第22話 暗黒戦士ヴァイザール
「なるほど。そう言われてみれば、たしかに。細身だったし、声も高かったような気もする」
泉澤は私の説明に納得したらしく、感嘆した様子で腕を組んでいる。
「でも、その女の子はどうして男装を?」
「理由はわかりません。色々と推測することはできますが、別になんだっていいんじゃないですか?」
男の子になりたかったから。男ものの服を着たかったから。なんとなく。
どんなものであろうと、それは間違いなく立派な理由で、無関係の他人からとやかく言われることではない。
それに、身体と心の性別が、必ずしも一致するとは限らない。
説明すると、やっぱりあいつは男だったのか! とか言われそうだから言わないでおくけど。
「まあ。そうだな」
泉澤は腕を組んでうなずいた。非常に満足そうだ。
「そんなわけで、この前まどちゃんが一緒に出掛けていた相手は、彼氏ではないということです」
私は推理した結果だけを述べた。そう。わかったのはその事実だけだ。
「当然だ。僕は最初からまどのことを信じていたさ」
今日、自習しに来ていた坂本めあに質問されたとき、簡単な足し算を間違えておいて、どの口が言うんだろう。
とりあえず、この前の相手が女子だったとしても、まどちゃんに彼氏がいないことの証明にはならないことは黙っておく。泉澤も、そのことにはまだ気づいていないようだし。
「よかったですね。でも、まどちゃんだって、いつかは誰かを好きになって、結婚だってするかもしれないんですよ。それまでにちゃんと、心の準備はしておいてくださいね」
これは余計な一言かもしれないと思いつつ、将来のまどちゃんのことを考えて口にした。
「それは……わかってる」
泣きそうになりながら唇をかみしめている。え、怖いんだけど。
「まどが将来、心から愛する人と一緒になりたいと言うのなら、その相手がどんな人間であっても、僕は全力でまどの幸せを願うよ」
泉澤の脳裏にはきっと、ウェディングドレスを身にまとい、愛する人の隣で笑っている愛娘の姿があるのだろう。
「だからそれまでは、まどとの時間を大切にしたいんだ」
泉澤の言葉に、思わず頬が緩む。
本当に娘のことが大事なんだな、と思った。
まどちゃんのデートの相手が女の子だとわかって、泉澤は元気になった。むしろ賑やかすぎるくらいだ。
「聞いてよ、鎌田先生。まどが昨日も可愛かったんだ!」
「そうですかー。よかったですねー」
私は、定規で引いたような棒読みで答える。
「まどと話しているだけで、尊さがあふれてくる。さすが、僕の推しだ。……これが、この前教わった、エモいってやつなのか?」
毎日のように若者と接しているからか、語彙が中年の男性のそれじゃない。
「たぶん違うと思いますよー」
そして、翌週の木曜日。鶴岡兄弟の授業がある日だ。
その中で、一つ楽しみなことがあった。
なんと私は、瑞樹の好きなアニメ『マジカル少女しるく』を視聴してきたのだ。子ども向けアニメだと侮っていたが、すぐにその面白さに驚いた。一話目から見ていたわけでもないのに、物語に引き込まれた。
今回は、しるくとその仲間たちが悪の組織の幹部とぶつかり合う話だった。一度はピンチになるものの、守るべきもののために再び立ち上がるしるくの勇姿に、胸が熱くなった。仲間の力を受け取り、新しい必殺技を放つしるくは、とても格好よかった。無事に組織の幹部を倒し、傷だらけの姿で「もう大丈夫」と微笑むしるく。あやうく惚れそうになった。
敵にも敵なりの正義があり、単純な勧善懲悪ものではないところも、非常に考えさせられる。道徳の教材になってもいいのではないかとすら思った。
うん。睡眠時間を三十分削ったかいがあった。
私が『マジカル少女しるく』を視てきたことを話したら、瑞樹は喜んでくれるだろうか。
「せんせー」
「はいはい。どうしたの?」
ほらきた。ちゃんと視てきたよ、しるくが格好よかったね、私は敵だけどレイジーが好きになっちゃった、あ、素顔がめっちゃイケメンだからってわけじゃないよ、イケメンは大好きだけど、と言う準備をしつつ答える。思わず頬が緩む。
「この前の『暗黒戦士ヴァイザール』観た?」
「え、なにそれ?」
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