第17話

 文化祭当日。生徒たちが浮足立つ中、怪しげな人物たちが学校の敷地に踏み入れた。

「まったく、要のどじっこめ。兄ちゃんに文化祭日程を伝え忘れるとは」

「オレがいてよかったなー」

 撮影機材を背負った慈は帽子を目深にかぶる。

「黙れ居候。さーて要はどこかなー?」

 入れ墨だらけの男と大荷物長身の女、来場客はそのアングラな雰囲気に、勝手に避けてくれる。

 そのため会場地図は苦も無く開けることができた。

「おーい!」

 要の教室を探そうとしたところ、向こうから、駆け寄ってくる緑の影があった。

「要!」

 アゲハは愛しの妹に手を広げる。さあこい! と広げられた腕は、しかしすり抜けられた。

「おっちゃん!来てくれたんだな!」

「やあ要くん。このような催し物に招待してくれてうれしいよ」

「招待したのは湊だけれど」

 車いすに乗った右京と、それを押す博士を要は歓迎した。

「要~兄ちゃんは?兄ちゃんもいるぞ?」

「おう!」

 とうなずいたものの、要の注目は右京から離れない。

 なにせ先日は目の前で大けがをされたのだ。要はしばらく一日三食しか食事も喉を通らなくなった。

 今日はようやく元気な姿を見れた。喜ばないはずがない。

「いやあ、傷自体はすぐに塞がったんだけれどね、入院中他に悪いところを見つけられてしまって」

 面目ない、と頭を掻く右京は、車いすに乗っているものの以前よりずっと健康そうに見えた。

「カカカッ。だから言っただろう。そうそう死ぬ輩でもないと」

 要の衣装の隙間からタマちゃんが覗いている。

「そう言うタマちゃんが一番殴ってただろうが!おっちゃん、すいやせんっした!」

 タマちゃんと共に要は深々と頭を下げる。

「お詫びといってはなんですが!殴った分お返しとして殴ってください!」

「そういことは求めていないから大丈夫だよ」

 それでは示しがつかないと揉める右京と要の間に、アゲハは割り込む。

「さー要!素敵な衣装を兄ちゃんに見せてくれ!」

「だしょ!」

「かわいいなあ要は」

 アゲハはパシャパシャと写真を撮る。慈も笑いをこらえながらカメラを向けた。

 要はクラス企画である演劇の木の役の衣装でポーズをとる。舞台では踊るらしい。

「これねーみんなで作ったんだぜ!」

「そうかそうか、要は人気者だなーさすが兄ちゃんの妹だな」

「おう!じゃ、舞台見に来てな!」

「もちろんだよ」

 兄にチラシを渡し、要はチラシ配りに戻る。

 そのあとをついていくアゲハの隙をついて、慈は単独行動に移った。


 慈が、女性としては大柄な体躯を猫背気味に、人ごみに紛れるようにして向かう先には、菓子類の甘い香りと女子特有の甲高い歓声が響いていた。

「充くん!柚希くん!とっても似合ってるわ!!」

 女子の喜色のとんだ声。

 慈は教室の入り口につけられた、段ボールで作られた看板を見上げる。

『女装カフェ』

 なるほど、道理で呼び込みをしているメイドの声がやたら低いはずだ。

 野球部であろう呼び込みの彼は、安物の生地が薄いメイド服がきつそうだが、文化祭というイベントにとても楽しそうにしている。

 一方、教室で注目の的である二名は、苦虫をつぶしたような表情だ。

「ど、どうしてこんな目に……」

「シッ、今は早く終わるのを待つんだ」

 泣きそうな充に対し、もはやあきらめの境地に入った柚希は、さっさと企画者である女子たちを満足させ、この醜悪な環境を脱そうとしている。

 一方の女子たちは、やたら高そうなカメラを向け興奮していた。

「やっぱり私たちの目に狂いはなかったよ!」

「ああ~徹夜したかいがあったわ~」

 既製品であろう他の男子たちと異なり、充と柚希の衣装は手作りのようだ。ウィッグも凝っている。

 充の服はふんだんにフリルを多用したロリータ。対して柚希はいわゆるゴスロリだった。かかとが低い充に対し、ヒールの柚希はひどく辛そうだ。どちらもよくそのサイズの靴を見つけてきたものだ。材料代は、恐らく実費なのだろう。

 二人の苦行に耐えるような表情に、慈はにやりと笑った。目深にかぶった帽子を外す。

「カフェってことは接待もしてくれんのかい?」

 女子の熱狂を裂くような、慈のよく通る声に、真っ先に表情を変えたのは充だった。

「どうした充?って、げぇっ」

「よ!」

 柚希のえづくような声に、慈は気さくに手を振る。

「な、なんであんたがここに」

「悪いかよ、息子の文化祭に来ちゃ?」

 充とよく似た、正確には充がよく似たその端正な顔を、慈は愉快そうに歪める。

「ま、久々に、進路相談でもしようや」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る