口笛のおはなし

口笛のおはなし①

 夕刻、駅前の商業街。人々が闊歩し、車が行き交う。彼らは仕事や学業を終えて、帰路についているところだろう。

 辺りはオレンジの光に照らされて、影が長く伸びている。一日の終わりと寂しさを感じさせる中、彼はいそいそと駅に向かっていた。


 鮮やかな黄色い髪をした鳥子とりこ、オカメインコ族のセンも、アルバイトが終わり、家へと帰るところである。

 その前にやりたいことがあった。


「リツに怒られちゃうかな」


 センと同じ黄色い髪をした妹の顔が脳裏をちらつく。だが、前もって役所に申請していたことなのだから、やらなければ仕方ない。


 駅前の広場にある、円形の噴水。そこにセンは向かう。

 噴水のふちには何組かのカップルが腰掛けて談笑している。

 彼らの邪魔にならないよう場所を確保すると、センは背中からギターケースを下ろし、中からアコースティックギターを取り出した。

 センはギターを使った弾き語りを趣味にしていた。とりわけ、アコースティックギターを好んでいる。

 噴水を背にしてチューニングを始める。弦を一本ずつ弾き、音を聞く。音が歪んでいるようならペグを巻く。


「うん、今日もいい音だ」


 そうして、センはギターを弾き始めた。選んだのは、アップテンポなロックだ。


「あの日の出会い、今でも胸にある。

 さざめく気持ち、もう止められない」


 センは歌う。高らかに。

 ギターは歌う。センに合わせて。

 

 歌はもっぱら、彼が作ったオリジナルソングだ。決して良いとは言えない出来であったが、センは自信満々な様子で歌っていた。


「何あれ?」


「見てみようぜ」


 まばらに人が集まり始める。ストリートミュージシャンなど珍しくはない。

 人が集まる理由は、センが鳥子とりこだからである。鳥子とりこという人種はその派手な容姿のため、目を引くのだ。


 髪は鮮やかな黄色の羽。

 頭の頂点に数本の冠羽かんう

 両腕を覆う黄色は、風切羽かざきりばね雨覆羽あまおおいばね


 鳥子の顔は人間と同じ。だが、人間とは全く違う体をしているのだ。

 その一風変わった姿と、オカメインコ族特有のハイトーンボイスが、人々を惹き付けていた。

 センは笑顔を浮かべる。何が理由であろうと、人が集まってくれるのは嬉しい。歌を聴かせるきっかけになる。


「一生分の幸せを一緒に、探していきたいよ……」


 アコースティックギターの、角がない柔らかな音色は、辺りに染み渡るように響き、やがてフェードアウトする。

 パラパラと小さく拍手が起こる。センが辺りを見回してみれば、五人の観客がそこにいた。


「ありがとうございます!」


 初めてのストリートライブで、初めての拍手を貰えた。それだけで嬉しくてたまらず、頬が上気する。

 再びギターの弦を弾く。先程歌った曲とはまた違い、J-popを意識した弾むような曲だ。


「さあ、駆け出そう。

 ここから始まるんだ。

 未来への片道切符、握りしめて」


 こちらもまた、洗練されていない初心者らしい曲である。だが、ストリートライブというこの場では、未熟さも魅力であった。

 人の集まりは良いとは言えないが、途切れることはなかった。誰かが立ち去れば、別の誰かが足を止める。

 初めてのストリートライブが上手くいき、センは上機嫌である。二曲目が終わると、再び礼を言って頭を下げた。


「では三曲目」


 ギターに手をかけたその時だ。


CUROクロの曲弾いてよ」


 突然、そんな声が聞こえた。

 センは冠羽かんうをピンと立てて、声の主を探した。


 すぐに見つかった。

 黒いストレートヘアを伸ばした長身の女性。その腕には黒い翼。センと同じ鳥子とりこであった。


 彼女が言う「CUROクロ」とは、今を時めく鳥子とりこの女性シンガーである。動画サイト出身のその人は、公の場に顔を出さない。そんなミステリアスさと、キャッチーなメロディ、そして青春映画のような爽やかな歌詞が人気を博していた。


 確かにセンの透き通ったハイトーンボイスにはよく似合う曲かもしれない。

 だが、センにはセンのプライドがある。自分が作った曲を歌いたくて弾き語りをしているのだ。


「あ、すみません……CUROクロの曲はまだ勉強中で……」


 内心は「なんだコイツ」と不快感でいっぱいだったが、それを表情に出さないように笑顔を徹した。

 鳥子とりこの女性は、ずかずかとセンに近付いて、彼のアコースティックギターを見る。


 センはドキリとした。


 よく手入れされたつややかな黒髪。くるりと巻いた長い睫毛まつげ。潤んだ唇。彼女が近付いてきた瞬間、フルーツを思わせる甘い香りがふわりと漂った。


 彼女はとても美人であった。


「嘘。あなたの曲、CUROクロによく似てるもん。そのギターも、CUROクロと同じモデルでしょ」


 再びセンの心臓が跳ねる。

 彼女、よく知っている。コアなファンしか知らないような、ギターのモデルまで。


二番煎にばんせんじを目指すくらいなら、いっそCUROクロの曲歌った方がいいよ」


 鳥子とりこの女性は無表情でそう言って、センに背を向けた。石畳の地面をヒールで叩きながら、彼女は広場から立ち去っていく。

 センはポカンとした顔で、その女性の後ろ姿を見つめる。


 女性に言われたことはもっともだ。

 センは数年前から「CUROクロ」のファンで、彼のオリジナルソングは、CUROクロの影響を大いに受けていた。

 だがセン本人は、女性に指摘されるまで、そのことに全く気づいていなかった。


 途端に羞恥心しゅうちしんが彼を襲う。顔を真っ赤に染め、ギターを握る手が震える。喉奥がせき止められ、何も歌えそうにない。

 センのその様子を見て、観客は興が削がれたようだった。少なかった観客は、あっという間にセンから離れていなくなってしまう。

 センは一人、ギターを片付け始めた。

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