年越しのおはなし

年越しのおはなし①

 今日は大晦日。その年最後の一日である。年末年始は炬燵こたつにこもり、芸人が活躍するテレビ番組を家族と共に見て、のんびりとしたいところである。しかし、サービス業には年末年始など関係がない。

 喫茶エトピリカは、普段以上に混みあっていた。あちこちから軽食を、飲み物を求められ、センはてんてこ舞いだった。

 時刻は午後二時。そろそろ休憩に入りたいのだが、客足は途切れない。同僚達も、料理に配膳にと忙しい。自分だけこっそり休憩を取るのは狡いような気がした。


 仕方ない。今日は休憩無しで頑張ろう。そう決めて、今しがた開いたドアへと顔を向ける。


「いらっしゃいませー!」


 店に入って来たのは、黒い翼を持つ鳥子とりこCUROクロであった。


「また来たよ」


 センは苦笑する。

 CUROクロは、ハロウィンの来店以来、常連客となっていた。週に一度来ては、フルーツジュースを一杯だけ飲んで、センと喋って帰るのだ。

 いつもなら嬉しい客だが、今日は彼女の話し相手になれそうにない。どうしたものかと困ったセンの心境は、彼自身の顔にはっきりと出ていたらしい。

 

「そんな顔されたら悲しいなー」


 CUROクロは言う。これ見よがしに泣き顔を作ってみせた。


「ああ、ごめんっ。今かなり混んでてさ、席が空いてなくて……」


 センは慌てて弁解する。

 センの言葉は本当だ。店内には空席が全くない。カウンターも、ぎっしり人が詰まっているのだ。


 一方CUROクロはケロッとした様子。


「あはは。冗談よ」


 CUROクロはケラケラと笑う。先程の泣き顔が嘘のようだ。

 センは少しだけ機嫌を損ねてしまった。唇をきゅっと真横に結ぶ。


「ごめんごめん。

 今日も、センに用があって来たの」


「用?」


「うん。初詣、というか、年越し? 一緒にお寺に行かない?」


 センは目をぱちくりさせた。CUROクロの真意がわからなかったからだ。

 CUROクロは配信者であり、センは彼女のファンである。そのため、CUROクロの配信スケジュールはセンも知っている。

 三賀日が終わるまで、CUROクロは配信を休む予定だと言っていた。


 折角の休みなのに自分を誘う理由がわからないと、センは首を傾げた。


「あー、忙しいならいいの。ただ、友達として、一緒に鐘つきに行きたかっただけだから」


 CUROクロはひらひらと片手を振って、店を出るため踵を返す。それを見て、センは咄嗟とっさCUROクロへと手を伸ばした。CUROクロの手首を握った瞬間、センの顔が真っ赤に色付いた。冠羽かんうが開きそうになり、慌てて頭を撫で付ける。


「なぁに?」


 CUROクロは振り返って問いかける。その顔に、期待の色が浮かんでいるように、センには見えた。気のせいだろうか。


「行こう。鐘つき」


「ほんと? やったぁ」


 CUROクロはにっこりと笑みをうかべた。

 センの心臓が跳ねる。彼女の動作一つ一つに、振り回されているような気がしてならない。センは平常を意識してCUROクロの顔を見つめる。


「十時に駅前で。で、いいかな?」


「うん、いいよ。楽しみだなー」


 CUROクロの顔も紅潮しているように、センには見えた。彼女も友達とのお出かけを楽しみにしてくれているようなら、センとしては嬉しい限りだ。


「じゃあ、また駅前でね」


 CUROクロはそう一言残し、店を後にする。席の空きを待つことなく、商店街へと歩いて行ってしまった。


「何? デートのお誘い?」


 いつの間にいたのだろうか。クーがセンの背後に立ち、声をかけてきた。センの肩にクーの肘が乗せられ、センは驚いて冠羽かんうを立たせた。


「別に、そんなんじゃないって」


「いやいや、あれは絶対センを意識してる。断言する」


「いやいやいや。ただの友達。それだけ」


「ただの友達が、わざわざ二人っきりで年末過ごす?」


 店の入り口付近で、やいのやいの言い合いをしていた二人だが、背後に立った気配を感じて肩を震わせる。

 振り返れば、真顔で二人を睨むチイがいた。


「わかるわね?」


「は、はい……」


 小心者のセンとクーは、気が強いチイの迫力に怯え、震えた声で返事をした。

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