不可触の神に愛されて
鳶丸
第一章 祓魔師見習い飛鳥井久仁彦の日常
第1話 山姫と呪物 師匠と山登り
禁忌の山域 飛鳥井久仁彦
俺と師匠が登山中の場所は禁忌とされる区域のひとつらしい。
俺は知らなかったんだけど、意外とこの国にはそういう場所があるそうだ。
師匠からの受け売りなんだけど、なっと。
足を止めずにふぅと息をはく。
師匠に弟子入りすることになって、二年目に突入している。
この仕事は身体が資本なんで、体力作りにも励んでいるけどまだまだだ。
先を行く師匠は息を切らさずに斜面を登っているっていうのに、俺はもういっぱいいっぱいだ。
「
師匠がくるりと振り返った。
男みたいな口調だけど師匠は女の人だ。
直に三十になるそうだけど、ぜんっぜんそうは見えないんだよな。
金髪ツーブロックとか攻めた髪型してるし、肌の張りとか艶は十代って言われたって納得できる。
あと内面からでるパワーみたいなのがスゴいんだよね。
で、すごく若々しく見えるんだ。
あとスタイルがモデルさんみたいっていうのもあるかもしれない。
いわゆるオバサン体型じゃないんだ。
「休憩できると、ありがたいっす」
師匠はケータイを出して時間を確認すると、うんと頷いた。
今の師匠は山伏みたいな格好をしているんだけどやけに似合っている。
でもこの格好にケータイはアンバランスだけど。
「予想よりも早くつきそうだしね。少し時間調整も兼ねて休憩しようか」
師匠の言葉を聞いて、俺はバックパックを下ろすと道端にある木の根元に座った。
師匠も近くの木に同じように腰かけている。
今日は満月だけど、山の中にいる割には明るく感じた。
そもそも街灯なんてない場所だからか。
月明かりだけでもハッキリと師匠の顔が見えた。
スッととおった鼻筋に切れ長の目。
かわいい系じゃなくて美人系の顔立ちだ。
師匠がメガネをかけていたら、できる女秘書って感じだろう。
そんな師匠は息を切らせることなく平然としている。
オレはかなり息を切らしているけどな
体力に差があるなぁと思っていると、師匠が小さなペットボトルを投げ渡してきた。
「水分補給を忘れないようにね。でも一気に飲んだらダメだよ。口に含んでからゆっくりと飲むんだ」
師匠の言うとおりに、ペットボトルの水を口に含む。
すると微かな甘みを感じた。
スッと鼻に抜けていくような爽やかな香りもする。
「美味しいですね、このお水。どこのです?」
「実家だよ。ウチが管理している神域があるって話はしただろ? そこにね、湧水池があるのさ。そのお水だよ」
「それって聖水とかそういうのです?」
「平たく言えばその類かな。そのお水が欲しくて、おカネをキロ単位で持ってくる資産家もいるくらいだよ」
「キロ……っすか」
「巷で売っているなんちゃらの水だのに何万円もおカネを出す人がいるだろう? それと同じだよ。ただウチのは偽物じゃないってだけ」
「あの……それって危なくないんですか? その水が出る土地を寄こせ的な」
「昔はね、久仁彦くんが言うようなこともあったみたいだけどね。あそこは神域にあるから、有象無象は近寄ることもできないんだよ」
それに……と師匠は少しためてから、とてもいい笑顔を見せて言った。
「ウチの管理してる土地はね、さるやんごとなき立場の御方から認められたものなんだよ。それに横槍を入れようものなら、ね」
あとは分かるだろう? と言わんばかりだ。
実際にはどうなるのかわからないけど、たぶん碌なもんじゃないはず。
しかし師匠の実家って、実はかなりスゴいんじゃないだろうか。
この国の最高権威と繋がりがあるなんて、俺みたいな小市民には想像もつかない。
「さて、と。疲れは取れたかい? そろそろ行こうか。さっきまでのペースだと、あと二十分くらいだから、もうひと踏ん張りだ、久仁彦くん」
「ウッス!」
と答えてから立ち上がる。
バックパックを背負って師匠の後をついていくが、終わりが見えてきたことで足取りも軽くなった。
しんどいことはしんどいが二十分くらいだ。
我慢できない時間じゃない。
過去にはもっと酷いこともあったからね。
こういう時に経験は自信になってくれる。
師匠の背中だけを見て無心で歩いていると、どうやら目的地についたみたいだ。
そこはちょっとした広場程度には開けた場所だった。
ただ石づくりの祭壇のようなものがある。
「まだ時間はあるけど先に準備しちゃおうか」
師匠は自分のバックパックから荷物を取り出していく。
分解された三方に
三方ってのは鏡餅をのせる台のことだ。
神さまに御供えする神饌を置くときなんかにも使われるんだぜ。
俺も自分の持ってきた荷物を出す。
木箱が二つに、伸縮する白木の六角棒なんかだ。
「じゃあ久仁彦くん。私は祭壇の準備をするから、注連縄で結界を作ってくれるかい? その石のとこ、六角棒が挿しこめるように穴が開いてるから」
「了解っす」
師匠の指示どおりに穴を探して六角棒を立てていく。
その間に注連縄を張って、護符をつけていけば完成だ。
「随分と手際がよくなったね」
単純かもしれないけど、褒められると嬉しくなるね。
師匠の方を見ると、石づくりの祭壇と緋毛氈、装飾品まで用意されていた。
ゴツゴツとした岩を上手く使っていて、自然物と人工物のアンバランスさが神聖な雰囲気を作っている。
ざっと見たところ、あとは焚火を幾つか用意しないといけないなと判断して師匠に声をかけた。
「師匠、じゃあ俺は薪になりそうな木を拾ってきますね」
ちょっと行けば木はたくさん生えている。
すぐに薪も見つかるだろう。
「悪いね。気をつけて行くんだよ」
はーいと返事をしながら、俺は暗がりへと足を進めた。
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