第9話 蛇血石 強いぞ不可触の神
千葉県某所 百々宅 飛鳥井久仁彦
初手、口を開いたのは六道妙印さんだ。
渋い声が客室に響く。
「先ずはお詫びを申し上げたい。奥様、こちらの不手際で御主人にも迷惑をかけてしまった。申し訳ない」
深々と頭を下げる六道さん。
いい年齢の男性に頭を下げられて百々直美さんが反応する。
「そんな……頭をあげてください。私どもとしては解決してくださればいいのですから」
母親の言葉に百々若叶さんが軽く頷いていた。
「そのお言葉ありがく頂戴する。本題に入らせていただくと、御主人が体調を崩されているのは十中八九、蛇血石の影響であると推測している」
「蛇血石……」
直美さんの呟くよう言葉に六道さんが頷いた。
「御主人は鶏血石を仕入れたと思ってらっしゃるようだが、とんでもないものを掴まされてしまったようだ」
「すみません。その蛇血石ってどういうものなんですか?」
若叶さんが問う。
「見た目はね、とても鶏血石に似ているんだ。でも蛇血石っていうのは呪物なんだよ」
師匠の後を引き継いで六道さんが続ける。
「大陸の呪術で用いられるものだな。古くから鶏血石は貴人の間で使われていたものだ。要は暗殺に使われていたものだと考えていい」
「そんな! 主人は助からないんですか!」
立ち上がろうとした母の手を若叶さんが押さえている。
「落ちつきなさい。すぐに効果があるのなら我々も悠長にはしていない。御主人の症状をみるに中期といったところだ。十分に間に合う」
その言葉に安心したのだろう。
直美さんが中腰になっていたのをストンと落とした。
「御大、ご家族も心配されている。さっさと解呪してしまおう」
”そうだな”と師匠と六道さんが同時に腰をあげた。
「久仁彦くん、行くよ」
と言われてオレも腰をあげた。
師匠と六道さんは雑談しながら、ズンズンと百々さんのお宅を進んでいく。
案内されてないのに、なんで迷いなくいけるんだ?
二階から三階まで上がって、最奥の部屋のまで師匠たちは足をとめた。
「さて、久仁彦くん。なにか感じるかい?」
そんなことを言われてもな。
他の部屋と同じで何にも感じない。
首を傾げていると、師匠が笑った。
「ね? 御大。そういうことです」
「飛鳥井、そのドアを開けて中に入れ。部屋の中にある赤い石を取ってきて欲しい」
六道さんに言われたとおりに部屋の中に入る。
いちおう”お邪魔しまーす”と声をかけた。
ここは百々さんのお父さんの寝室なんだろう。
青い顔をして痩せた男性がベッドで魘されている。
その枕元に十センチほどの大きさの赤い石があった。
これでいいのかな。
と手を伸ばした瞬間だった。
ばちん、と大きな音が鳴る。
静電気が起きたみたいな感じだ。
でもオレの手には痛みもなにもなかった。
これで任務達成だな。
ちょっと変に思ったもののオレは赤い石を手に部屋を出た。
「師匠、これでいいんですよね?」
「うん。それでいいよ、ご苦労様」
六道さんはといえば、大きなため息をついていた。
「キミは……なんともないのか?」
「へ? 大丈夫ですよ」
「少しその蛇血石を見せてくれないか?」
六道さんに赤い石……じゃなくなっていた。
ついさっき師匠に見せたときは赤かったのに。
今はただの石みたいな薄ねずみ色になっている。
それを見た六道さんが、ふたたび大きな息をはいた。
六道さんに変色した石を渡す。
オレのせいじゃないよって意思をこめて目を見ておく。
弁償しろっていってもできないからね。
あ、でもオレけっこう稼いでるし、弁償できるのかな。
そんなことを考えていると、六道さんの手にあった石がサラサラと砂に返っていく。
六道さんはただただ手のひらを見つめている。
「姫、彼をこちらに譲る気はないか?」
「ない」
と師匠が言い切ってくれたのが地味に嬉しい。
「そうか、気が変わったらいつでも連絡してくれ。こちらは次期に据えてもいいぞ」
「そんなことを言っちゃあダメだよ、御大」
「わかってはいるのだがな」
「まぁその話は終わりにして、御主人の様子を見てきてあげなよ。わたしからご家族に説明しておくから」
”ふん”と鼻を鳴らして六道さんは部屋の中に入っていった。
「久仁彦くんには、あとで説明してあげるよ」
そう言って師匠は客室に向けて足を進めた。
オレもその後についていく。
なにがなんだかさっぱりわからん。
千葉県某所 百々宅ローズガーデン 飛鳥井久仁彦
師匠は客室に戻ると、”天気がいいから庭で話そう”と百々さん母子を誘った。
百々さん母子は渋っていたけど、師匠の勢いに押されたみたいだ。
表からは見えなかったけど、ローズガーデンの奥にはテーブルと椅子が設えられた四阿があった。
そこで師匠は”もう安心していいよ”と告げている。
しばらくすると六道さんもこちらへやってきた。
「奥様、既に話があったかと思うが解呪は成功した。御主人は今も眠っておられるが、夕刻には目を覚まされるはずだ。二・三日もあれば回復されるだろう。」
「本当ですか!」
直美さんが声をあげて喜色をうかべている。
その姿を目にした六道さんが大きく頷いた。
「ここしばらくは食事も碌にとれていなかっただろうから、消化のよいものがよろしかろう」
「ありがとうございます」
百々さん母子が揃って頭を下げる。
「そもそもこちらの派遣した術士が未熟だったせいで心労をかけてしまった、申し訳ない。それと礼をするのならこちらの二人だ」
六道さんの言葉に改めて二人がお礼をしてくれた。
「御主人が回復したら詳しく説明をしたい。追って連絡をいただけるかな?」
”畏まりました”と直美さんが承諾した。
それをきっかけに六道さんは百々邸から去っていった。
オレはと言うと、師匠から目で告げられたオーダーを実行する。
「百々さん、できたらでいいんだけどここでお茶させてもらえないかな? いやなに言ってんだって話なのはわかっているけど、すごくきれいだから」
なんてことを言うと、百々直美さんがコロコロと手元で口を隠しながら笑った。
「そんなに気に入ってくれたの?」
オレは少し顔を赤くしながら頷いた。
「うちの旦那はまだ寝ているみたいだし、せっかくだからこちらで昼食でもどうかしら?」
「いいんですか?」
オレから頼んでおいたのにそんなことを口走ってしまった。
師匠が百々さん母子から見えないように、オレの太ももをギュッとツネってくる。
”余計なことは言うな”ということか。
「もちろんです。正式なお礼は後日として昼食をご一緒しましょう。あとで庭も案内してあげるわ」
そう言いながら百々直美さんは、スキップを踏みそうな勢いで邸に戻っていく。
「飛鳥井くん。ああなったらうちの親、長いから覚悟してね」
「へ? どういうこと?」
昼食をとったあとで、オレはこぢんまりとしたローズガーデンをじっくりと案内してもらった。
バラの品種から愚痴まで色々とだ。
オレが解放されたのは陰が長く伸びるような時間だった。
師匠は百々さんと愉しくお茶を飲んで、のんびりしていたらしい。
なんかおかしくない?
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