6 悠:部室

「なるほど。つまりここに、俺と創太には見えない女性がいて、幽霊を自称していると」


 和樹が端的にそう纏め、パイプ椅子に深くもたれかかった。

 経年劣化の激しいホワイトボードには、悠から聞き取った内容が漏れなく書き記されている。


「気づいた時には、廊下にいたの。ここがどこなのか、どうしているのか分からなくて、すれ違う、同じ服を着た人たちに声をかけたんだけど、誰も気づいてくれなかった。周りの物には触れないし、身体は壁や扉をすり抜けて……」


 言葉を置くように、少女は自身の状況を説明していく。


「ふらふらと歩き回るうちに、ここが高校って場所で、妙に馴染みがあることを思い出して。それから、惹かれるようにして、この部屋に辿り着いた。このマイクが目に飛び込んだ瞬間、これ、あたしのだ! って、強く直感した。――それでね、思ったの。あたし、もう死んでるのかも、って」


 自称幽霊の少女が発するその言葉は、悠にしか届かない。その一方で、創太や和樹の声は彼女に伝わるようで、悠は三者の仲介役として、疑似的なコミュニケーションを成立させる。


「そして、自分のものだというマイクの前に立ち、歌を口ずさんでいたというわけか」

「『そばかす』だったな。JUDY AND MARYの」

「え……分かるの?」


 悠の指摘に、目を見開く幽霊。勿論その姿は悠にしか見えず、残る二人の目には虚空に話しかける一人の奇怪な男子高校生が映っているだけである。


「そのくらい分かるよ、有名だろ。――え、なに、分からないで歌ってたの?」

「……うん。マイクの前に立ったら、自然と溢れてきたっていうか」

「すげぇ……生前の習慣を繰り返すってやつ?」


 悠が継ぐ言葉や仕草から、冷静に分析を試みる和樹。一方の創太は現実感なく感嘆を繰り返す。見当違いな空間に手を伸ばし、彼女に触れようとする。


「なぁ~、ほんとにここにいんの? 美少女? 美少女ユーレイ?」

「そこじゃねぇぞ」


 悠は彼女の正しい居場所を教える。

 悠の目に映るのは、伸びてくる創太の手を不愉快そうに避け続ける幽霊の少女。


「やっぱ足、ない?」

「いや、あるよ。ちゃんとソックスも穿いてる」

「ここに自身のマイクがあるということは、かつて軽音部だったということか?」

「それは、ちょっと分かんない……」


 和樹の疑問に、幽霊は答える。その回答を、悠が伝達する。


「この部って確か、創部して十年とかだろ? 誰かが死んだなんて話、聞いたこともねぇぞ」

「……まぁ、俺らが入部した時点で、先輩は三年の二人しかいなかったし」

「あぁ……そうだな。ロクに会話もせずに、卒業していったもんなぁ」


 創太はどうにか彼らとの思い出を探り出そうとしたが、遠い目になるだけであった。


「名前は、カナでいいのか?」


 和樹は、マイクに貼られたシールを改めて確認する。


「実は……マイクは自分のものだっていう実感があるんだけど、その名前が自分の名前だとは、いまいち思えなくて……。しっくりこないっていうか、他人事っていうか……自分の名前だって感じは、あんまりしないんだ。その箱も、花も、全然心当たりないし」

「ウーム、一筋縄ではいかなそうですなぁ」

「しかし、この二文字があるだけで、何の手掛かりもないより遥かにマシだ。十年くらいの期間なら、生前の情報を見つけるのもそう大変ではないかもしれない」

「棺桶マイクの蓋を開いた翌日に……ということはつまり――分かったぞ!」


 唐突に手を叩き合わせ、勢いよく立ち上がる創太。

 さながら少年探偵の如く、三人の前で身振りをつける。


「オレたちが封印を解いたんだよ! そして彼女は蘇った! Who you gonna call⁉」

 ノーレスポンスを気にも留めず、「ゴーストバスターズ!」と拳を突き上げる。


「にしても、なんでこんなに汚いの? この部屋」

 何かを思い出すように部室内を見回しながら、幽霊は悠に尋ねる。


「あー、それは……今片付け中でさ。その最中に、マイクを見つけたんだよ」

「そっかぁ。――ねぇ、三人は、軽音部員なんでしょ? それぞれ何のパートなの?」

「そういう知識は覚えているのか」何気ない発言も拾い上げ、推察を組み立てる和樹。

「パート? オレたちバイトはしてねぇぞ」

「軽音楽部にあるまじき返答だな」

「一応俺はギター、和樹はベースで、トラックメイカー。創太は……ボーカル?」

「ノン。〝煽動〟」

「ドラムは?」

「いないよ」

「ドラムレス?」

「いや、そもそもバンドを組んでない」

「そーいや先輩たちも、楽器できなかったよなぁ。洋楽にはスゲー詳しかったけど」

「……えっ? じゃあ、ライブはどうしてるの?」


「したことないよ、ライブ」


「え⁉ したことないの⁉ ……一度も?」

「正しい意味でのライブは、ないな。ちなみにこの部は、学園祭終わりで廃部が決まってる」

「学園祭……――廃部⁉ な、なんで?」

「まぁ、いろいろあってな。第一、本気でやりたいやつらは、こんなところ入らないで学外でバンドやってるし」

「何人か見学に来た後輩たちも、入部はしなかった」

「オレたちが仲良すぎて、輪に入れなかったのでは?」

「キモ。軽音楽部なのに軽音楽してなかったからだろ」

「それだ」

「異論無し」

「えぇっ……でも、最後の学園祭くらいは……」

「しないよ、別に」


「えーっ! 解散ライブもしないで廃部⁉」

 幽霊は、そこでふいに表情を引き攣らせ、俄かに声を大にした。

「ライブ……学園祭……学園祭ライブ!」


「ど、どうした急に……」

 幽霊の豹変ぶりにたじろぐ悠に、創太と和樹も眉を顰める。

「学園祭でライブしないなんて――有り得ないよ! 二年間何してきたのさ君たち!」

「えっ? あー、何してたんだろうなぁ。でも、結構楽しかったよ」

「バンドしてないんでしょ⁉ 演奏に捧げた汗はなかったんでしょ⁉」

「汗はかきまくったぞ。鍋とかして」

 戸惑いながら継ぐ悠の言葉に、創太が返答する。

「エアコンないしな。あれは地獄だった」

「ちがっ、そういうことじゃなくて――あぁっ、まさか! ドラムがいないって……そういうことかぁっ!」

 先程までとは打って変わって、荒ぶり具合を増していく幽霊。

 忙しなく部室をうろつき回る彼女の姿を目で追いながら、つぶさに実況する悠。

 残りの部員たちも悠伝いで、事態を把握する。


「感情のようなものは、変わらずあるようだな。――今のやり取りがきっかけになって、何か思い出そうとしているのかもしれない。やはり生前は軽音楽部員だったのか?」

 状況に動じず、冷静な洞察をする和樹。

「ちょっと! 君はギター弾けるんでしょ⁉」

 一方、感情の昂りを抑えず悠を指差した幽霊は、鋭い口調で尋ねた。

「え? まぁ、一応……」

「弾いて!」

「――えっ? 今?」

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