年越しのおはなし②

 その夜は酷く寒かった。空からはチラチラと雪が降り始め、時折吹き抜ける風は雪を巻き上げる。

 駅前広場にある噴水。その側に立つセンは、黄色頭に張り付く雪の欠片を払いつつ、両手を擦り合わせていた。

 寒さに弱い彼は、首だけでなく口元までマフラーで覆い、冷たい空気を直接吸い込むことを防いでいる。

 まだか、まだかと相手を待つが、今は夜の九時半。待ち合わせ時間より、随分と早い時間であった。


 仕事が終わる間際、クーとソラにからかわれ、チイと店長にはニヤニヤと含み笑いをされてしまった。思い出すだけで腹立たしい。

 だが、CUROクロとのお出かけに浮き足立つ自分がいるのも確かである。喫茶エトピリカの従業員達は、そんな自分に気付いてからかったのではないかと考えると、センは恥ずかしくて苦笑いした。


「お、早いね」


 声をかけられた。センは振り返る。駅から片手を上げてセンへと向かってくるのはCUROクロであった。

 彼女もまた、寒さに弱いのだろう。厚手のチェスターコートに、厚手のマフラー。翼は膨らんでいて、寒さに震えていた。


「そんなに楽しみだったんだ?」


「君もでしょ?」


 待ち合わせよりも早い時間に二人とも揃ったということは、二人とも楽しみにしていたようである。互いの顔に笑みが浮かぶ。

 二人は並んで歩き出す。


「寒いでしょ。はい、これ」


 センが差し出したのは未開封のカイロ。


「ありがとー」


 CUROクロはそれを遠慮なく受け取った。

 カイロを開封し、何度か揉み、温かくなるのを待つ。次第にじんわりと温かくなってくると、CUROクロの顔がフニャリと溶けた。


「あったかー……」


「どこのお寺行く?」


「んー……その前に神社行かない?」


 その提案は実に魅力的だった。

 寺の鐘つきが始まるのは大抵夜の十一時から。まだ鐘つきの時間には早いのだ。

 神社はさほど遠くない場所にあるし、立ち寄るにはぴったりだ。


「いいね。神社行こう」


 駅前広場を横切り、国道沿いに歩く。

 さほど歩かないうちに、赤く大きな鳥居と石段が見えてきた。年末だからか。普段はひっそりとたたずむ神社だが、今日は参拝客がひっきりなしに石段を上り降りしている。

 人間も、鳥子とりこも、すれ違う人達に「よいお年を」と声をかけ、来年の幸せを祈り合う。何とも素敵な風習だと、センはしみじみと思った。


 センとCUROクロは、二人並んで石段を上る。

 鳥居の奥から、奥ゆかしい音色が流れてくる。鋭い笛の音に、優雅な弦の音。


「この曲聞くと、年末って感じするよね」


雅楽ががくっていうのよ。確かに、年末年始で聞くことが多いよね」


 石段を上りきり、二人は僅かに乱れた息を整えるべく深呼吸した。

 鳥居の奥には手水舎ちょうずや、その奥に本殿。その間に、イベント用の簡易テントが広げられ、テントをはみ出して並ぶ人々がいた。

 センは手水舎ちょうずやに寄るより先に、テントの方へと向かう。


「ああ、甘酒かぁ」


 どうやら甘酒が振る舞われているようだった。寒空の下で飲む甘酒は、きっと美味しいのだろう。


「後で寄ろうか」


 センはCUROクロを振り返って声をかける。

 手水舎ちょうずやに、彼女の姿を見つけた。CUROクロは何やら黒いものを手に持ち、じっと見つめている。


CUROクロ?」


 センはCUROクロに近付きながら声をかける。CUROクロはパッと顔を上げ、黒い何かを地面に捨てた。


「何かあった?」


 センは問い掛ける。CUROクロは慌てて首と両手をブンブンと振る。


「ううん、なんでもないよ。それより、早く参拝しよう」


 センの背中を押し、本殿へと促すCUROクロ。焦っているようにも見えたが、センはそれに触れないことにする。

 本殿はさほど大きくない。立派ではあるが、こじんまりとした神社である。

 センとCUROクロは、賽銭箱さいせんばこに小銭を放り込む。


 CUROクロ合掌がっしょうし短くお祈りを済ませた。

 センは作法にのっとり、二礼し、二拍手。何やらモゴモゴと呟いて、眉間にシワを寄せている。


鳥美咲町とりみさきちょう一丁目、三番十二号……今年はお世話になりました。来年はきっと有名になれますように……」


 CUROクロの耳に、センの必死な願いが聞こえてきた。

 名前と住所を念じてから自分の願い事。実しやかに囁かれる、神社のお参りの作法である。

 センの願いが叶うといいなと、CUROクロは思った。


 やがて、センは本殿に一礼して顔を上げる。


「甘酒、飲む?」


「ああ、あれ?」


 CUROクロはテントを指さした。甘酒独特のツンとした匂いに誘われて、センとクロはテントへと向かう。

 どうやら、カセットコンロに鍋を乗せて、甘酒を温めているようだ。立ち昇る湯気が風に吹かれて、センの頬を撫でる。

 列に並んで少し待つ。やがて自分達の順番が来ると、若い巫女が紙コップに入った甘酒を二人分用意してくれた。


米麹こめこうじから作った甘酒なので、鳥子とりこさんも安心して飲めますよ(※)」


 ということは、アルコールが含まれない甘酒のようだ。

 センとCUROクロは、それぞれ紙コップを受け取った。列から離れ、鳥居の下に移動する。


 センは甘酒を一口すする。

 砂糖とは違う、優しい甘みが舌に広がる。温かさがとろりと体に染み渡った。凍えた体が生き返るようだ。

 隣を見れば、CUROクロも舌鼓を打っていた。顔がとろけている。その表情が可愛らしくて、センの心臓がドキリと跳ねた。


「久しぶりの甘酒、美味しいねー。

 って、どうかした?」


 センの視線に気付いたのだろう。CUROクロはきょとんと首を傾げる。


「あ、いや。甘酒、美味しいね」


 センは慌ててCUROクロから目を逸らし、甘酒をぐいとあおるのだった。


(※本物の鳥さん達には与えないでください) 

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