メリクリスレイヤー

ぞう3

メリクリスレイヤー

  ――本当のクリスマスなんて知らない――


 幸福のクリスマスなんて、使い捨てたノートに忘れられたしおりみたいに挟まってるだけ。

  幸せなんて、ほんの一握りの勝ち組特権。

  大概は――私達、俺達の友情はこれからだ――なんて嘘ばっかりな運命共同体のバランス競技で、寂しい聖夜を全員監視で疑心暗鬼に過ごしてる。

 ようやくそこからはみ出すことの出来るのは、クラスに一人とかそこらの恋愛エリートだけ。

 でも、それだって大抵みんな嘘ばっかり。

 クリスマス専用彼氏と彼女の群れが、雑誌に並んだ流行りの服を着て、ほんの一夜を彷徨い歩くだけ。

 ホントの勝ち組なんて誰も知らない。

 好きとか嫌いとか、脳内のあけすけな化学反応が示してるのは、生命維持と子孫繁栄のお定まりのマニュアルが示してる生殖活動その一から十までってだけだから。

 愛って何だろうなんて。

 そんな言葉聞き飽きたって位には、再生産だらけの羅列の愛がネット上にだって余 ってる。


 今更言わなくても分かるでしょ?

 あたしは、負け組の中の負け組。

 クリスマス専用でも良かった筈なのに、なんとその相手を巡る“24番目”さえ争って負けたんだって。

 名前も知らなかったイケメンアイドルのライブの隅っこで踊ってる位の人だって知ってただけだけど、その程度が精々あたしの手の届く範囲の頂点だったから。


 ――顔が良い男と一緒のクリスマス写真が欲しかっただけ――


 女が集めてるフォトブックに写ってる男達は思い出なんかじゃなくて、今いる場所で自分の価値がどれだけのものかを示す物差しみたいなものでしかない。

 群れから離れて生きていく勇気なんかない。だからこその陣取りゲーム。


 ――あたしの処女ってどれ位になるんだろう――


 制服をわざわざ選んで来たのは、この時の為。

「さて……JK最後のクリスマスまで捨てられなかった清純を売り払ったお金で短大にでも入ろうかな……」

 今日という日を目一杯着飾った繁華街の中心にあるベンチに独り、溜息は白く濁ったまま。

 セカンドバージンまでなら、幾らかマシな足しになるんじゃないかなんて皮算用。


「クリスマスを一緒に殺さないか?」


 際立った違和感で声掛けしてきたのは……ゲームのキャラみたいな恰好? コスプレ?

 幸せの演出を描く雑踏のわざとらしさからはぐれたみたいな感じ。

 上背のある鍛え上げられた体に温厚篤実そうな三十位の目の前の男は、童貞に決定。

 中の上顔でもオタクは論外。

 履歴書にだって恥ずかしくて書けないから、オタクに捧げた純潔なんて。

 今から頭の録画ボタン一旦止めまーす。人生の汚点は、こうやって記録しないのが一番だからさ。オタクと会話なんて、あたしの人生にこれからだってずっとある筈がないから。

「オタク間に合ってまーす」

 バイバーイって、にべもなく言い放つ。

 イブのこんな時間に独りでぶらついてる制服JKの機嫌が良いとでも?

 無理せず似合わないイルミネーション浴びてないで、二次元で抜いてればって。

「とにかく一緒に来るんだ。そうすれば、お前には分かる筈だ」

 何こいつ? 沸いた頭に電波が乱反射?

「だから、その口縫って回れ右して欲しいんだってば」

 これ以上絡まれないうちに……って……な、なに……急に視界がブレ始めて……眩暈? げんか……くに幻聴? 上の方から何か……聞こえて……!?

 な、何なのあれは!

「やはり、見えるんだなお前にも。頭上に広がるあれが“サンタクロースの袋”だ」

 そんな……! 連なった蛭みたいな巨大な真っ白い何かが街の上、あたし達の頭上の空の低い所を、うねりながら蠢き浮いてる!?

 どうして誰もあれを見て驚かないの!? たったほんのあそこにいるのに!

 あたし達を呑み込む様に、あの空を覆っているのに!

「何なのよあれ!」

「急ぐんだ、気付かれる前に」

 掴まれた右手が驚くほどの力強さでもって、おぼつかないこの足取りと一緒くたになって持っていかれる。

 マッドなクリスマスイブを謳歌し乱れる人々の群れを掻き分け、ビル街の隙間に身を潜めるまでひた走り続けて様子を伺う。

「この日の為に集められたカップル達は全て生贄で、クリスマスという名目のサバトに誘い出されているんだ。サンタクロースは儀式への水先案内人であって、人々の返り血で染まる奴等が抱えた袋の中身には、“邪神クリスマス”への貢物が溢れ返っているって訳さ。実際の所、奴等の正体はその邪神に隷属しているアンダーテイカー(葬儀屋)なんだ」

 そんな……! サンタさんが背負ってる袋が、本当はあんな化け物だなんて!

「誰かの為のプレゼントなんかじゃない。主への捧げものを呑み込む怪物なんだ」

 誰もが一度は期待に胸躍らせながら夢見ていた筈の存在が、本当はそんなものだったなんて。

「奴等の暴虐は、既に長い間見て見ぬ振りを決め込まれている。実際、クリスマスは世界の要人達が神に祈る日でしかない。大混乱になることを恐れて、クリスマスそのものが体よく戯画化されているんだ」

 つまり、大袈裟な程のパーティの準備を謳うTVやネットのCMが、それ自体実は切迫したサブリミナルだって真実が、毎年大規模に世界中に投下されていたってこと?

 要するに、良い子は外に出ちゃいけないってことよね?

「俺はクリスマススレイヤー〈聖夜を殺す者〉。もう、三百年は生きてずっと邪神クリスマスと戦っている。最近は、ハロウィンって化け物とも戦ってるがな」

 上空の悪魔達に届かない様潜めた語気が、けれど強くなって。

「クリスマスを謳歌したカップルが、その後どうなったか“本当に”聞いたことがあるか? そして、それが真実だって誰が証明出来る?」

 リア充が過ごしたクリスマスなんて、誰も知りたくなんかない。過ぎた優越感に脳天まで焦がされる位なら、耳を塞いだ方が良いに決まってる。まして、そんな幸せを押し売りする人達となんて絶対に知り合いにだってなりたくもない!

「“イブ”を過ごしたカップル達は、否応なくあの袋に詰め込まれ、代わりに“同じ姿形をした別の何か”に入れ替えられる。お前の周りのリア充達もみんな同じだ。だが、“本当のリア充”なんてそういない。そして、嫉妬とやっかみの対象である本物のリア充達と過ごす奴等もそうはいない。だから露見しにくいんだ」

 そんな……そんなことって!


「24日」


 重苦しい吐露へと繋がるその日付けを口にして。

「イブが終わるまでに奴等を撃退しなければ、25日という日はこの世界には来ないんだ」

 ど、どういうこと!?

「正確には“邪神クリスマス”が顕現し、この星全てを呑み込んでしまうと言われている」

 一層のうねりを連れた悪魔達が蠢く頭上を見上げ、息を呑む。

 年を繋ぎ連綿と繰り返される聖夜が、本当は人類にとっては地獄への入口でしかなかったなんて。

「どうして、あたしにはあれが見えるの?」

 今まであんなものが見えたことなんて、勿論ある筈がない。

 バージンをお金に換えちゃおうなんて罰当たりな考えが、神様の怒りにでも触れたとか?

「誰かの“24番目”になれなかった時に、“それ”は覚醒すると言われている」

 ……はあ?

「先ずあり得ないことだが、そこに至るまでの耐性がある人間なんていやしない。恋愛という行為は、この世界において膨大なエネルギーの最もぶつかり合う科学反応なんだ。だから、そこまで固執する程の力が、奴等を見えなくしている力さえも相殺すると考えられている」

 つまり何? あたしは全くてんでモテないから、それでこの世界の真実に辿り着けたってこと? 

 ……それってあんまりじゃない?

 高3になっても初めてを捧げる相手にすら恵まれなかったってだけでこんなことに? 最後も最後のどん詰まりに、ちょっとしたプライドを保とうと頑張っただけじゃない!

「恋愛チキンゲームで人間の精神が保たれるのは、誰かの24番目になるまでが限界らしい。そこを争って負けた場合、殆どの人間の精神が崩壊するというデータが既に“組織”によって裏付けられている。しかし、その後25番目からを争うことには、最初から諦めが精神の均衡を保つ為、この能力が発現することは無いんだ」

 それ、どこの研究機関の誰のレポートよそんなオカルト設定!!

「あらゆる超常の災厄から人々を救う為の、俺が所属する“教団”だ」

 ああそうなんだ、それなら仕方……無くない! 黙って聞いてりゃ出所さえ怪し気過ぎる組織やら教団やら!

 あたし今、普通の女子高生としての“普通”を必死に、この訳分かんない状況にさえ貫き通して何とか頑張ってるつもりなんだけど!? 

 あんな奴の24番目になれなかったことなんて今更どうでも良いし、あたしの頭のネジが、どっかにぶっ飛んじゃってる様に見えてるっての!?

「俺は過去、“96番目”を争った」

 それどころじゃなかった! って……いや、唐突にそれを聞かされたあたしが何をどう言えばいいのよ……そんな、あの、見た感じ普通だし、さっきはオタクっぽいとか思っちゃって御免なさい……。

 でも、精神が保てるのは24番目までって?

「度重なる戦乱で相手が数少ない時代があってな。そして、この24の倍数時に敗北した度、より強力な覚醒(崩壊)の周期が来るらしい。よほどのレアケース中の、更に偶然の産物なんだろう。相当な耐性があった俺を先代も誉めてくれていた。勿論、財力や稀有なカリスマ性を有する人間に群がった“列”に参加する者達には、最初から”現実感”が無い。だから、“そこ”を争ったとしても精神の均衡には何の影響も無いんだ」

「先代のスレイヤーに見出されて俺は今に至る。だが、不老不死程のエネルギーがこの身に収束していても、奴等を完全に斃すことは出来ない。精々が、次のクリスマスまでに奴等がやって来る別次元にようやく押し戻す位が関の山なんだ」

 だから、ちゃんと毎年クリスマス当日の25日が迎えられるってこと?

 彼が毎年戦っているからこそ平穏無事に……例え、リア充以外のほとんどみんなが真っ先に抹消したい苦い記憶と共にようやくクリスマスを越えてたんだとしたって……クリぼっちなんて全然大したことじゃなかったってことよね……。

「明日、世界が何の前触れも無く消えてしまうかもしれない。それが、この世界の真実なんだ」

 見上げる空を異形の怪物が埋め尽くすこの状況が、妄想や幻覚の類で無いことを突き付けられたこの現実に、ただ戸惑うあたしの顔を彼が覗き込む。

「お前は他の人間達とは違う力を持っている。それは、同じスレイヤー同士で感じることが出来るんだ」

 あたしも、そのスレイヤーだって言うの?

「その筈だが……しかし、お前は」

 彼がそう言い掛けた瞬間、突然に空の色が変わった。

 いつの間にか忍び込んだ異様なまでの静けさが、先程までの街の喧騒を呑み込み、突然目の前の世界の鼓動が止まった。

「ど、どうしたの! みんな動かなくなっちゃった!」

 人も空も、ゆっくりと頬を流れ触れていた風までもその全てが、その命を人質にでも取られたみたいに。

「来るぞ!」

 怒号と同時、あたし達のもっと頭上で紅く染まった空が、歪な程大きく切り裂かれ、流れ纏う黒煙の様な邪気に撫でられながら現れたその信じられない程の巨躯に宿る“その顔”が……!

 でも……でもあの顔は……!

「馬鹿な……! あれこそがクリスマスイブ〈クリスマスへの先導者〉だ。あれと戦わなければ邪神が世界に顕現する……しかし、その顔が現れるなんてことは今まで一度も!」

 溢れる闇を吞み込んだ巨大な両目、炎を転がし滴らせるその口……でも、それよりも何よりもあの顔……あの顔は!

「あれは、“お前の顔”そのものだ……!」

 その掠れた声が触れたあたしのその先の感情が、けれど、その行く先を見失ったまま。

「危ない!」

 さっきからずっと、そもそもが余剰なんてある訳もない頭の中身全部のスペースにまであまねき渡った混乱のその末、否応無しに増し続けるままの理解不能なこの現実に呆然と立ち尽くすあたしを引き戻したその声が!

 とっさに庇われてそのまま転んだあたしの目の前が、無造作なまでのブラックアウトで“がなり”揺れる。

 この体が覆われた重みを感じるまま、恐る恐る再び目を開けた時には、彼の右腕は塵と化していた。

「どうして!?」 

 流れる筈の血潮すらそこには無く、おびただしい程の欠片がそこら中に散らばって。

「この体は、もう“人”ではないんだ」

 超常の力が蝕んだのは、キセキという名の絶望でもあって。

「まさか……お前こそが“大教会”に眠る禁書にある選ばれし“Eve”なのか……! Eveは、Evening因りのeveでもevenでもなく……真のChristmasは、“聖人”を暗喩に使ったこの世界の新たな支配者になる“イヴ”の降臨の意であると禁書には……しかし、イヴは我々今の人類にとって、破滅をもたらす“邪神”でしかないと……それ故に、受け入れ難い新しい創世そのものの再臨でもあって……そして、人類がかりそめの統治者でしかなかったという証拠であって……」

 あ、あたしがそんな邪神なんかの筈がないじゃない!

「禁書の写本にあったことは全て真実だったのか……この世界の新たな創造主が現れる時、クリスマスイブの真実の顔が現れるであろうというあの預言が……ならば、これまでも世界はただ造り変えられようとしていただけで……俺は“教団”にただ踊らされたまま抗っていただけ……」

 そんなのって!

「禁書には、“クリスマス”は堕落した我々人類を断罪する為に現れる、神々の真の意志そのもだと……」

 そんな……でも……でももしもそうだとして、このまま人類全部が、今この瞬間にいなくなることが正しいことなの? そんなに一方的な力関係の天秤の片方に量られたまま、何もかもが無くなってしまわなきゃいけないの!?

 喧々諤々の政権交代だって、誰かが投票する機会がなきゃ誰がちゃんと納得出来るってのよ!

 こんなのが現れて、このままなし崩しに世界がお終いだなんて!

「少なくとも、あなたはあたしを助けてくれようとした!」

 それだけでいい! それだけでも、今あたしにとって誰が必要なのか何が正しいことなのか、あたしの意志で決めることが出来る!

「だが……あれは、禁書によれば創世の神の使いだ……そして、同じ顔を持つお前という存在がここに現れたのならば、この世界は今こそ断罪されるべき時が来たということで……そうか、この長いかりそめの猶予に“俺達”はこの世界を変えることも出来ずに、ただ死線の上の問答を繰り返していただけで……」

 そんなの……そんなことだって、全然あたしには分からないよ!!


 あたしまだ処女なのよ!?


 今日この日このまま世界が終わっちゃったら、あたしの初めてなんて一体誰に捧げればいいのよ! この流れのまんま有耶無耶に進んじゃって、“あんなの”ばっかりと仲良しこよしなスクールデイズがデイバイデイなんて冗談じゃないってば! 


「こんなので終わるなんて絶対に嫌! ”今のあたし”にも、何よりも掛け替えがないって思える位の青春を頂戴よ!!」

 

 上っ面に上っ面を塗りたくって生きてきただけのあたしが言えることじゃないし、誰かの為に何かを為した訳でも、ヒロインになんて手が届く器量だって無いことだって分かってるけれど!

 それでも!! たったこんなあたしだったとしても!!


 その刹那、輝き割れんばかりの光の束が目の前に現れ、赤、緑、白、金と、それぞれ眩いばかりの色がそこに散りばめ混じり合いながら、遂にあたしの掌の中でその神々しい形を成して!

「それは……伝説の“クリスマスツリー”! 真のクリスマススレイヤー〈クリスマスを殺すモノ〉! 邪神クリスマスを唯一無に還せると言い伝えられた、神々さえも殺せる“知恵の樹”! しかし……そうか……その真の目的は、本来の神の意志を砕き、人々の混沌とした自由意志を貫き通す為の!」

 頭上の巨躯と相反する光の化身、それが今あたしのこの手に。

「クリスマスには誰しもがツリーを飾る。あれは“邪神避け”だと裏では語り継がれていた……だが、もう一度人間が人間らしくやり直す為に必要な知恵の樹の力が正しく使われれば!」

 何だかさっぱり分からないけれど! これ、まんま光芒が形作った剣みたいなクリスマスツリーをあたしが握ってるだけだけどいいのね!? 

 これをあいつに喰らわせてやればそれで!


 あたしにだって思うことはある。

 イケメン彼氏がいる女達なんか、みんないなくなれって。

 あたしを相手にしないイケメンだって、みんないなくなれって。

 この世界は理不尽の塊だ。

 上手くいった例なんてない、いつだって難問奇問が山積みになって、何もかもが重なり擦り減っていくばかり。

 大切なバージンは好きな人にあげるつもりだった。

 でも、好きだった人は別の女のことが好きだった。

 そんなに簡単に、本当に好きな人なんて出来やしない。

 だったら恋なんて無意味だ。まして、その遠くの向こうにある愛になんて、行き着くまでにどの位掛かるんだろう。

 JKにとって一番大事なのは、勉強よりも部活よりも誰かの機嫌を伺うことよりも、大好きな誰かを想う気持ちを育むこと!

 逃れられない女の陣取りゲームを、本当は何もかもぶち壊してやりたい。

 好きな人の近くにいてただ舞い上がってた頃の想いなんて、いつの間にかフォトブックから抜け落ちてた。

 こんな世界なくなれって!

 みんないなくなれって!

 こんな世界から消えたいって!

 でも、やっぱり誰からも認められたいって!

 いつか誰かを嫌っても、それでもやっぱり誰かを好きになって。

 こんな所でバージン売って、これから先もずる賢く生きていこうなんて考えたあたしが、ただ恥ずかしいだけだし最低だった。

 だけど! このまんまじゃ終われない!

「分かるでしょ? あんたが“あたし”なら! どれだけ突っ張ったって、どれだけ分かったつもりでいたって!」

 ツリーを構えたこの掌に力を込めて、睨み付けるその先に。

「それでも全然諦め切れてないんだって! 簡単に新しい世界なんて手に入らないんだって!」

 揺らぎながらあたしをただ見ているだけの、“あたしの顔”が。

 ただただ何もかも無くなってしまえばいいって、何とかやり過ごした振りして流されて。

 逆恨みしてみたり、心にもないことを言ってみたり。

 それでも! それだって全部あたしだけど!


「それでもやっぱり、まだこの世界を消さないで!」


 思いの丈の先ありったけの願いをツリーと共に、思い切りあいつの顔一直線目掛け投げ抜いて!

「お願いクリスマスイブ! あたし達にはまだ25日を越えて、ずっとずっとそのもっと先の毎日が必要なの! 苦しみを乗り越えたその先にある幸せをきっと作ってみせるから!」

 光の切っ先と化したツリーがその巨大な顔に届いた直後、そこから流れ始めたありったけの模様が爛れ落ち、やがて、あたし達の目の前の全てをただ真っ黒に染め上げた。

 そして、その暗闇が支配する中で止まっていた時間の集まりが、“ぱんっ”と小さく弾ける様な音が。

 

 気が付くと、目の前の喧噪に道行く人達は、相変わらず戯れを続ける道化の様だった。

「あの人は」

 辺りを見渡して、その姿を必死に探す。

 いない。

 塵になりつつあったその姿が、目に焼き付いたまま。

 そして、あたしだけが取り残されて。


「25日」


 慌てて取り出したスマホが、両手の中で確かに時間を数えていた。

「だけど……25日になったって……」

 涙が零れて、そこで跳ねた。


「結局は、クリスマスを殺せなかったんだろうか」


 後ろで声がした。

 振り返った先に、あの人がいた。

 変わらずコスプレみたいな恰好に、失った筈の右腕もそこに。

「ううん」

 あたしは涙を拭いながら、笑顔で首を振った。

「あたし達の思う“完全な聖人”が取って代わったとしても、結局は違う悲しみが増えるだけ。善悪の基準は、そこに生きる存在がはかる物差しによって違うだけだから。それでもあたし達は、この不完全さを補い合いながら生きていくことを、自分達で選んぶんだって……あたしにはそう分かったから」

 彼は、溜息を吐いて目を閉じる。

「長い年月、俺達はただ“クリスマス”の掌で、後悔と反省の機会を行ったり来たりしてただけってことか……これは永遠の猶予ではなくかりそめの日常って訳だ……そうか……ならば、俺がいる教団までもが丸ごと“グル”ってことで……通りで禁書の写本なんてものが、わざとらしく存在していた訳だ」

「ここからまた新しく始める為に……世界の誰もが知らなくても、あたしとあなただけは、もう全部知ってるから」

「そうか、そうだな……俺の名はアダム」

 そう言って差し出された右手。

「あたしの名前は伊歩(イヴ)……これって運命のこじつけなんじゃないかしら」

 笑いながら、その手に重ねたあたしの両の掌に伝ったその温もり。

「三百年以上生きて辿り着いた、お前に出会う為に“造られた”これが運命だと?」

 目を伏せて苦笑いをする彼が。

「年上でもあたし全然大丈夫だし! 女子高生の青春に付き合えるだけの道理はちゃんと成立したんじゃない? 本人の同意があれば尚更犯罪じゃないでしょ」

 滑る様に彼の横に、するりとその腕を取ったあたしが。

「だが、ハロウィンは別だ。あれは本物の邪神であって」

 そうね、それはそうだとしても。

 つまり、この世界にはたくさんの物語への起点があちこちにあって、終わったり始まったり。

 でも、そんなにいつも何もかもが突然に始まらなくてもいい。

 この物語だって、ずっと続いていく保障もどこにも無いってことだって分かったんだから。

 今日は25日だし、まだまだクリスマス!

 改心したあたしにだって思い出を目一杯詰め込まなきゃ、折角リブートされた“あたし達の創世の物語”だって、いつまでたったって始まりやしないでしょ!

 初めてをあげるかどうかってのは、先ずはお茶でもしながら応相談ってことで!

 最初に会った時から、ホントはちょっと気になってたってのは内緒よ?

 女の子の機嫌が悪いのをいつだって受け止めることだって、選ばれた男のそれこそ特権ってやつでしょ!

「やれやれ……この秘密をもってして、それでもこの世界をこれからも自由に駆け回ることがお前には出来るのか?」

 でも……あなたのその目に光る“それ”こそなあに?

「成る程……そうだな、これは大変なことになりそうだ」

 そう言って浮かべた彼の微笑みと一緒に、この先もずっとずっと、世界の運命さえもいつだって越えてみせるって!


エピローグ


 後日、サンタさんの袋に毎年詰められてたのは“度を越したカップル達”だって、教団の偉い人達からネタバレされたアダムが膝を抱えてた。

 使徒(サンタさん)自らが教化というか、ちょっとした“おしおき”を与えてその仲を引き裂いてたんだって。中身を云々じゃなくて、頭を×××するもんだから、そのカップリングのその後を誰も見ることはないってことらしい。

 返り血で染まった袋なんて大嘘。

 彼がいる教団は、裏で“神”と結託したその手練手管で世界の中枢にすら“脅し”を仕掛けながら、世の中をちょっとでも良くしようとしてた“ごく真っ当でハートフル”な組織だった。

 そして、あたしだって何か特別大層な存在なんてものじゃなく、誰もが持つ感情を一切れずつ、ただ噛みちぎりながら毎日を過ごしてた誰もと同じ一人なだけってこと。


「クリスマスイブと戦う俺は、世界存亡の緊張感をより高める為のプレゼンテーションの一幕の一役だったってことだな……」


 ご苦労様やらお気の毒というか……でも、そのお陰であたしと出会えた奇跡に、まさか“いちゃもん”つけたりしないわよね?

 それはそうと、今日にも至って世界はまだまだちゃんと続いてる……んだけど。

 ちょっとおおお! 結構間髪入れずに“バレンタイン”って! しかも、亜種神のホワイトと併せて連戦って何の冗談!? 

 “伝説のゴディ〇ソード”が無かったらあたし死んでたんじゃないの!? ていうか世界って“終わりかけ過ぎ”なのよ! どうなってんのよ!?

「英雄ゴディ〇の子孫が“売って”くれた刀があって助かったな」

 変換が違わない!? “打つ”でしょ! 刀を”打つ”! 何でショップでゴデ〇バソードを『はいどうぞ』って“売って”貰うのよ! じゃあ経費で……って領収書貰ったのに『管轄が違うから落ちません』って……どうなってんのよあんたのとこの教団!!

「安心するな伊歩。夏になれば“花火大会”もある。更に忙しくなるぞ」

 一体全体どうなってんのよこの世界! 何でこんないつもいつも、あたし達は色んなものに試されてるの!?

 結局忙し過ぎて、いつになったらあたしの初めてがどうにかなったりするのよ!?

 大体、なんで浴衣姿でそこらでチュッチュしてる人間達をあたしが助けなきゃいけないの!

「あたしは花火大会スレイヤー」

「俺は新学期スレイヤーだ」

 次から次へと訳分かんないスレイヤーばっかりが登場!!

 全然まったく意味分かんないし! こんなのきっぱりさっぱりやる気も出ないってば!


 あああもうっ!

 やっぱり、リア充とかホントみんな××じゃえばいいのに!?

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