキの次にカメラのフラッシュが嫌いだ!設定を切らないとこの世から退場させるぞ!』

 大きなお友達はみなカメラの設定を変更する。

『きゃー大変!カマキリ師匠だわ!みんな、逃げて!』

『フハハハハハ逃がすか!コカマキリども!』

『『『『キー!!!!』』』』

 ばばーんと数人の量産的な怪人、の着ぐるみが舞台袖から現れる。

 司会のお姉さんを捕まえ舞台を占拠した。

 しかし慌てる演技をしながらも、司会進行は忘れないお姉さん。

『みんな、こんなときはヒーローを呼ぼう!』

 司会のお姉さんがマイクを観客に向ける。

『せーの、助けて―!ミルキー!ブラック―!』


 舞台の中央から煙幕が上がった。

「た、助けを求める呼び声に!」

「応える戦士がここにいる!」

「み、ミルキー!」

「ブラック!」

「「魔法少女ミルキー&ブラック!参上!!」」

 煙幕の中から現れる影は少女の形をしていた。

 百合モチーフの白い衣装に身を包んだミルキー。

 薔薇モチーフの黒い衣装のブラック。

 二人の武器である白と黒のステッキを構えポージングする姿に、観客は歓声を上げる。


「わあ!」

 要も目を輝かせた。

 二人のマイクを通さない素の声は、観客席の最後列まで届く。その声量からも二人の身体能力の高さをうかがわせた。

 そう、二人はただの魔法少女ではない。本物の怪人と戦い人々を守る魔法少女ヒーローなのだ。

 今、舞台で二人と対峙している怪人は、もちろん偽物だが。


 ときにニュースで怪人との戦闘を中継される二人には、たくさんのファンがいる。

 要も彼女らヒーローに憧れた一人だ。

 このヒーローショーは、普段ニュース中継の画面越しでしか見ることのできないヒーローを、生で見られる貴重な機会だった。


 舞台上でミルキーとブラックは舞うようにカマキリ師匠と戦う。

 金髪の巻き毛をツインテールにしたミルキーは光の弾丸を操り、控えめだが時に容赦のない攻撃をする。ときにわたわたと弱腰でドジを踏む面が人気だ。

 対して、黒髪をたなびかせるブラックの、鋭く華麗な剣劇。ステッキの先端に作ったブレードが敵を斬り倒すさまは、熟練の達人のようで実にほれぼれする。

 二人の衣装や髪が舞うたびに、ベストショットを撮影しようとシャッター音が連続で響く。

 子供たちはわーきゃーと歓声を上げた。要も遠巻きながらも二人のアクションに目を輝かせて盛り上がる。


 しかし、楽しいイベントに忍び寄る影に、誰も気づいていなかった。


「ゴーキゴキゴキゴキ!愚かな人類どもめ。それだけお遊戯が好きならば、本物を見せてやる!」

 ザザザザッ!最後列のそのまた後ろ。大きな黒い影が現れる。

「あっ」

「あれは!」

 ミルキーとブラックが真っ先に、テカテカした黒光りに気づいた。


「ゴーキゴキゴキゴキ!人類ども!このゴキブリ怪人ゴッキー総督が貴様らにゴキブリのすばらしさを骨の髄まで刻み込んでやろう!」

 怪人、ゴッキー総督はうねうねとその生理的嫌悪を引き起こす長い触角を揺らした。

 そして特徴的な棘が着いた四本腕のうち一本を伸ばし、最寄りの人間を人質に取る。

「うーわーたーすけて―」

 選ばれた人質は、要だった。

 人質に選ばれた要は、しかしきゃっきゃっと笑う。周囲の人々も気持ち悪がりながらも驚く様子はない。

 舞台上のミルキーとブラックは苦い顔をする。

「ゴキキキキッのんきな人類め!」

 のんきであることに間違いはない。観客はみな、ゴッキー総督をヒーローショーの一環だと思っているのだ。


 ブラックは耳に着けたインカムを押さえる。

「博士!怪人です!怪人が現れました!」

『ええ、こちらでも把握しているわ』

 緊急事態の報告に、インカムの先からは冷静な女性の声が受けこたえる。

「よ、よりによってなんで要を」

「落ちつけ」

 青ざめたミルキーをブラックは支える。

『ミルキーとブラックは怪人の対処を。スタッフには観客の避難を優先さなさい』

「「了解」」


 二人は同時に飛び出した。

 ビシッと怪人へ二本のステッキを向ける。

「そっその汚い手を離せ!ゴキブリ怪人!」

「子供たちを傷つけることは私たちが許しません!」

 ミルキーとブラックがポージングを取りながら叫ぶ。観客をパニックにさせないために堂々とした態度は崩さない。

 周囲からはカメラのシャッター音が響いた。

「わーいミルキー!ブラック―!」

「黙れクソガキ」

「ぐえっ」

 間近に見れて喜ぶ要をゴッキー総督はだまらせる。

 しかし、すでに戦闘は始まっている。

「はっ離してってば!カロッサム・リリー!」

 遠い舞台から一瞬で距離を詰めたミルキー。ステッキから無数の白い光が伸びる。それぞれが自在に軌道を変えながら着弾。同時にきらきらと輝くエフェクトそして爆風。

 ミルキーの攻撃に、風に巻かれた客席からわっと歓声が上がった。

「ゴーキゴキゴキゴキ!」

 だが白い爆煙の先、ゴッキー総督の不気味な笑い声は止む気配はない。

「貴様の攻撃などこの外骨格の前では痛くもかゆくもないわ」

「ひっ」

 気持ちの悪い笑顔とキチキチキチと横方向に噛み合わされる顎。ミルキーはさぶいぼを立てる。

「次はこちらの一手。行け!遊ゴキ隊!!!」

「きゃああああっ」

 ゴッキー総督の掛け声とともに客席から甲高い悲鳴が響いた。

 ざざざざざっと観客席の下から黒い津波が現れる。

 その全てがゴキブリ! ゴキブリ! ゴキブリ!

 体にまで這い上がるゴキブリに気絶する者が続出した。

「ゴキキキキ!この程度とは!惰弱な人類め!」

「いいや、時間は十分もらった」

 カンッとブラックはステッキを地面に突き立てる。

「ローズ・クライミング!」

 激しい地響き、盛り上がる土壌。そこから湧き上がるのは無数の棘を纏った黒茨だった。

 茨たちは連なり重なり合い、虫一匹通さぬ壁となる。瞬きのうちに怪人と観客の間に黒い壁ができた。壁にせき止められたゴキブリは進むことができない。

「チッやってくれたなブラック!」

 避難経路を確保された観客は、スタッフの指示に従い何とか避難を始める。

「忌々しいヒーローめ!」

 ゴッキー総督は壁を叩くが、その強い力でも壊れることはなかった。それどころかクチクラの外骨格を棘は貫通する。

「無駄だよ。私の防壁はその程度では崩れない。ローズ・プテラ!」

 ステッキの先端がブレードへと変化する。薔薇の棘を思わせるそれを構えた。

「カロッサム・リリー!」

 ブラックに意識が逸れていた隙に、ミルキーの光弾がゴッキー総督を襲う。ただ鬱陶しいだけの攻撃をゴッキー総督は苛立たし気に払う。

「効かないといって」

「本命はこちらだ」

 背後に立ったブラック。隙は十分だった。硬いクチクラ層の鎧。しかし関節はその恩恵にあずかれない。刹那。ゴッキー総督をブラックの攻撃が襲う。

 ゴッキー総督の四本腕がバラバラと地面に落ちた。

「ぐあああああっっっ!!!!」

 黒い体液が四方に噴き出す。解かれた拘束。放り出された要を、ミルキーが救出した。

「かっ要!大丈夫?!」

「おう!」

 要はまだショーだと思っているのか、元気に返事をした。その様子にミルキーはほっと胸をなでおろし、その場を離れようと駆ける。

 その姿を目で追ったゴッキー総督は、ピーンと何かを受信した。二人の背後でざっと黒い塊が盛り上がる。

「うわ!」

 ミルキーの足元に伸びた黒い塊は、足を滑らせミルキーを転ばせた。ミルキーの腕から取り逃がされる要。

「ぎゃーっ!」

 ザザザザッとゴキブリの群れが要を攫う。

「ゴーキゴキゴキゴキ!この小娘、人質として預かってやろう!」

「なんだと?!」

「ゴキキキキ!いい顔だ。ゴッキーアンテナの前で焦りを隠すことはできん!」

 うにゅりうにゅり大きな触角がことさら気持ち悪い動きをする。

 大量のゴキブリに這われ捕らわれた要はさすがに嫌そうだ。

「は、はやくたすけないと」

「ああ、腕が欠けた今なら!」

 ミルキーとブラックが構える。

「超!回!復!」

 ずるっ、とすべての腕が生えた。新品の腕は滑らかな動きをしてその健全さをアピールする。

「知っているか?ゴキブリは脚を再生できるということを!」

「知るか!バル〇ン焚くぞ!」

 ブラックは青筋を立てる。

「ゴーキゴキゴキ!軽口を言っていられるのも今のうちだ!」

 ゴッキー総督は要を人質に遊ゴキ隊を集める。集まった虫一匹一匹に禍々しいエネルギーが循環し始めた。

「さらばだ魔法少女ども。我らの礎となり死ね!ゴキストーム!」

「「うわあぁっ!!」」

 ゴキブリが旋風のように突撃する。無数の羽音を立てながらブラックとミルキーへと弾丸のように突進した。

 一匹一匹がぶつかるたびに物理的な衝撃だけでなく、その内臓が飛び散り体にへばりつく。中には口にはいるものもあった。

「キモイ!」

「む、ムリ!」

 その黒い竜巻の攻撃力もさることながら、精神的な嫌悪も相まって、ミルキーとブラックはボロボロになった衣装で倒れこむ。

「ゴーキゴキゴキゴキ!所詮人類!我らゴキブリの前ではひとたまりもない!」

「うぅっ」

「くそっ」

 高笑いを響かせるゴッキー総督。

 ぼろぼろになり地に伏した二人を、白い光が包む。

「まさか!変身が!ミルキー!ブラック―ぅぅぅう、う?」

 とんでもないピンチだ!と叫んだ要。しかし驚愕に目を見開く。

 変身が解除される。光がほどけた。

 そこに倒れていたのは、魔法少女ミルキーとブラックのような女の子ではない。

 二人の男性。橘柚希と稲垣充。要がよく知っている、幼馴染たちだった。




 —西部動物公園 地下—

「博士!ミルキーとブラックの変身が解除されました!応援を呼ぶべきです!」

「待ちなさい」

 モニターに映る柚希と充の姿にオペレーターは直訴するも、博士と呼ばれた女性は却下した。

「しかし!」

「あの二人は、たかだか変身が一度解けたくらいで負けるほどやわじゃないわ……それに」

 博士は数あるモニターのうち、無機質な部屋を映したもの視線を落とす。

「もうすぐで生まれるわ。新しいヒーローが」

 その画面には赤黒く脈動する卵が映っていた。




「柚希!充!ひ、ヒーローだったのか?!」

 ブラックとミルキーの姿から変化した柚希と充に、要は目をむいた。

「ゴキキキキ!愉快な姿だなヒーローども!どうだ?守るべきものの前で泥の味を知った気分は」

 だがゴッキー総督にはそんなものは関係ない。魔法少女の中身が男だろうとなんだろうと、その破壊行動は止まらないのだ。

「うぐっ」

「虫けらが、ぐあっ」

 ゴッキー総督は虫けら呼ばわりした柚希にゴキブリを突撃させる。ざわざわと怒りの気配がゴッキー総督を包む。

「柚希!」

「私を虫けらと呼んだな?私はその言葉が大嫌いだ!」

 ゴッキー総督は部下のゴキブリたちを集める。その顔は憎悪に満ちていた。

「貴様らが殺してきたゴキブリの数を覚えているか?死にゆくゴキブリたちに憐憫を覚えたか?答えられまい!私は無神経で無知で愚かな貴様ら人類が大嫌いだ!」

 わっとゴキブリたちが忌々しい羽音を立てた。ゴキブリの大群が山のように盛り上がり空を黒茶で覆いつくす。


「ゆっ柚希!」

「分かっている!」

 二人は握っていたガジェットを構え直す。

「「変身!」」

 白光が二人を包む。二回りも小さくなった影。細い体。短かった髪は長く、衣装は少女らしいスカートへと。その姿はミルキーとブラックへと変身する。

 二人はステッキを構えた。

「私たちで要を救出するぞ!」

「う、う……ん……?」

 答えようとしたミルキーは、しかし首をかしげる。


「ゴキキキキ!防ぎきれまいこの攻撃は!」

 ゴッキー総督はその異常に気付いてなかった。

 襲い掛かるゴキブリたち。

「窒息しろ!人類っい゛?!」

 ごきっ、とゴッキー総督を襲うドロップキック。

「なにやつ?!!」

 ゴッキー総督は触角を怒らせ、複眼で睨む。

 その先にいたのは、赤髪の少女。

「ずるいずるいずるい!!!柚希と充だけヒーローやってんのずーるーいー!!!」

 地団太を踏む要。

「貴様、我が拘束から逃れただと?!」

「要、いまそんな状況じゃない!」

「そ、そうだよ逃げて!」

 三者三様の反応に、しかし要はぶすくれた。

「やだ!」

 むっと口を三角にする。

「二人とも俺に黙ってヒーローやって!俺に黙って怪人と戦って!俺のこと一人にした!だからやだ!」

 要は子供のように主張する。


「ゴキキ、ガキの癇癪か。取るに足らない」

 このようなガキに、場を乱されてたまるものか。ゴッキー総督はとげとげしい指をかざす。それはまっすぐ要へと。

「命令は棄却する。保護はなしだ」

 その殺意に従い、ゴキブリたちは黒い弾丸となった。


「「要!!」」

 駆けるミルキーとブラック。

 しかし攻撃はそれよりも早い。

 あの黒い竜巻は木っ端にしようと要を包んだ。

 要の姿は黒で潰される。

 二人は目を見張る。絶望と一言で言い表せない感情が心臓から溢れた。

 悲鳴すら上げられない。


「ゴキ?!」

 だが、ゴッキー総督は異変に気付く。触角と皮膚で感じる未知の熱量。

 それは矮小な少女がいた場所から。

「なに?!」

 発光。

 少女を襲ったゴキブリの山から光が漏れる。

「貴様いったい!なんだ?!なにものだ?!」

 心の臓から溢れるわななきに、ゴッキー総督は震える。

 ゴキブリの危機察知か、本能があれはまずいと叫んでいた。ゴッキー総督は全能力を少女、要に注ごうとする。

 同時に、絶望を蒸発させる熱が叫ばれた。

「変!身!」

 強烈なエネルギーが解放される。

「なにぃ?!」

 ゴッキー総督は強い光線に目を覆う。

 空を黒茶で覆うゴキブリの大群を刺すその光。大きな熱量によりゴキブリを沸騰させた。襲い来る虫は一瞬にして砕け散る。飛び交うゴキブリの嵐を燃やし、崩し、塵に変えた。

 光が止み、そのなかから二回りも大きくなった影が現れる。

「ま、まさか」

 驚愕は、柚希と充にも共有される。

「変身しただとォッ!!??」

 ゴッキー総督は複眼を見開く。


 そこには、一人の青年、ヒーローに変身した要が立っていた。

 変身により再編された肉体はたぐいまれなる筋肉を持ち、その密度は皮膚の上からでも確認できる。圧迫され際立った血管が、拳が握られると共に強く浮き上がった。

 だが驚異はその肉体ではない。放たれる熱だ。

「せいっ!」

 力を発散させるように拳を振り上げる。たったそのひと振り。風圧がゴキブリの残骸を吹き飛ばし、熱波がゴッキー総督を襲った。

「この力っ貴様っまさか?!!」

 たじろぐゴッキー総督。

 毛質が逆立った赤髪を撫で付け、鋭い眼光でゴッキー総督をにらみつけていた要は、しかし、ゆっくりと下を向く。

「……ち」

「ち?」

「ちんちんが!生えてる!」

「チンチン言うな!!」

 要はもぞもぞと下腹部を抑える。

「なんかぶら下がってて落ち着かねぇ。二人ともいつもこんな感じなのか?」

「今はどうでもいいだろ!!」

 柚希は、仮にも女の子な要にチソチソと言わせないことに必死だった。

 充は顔を赤らめ両手で覆っている。

 ただでさえ、着の身着のまま変身した要は、肉体は変化したが洋服は元着ていたものと同じなのだ。

 ぎりぎりまで引き延ばされた繊維。上半身はまだ許容できるものの、下半身はかなり際どい。筋肉で大きくなった腰から太ももにかけてを隠すには、小柄な女性用のショートパンツでは荷が重かった。

 こぼれていないことが奇跡でしかない。

 これからこぼれる未来は予測可能、回避不可能。


「無視するとは余裕綽々!」

 だが人間のヌードなどゴキブリには関係ない。

 ゴッキー総督は攻撃を打つ。が、要の片腕にそれは弾かれた。

「うっせ!こっちはお前のせいで大変なんだよ!柚希と充がボロボロになってんだぞ!ヒーローショー中止だぞ!」

 怪我だらけの幼馴染二人と荒れ果てた舞台を指す要。しかしゴッキー総督は鼻で笑った。

「ヒーローショーだと?そんな下らんものを壊して何が悪い!」

「なにおぉ!」

 ゴッキー総督の発言に、要はカッと怒りが沸いた。発生した感情を表すかのように、皮膚の周辺温度が上昇する。

 めらめらと見える炎は幻覚ではない。

「そんなものとはなんだ!ヒーローショーなめんな!」

「それはこちらのセリフ!我らがゴキブリの神秘!ヒーローショーなどというお遊戯と同列に語れるものか!」

 こっちは生きた化石だぞ! とゴッキー総督は叫ぶ。

「好きなものに勝るとか勝らないとかないだろ!」

 が要も退かない。

「俺はヒーローショーが大好きだ!ここに集まってたみんなも大好きなんだ!お前だって、大好きなものがだめって言われるのは嫌だろ!」

「なっ、お前たちの思いと、私のゴキブリたちへの愛を同じにするな!」

「同じだ!みんな好きなものがある!好きなものを壊されたら悲しい!」

「くっ……」

 ゴッキー総督はまっすぐなその言葉に怯む。

「ならば……ゴキブリたちを無碍にされる私の怒りはどこへ向ければいいというのだ!」

「知るか!」

 要は言い捨てる。

 残念ながら要はゴッキー総督の悲しみを慰められるほど大人ではない。

「なんだとぉ!」

「お前の怒りが何だろうと!お前の好きが何だろうと!俺の好きを邪魔される筋合いはねえ!」

 怒るゴッキー総督に要は拳を握り地面をける。

「俺が言えることはただ一つ!」

 その拳に怒りの炎が宿る。蜃気楼を作り出すほどのその熱は、ゴッキー総督へとまっすぐ振りかぶられた。

「お前の勝手で、俺の好きを壊すんじゃねえ!!!」

「人間などっ」

 真っすぐ伸びる拳。ゴッキー総督は四本腕でガードする。しかし熱い拳は腕に触れるとともに骨格を焼き、熱い暴力は腕をねじ飛ばし胴体へと沈んだ。

「ぐあぁぁぁぁっっっつ」

 重い一撃に断末魔を上げる。高熱を保持した拳はクチクラを砕いた。筋肉を裂き内臓を押しつぶす。口から吐かれた黒い血肉は熱により蒸発する。

 その一撃は、ゴッキー総督を跳ね飛ばした。

「うっぐあっごっ」

 何度も地面にぶつかりようやく停止したゴッキー総督。ふらふらと天を仰ぐ。

「なぜ、ゴキブリは、いつもこんな、めに……」

 ぴしぴしっと外骨格が割れ、中から激しく爆発する。

 拳を突き出した要をドーンッ! と爆破が照らした。


 爆炎に照らされた、二回りも大きくなった幼馴染の姿に、柚希と充はあっけに取られていた。

「二人とも―!俺!怪人倒したぞ!」

 くるっと戻ってきた要は、体格差も考えずハグする。

 体の寸法が変わってしまったため、要からすればいつものように突っ込んだつもりだが、二人からすればラグビー選手のタックルだ。

「うっ」

「ぐえっ」

 元は少女一人と少年二人の構図。変身している現在は、大柄な青年と小柄な少女二人。

 当然満身創痍の少女二人には筋肉達磨を受け止める余裕もない。締め上げるような抱き着き方に、二人は悲鳴を上げる。

「ちょッ要、ちょっと緩めてくれ」

「ぎ、ぎぶぎぶ」

「へっへーこれで二人と一緒だな!」

 筋肉質の腕で抱きしめながら、にっと要は笑う。腕の力は万力のようで、二人は抜け出せない。

「わかった、わかったから」

「い、いまは服着ようよ」

 勝利を味わうように締め上げる要。だがそれも長くはなかった。

「ん?」

 腕が緩み呼吸が確保できるようになった二人。しかし、増していく重さに眉をひそめた。

「え、え?え、え、え、えっ?!」

「要!起きろ起きろ起きろ!」

 要は二人によりかかったまますやすやと、眠ってしまっていた。

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