年越しのおはなし
年越しのおはなし①
今日は大晦日。その年最後の一日である。年末年始は
喫茶エトピリカは、普段以上に混みあっていた。あちこちから軽食を、飲み物を求められ、センはてんてこ舞いだった。
時刻は午後二時。そろそろ休憩に入りたいのだが、客足は途切れない。同僚達も、料理に配膳にと忙しい。自分だけこっそり休憩を取るのは狡いような気がした。
仕方ない。今日は休憩無しで頑張ろう。そう決めて、今しがた開いたドアへと顔を向ける。
「いらっしゃいませー!」
店に入って来たのは、黒い翼を持つ
「また来たよ」
センは苦笑する。
いつもなら嬉しい客だが、今日は彼女の話し相手になれそうにない。どうしたものかと困ったセンの心境は、彼自身の顔にはっきりと出ていたらしい。
「そんな顔されたら悲しいなー」
「ああ、ごめんっ。今かなり混んでてさ、席が空いてなくて……」
センは慌てて弁解する。
センの言葉は本当だ。店内には空席が全くない。カウンターも、ぎっしり人が詰まっているのだ。
一方
「あはは。冗談よ」
センは少しだけ機嫌を損ねてしまった。唇をきゅっと真横に結ぶ。
「ごめんごめん。
今日も、センに用があって来たの」
「用?」
「うん。初詣、というか、年越し? 一緒にお寺に行かない?」
センは目をぱちくりさせた。
三賀日が終わるまで、
折角の休みなのに自分を誘う理由がわからないと、センは首を傾げた。
「あー、忙しいならいいの。ただ、友達として、一緒に鐘つきに行きたかっただけだから」
「なぁに?」
「行こう。鐘つき」
「ほんと? やったぁ」
センの心臓が跳ねる。彼女の動作一つ一つに、振り回されているような気がしてならない。センは平常を意識して
「十時に駅前で。で、いいかな?」
「うん、いいよ。楽しみだなー」
「じゃあ、また駅前でね」
「何? デートのお誘い?」
いつの間にいたのだろうか。クーがセンの背後に立ち、声をかけてきた。センの肩にクーの肘が乗せられ、センは驚いて
「別に、そんなんじゃないって」
「いやいや、あれは絶対センを意識してる。断言する」
「いやいやいや。ただの友達。それだけ」
「ただの友達が、わざわざ二人っきりで年末過ごす?」
店の入り口付近で、やいのやいの言い合いをしていた二人だが、背後に立った気配を感じて肩を震わせる。
振り返れば、真顔で二人を睨むチイがいた。
「わかるわね?」
「は、はい……」
小心者のセンとクーは、気が強いチイの迫力に怯え、震えた声で返事をした。
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