第8話 蛇血石 いざ決戦の地へ


千葉県某所 百々宅 飛鳥井久仁彦



 四角形がいくつか集まったようなモダンな現代建築の家。

 それが百々さんのお宅だった。

 外観だけ見たら民家というよりはカフェ的なイメージだ。

 お母さんの趣味だといっていたローズガーデンが見える。

 こぢんまりとしているけど、しっかり手入れされているみたいだ。


 時刻は午前中。

 お昼には少し早いといった時間帯である。

 日の光をうけてバラがキラキラとして見えた。


 バラって春のイメージだったけど、秋にも咲く品種があるのか。

 なんて思っていると、付き添いできている師匠が歩を進めていた。


飛鳥井あすかいくん、今日はわざわざありがとう」


 百々さんが庭のところで待っていてくれた。

 そして師匠を見て、少しだけ目を見開いている。

 今日の師匠は黒いスキニーパンツに、同色の革ジャンとブーツというロックなスタイルだ。

 金髪ツーブロックの髪型とあわせてミュージシャンに見えてもおかしくない。


「え、と。そちらの方は?」


 ”師匠です”と言いそうになったところで鈴の鳴るような声がした。


巳輪朔夜みわさくや。くにっ……飛鳥井くんの知り合い、しがない祓魔師さ」


 先日、師匠に相談したあとのことだ。

 協会からの電話よりも、先に六道家から連絡があった。

 どうにも六林家では手に負えそうにないとのことで、六道家に相談があったのだ。

 

 本家である六道家がきっちり尻を拭くというのが、この業界では当然のこととも言える。

 しかし六道家からは師匠に協力して欲しいと連絡があったのだ。

 その要請を師匠は快諾した。


「百々若叶さんだったよね。六道家の人はもう到着しているのかな?」


「あ、はい。先ほどこられまして客室でお待ちいただいています。初めまして、百々若叶と申します。本日はよろしくお願いいたします」


 きれいな所作で頭を下げる百々さんは、良家のお嬢さんって感じだ。

 今日もクラシカルなロリータ服を着ているだけあって雰囲気がばっちりあっている。

 

「じゃ案内してくれるかな?」


 師匠の言葉に百々さんは頷いた。

 そして一瞬だけ、オレの方を見る。

 ”聞いてないわよ”とでも言いたげな表情だ。


 オレも目で謝意を示すと、百々さんが師匠を案内し始める。

 ローズガーデンに目をやっていると、すぐに玄関にとおされてしまった。


「久仁彦くん、あとでお茶でもさせてもらおうか」


 小声で師匠が言う。


「いいですね」


 と返してから気がついた。

 師匠はなんだか余裕綽々だ。

 今日は付き添いだって言ってたのに。

 師匠がサクッと解決してくれるのか?

 オレはなんにもできないぞ。

 

「失礼します」


 玄関からほど近い部屋にノックしてから百々さんが入っていく。


「巳輪様が到着されました」


 部屋の中には初老の男性が高そうな椅子に腰掛けていた。

 白髪交じりの頭髪が目立つものの、ビシッとしたスーツ姿である。

 黒縁のメガネの奥に光る目の力がやけに強い。


「御大自らが出張ってくるとは。お久しぶりですね」


「朔夜姫とその秘蔵っ子がくると聞いてはな」


 低音で腹に響くような渋い声だった。

 祓魔師ってのは見た目と声がよくないとダメな職業なのか。

 師匠といい、この男性といい、なんなんだ。


「こちらは六道妙印りくどうみょういんさん、六道家のご当主だよ。で、こっちにいるのが飛鳥井久仁彦くん」


 師匠に紹介されたので頭を下げて挨拶する。

 オレが名のると”ほう”と渋い声が聞こえた。


「これが噂の」


 ジロジロと見られる。

 そして”かか”と六道さんが声をあげて笑う。


「姫の手に負えるのか?」


「姫という年齢ではないですけどね」


 師匠が苦笑しながら続ける。


「御大の手には負えませんよ。いえ正確にはわたし以外は無理でしょうね」


 ”そこまでか”と呟いて、六道さんが珈琲カップを手にした。


「六道妙印と言う。以後はよしなに頼む」


 とオレに向けて頭を下げてくる。


「いやいや、こちらこそ色々とご指導ご鞭撻いただくことになると思います」


 慌ててオレも頭を下げた。


「立ち話もなんですから」


 百々さんが勧めてくれた椅子に座る。

 そのタイミングで百々さんは飲み物をお持ちしますと退室した。


「御大はどう見ておられるのですか?」


「十中八九、蛇血石であろうな」


 にぃっと師匠が笑顔を見せた。

 それは同じ考えだったということだろう。


「うちの久仁彦くんにお任せいただいても?」


「かまわんのか?」


「一級呪物が増えたとしても……面倒でしょう? うちの久仁彦くんならさっさと終わらせられます」


「姫にそこまで言わしめるとはな」


 師匠が頷く一方でオレはまったく話についていけない。

 たぶん詳しい話は百々さんにもするはずだ。

 そのときに聞けばいいか。


 ”譲りませんよ”と師匠が言う。

 二人の視線がバチバチと火花を立てているみたいだ。

 でもオレの取り合いしてるってことだよな。

 そう思うと気分は悪くない。

 もっとやってくれたまえ。

 まぁ師匠の元を離れる気はまったくないけどね。


 そこでドアがノックされた。

 百々さんとそのお母さんだろうか。

 若いときは美人でしたって感じの品のいい女性が姿を見せた。


百々直美どうどうなおみと申します。このたびは主人のことでお世話になります」


 百々さんが珈琲カップを置いていく。

 そして全員が席についたところで改めて話し合いが始まった。

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