台本『福男』(著作権フリー)
地下鉄ターミナル。男二人歩いてくる、片方があるチラシを見つける。
男1:『福男』……幸福を掴むのは誰だ、参加者募集?
男2:あ、今年やるんだ。『福男』レース。――俺、出てみちゃおっかなぁ!
男1:やめとけやめとけ、お前には無理だ。
男2:なんでだよ、せっかくやる気になってるっていうのに
男1:幸せってモンは手に入れてからが大変なんだ。知識も努力も要る。お前みたいに、なーんも知らねぇ情弱には重すぎる。
男2:出た、お前さんの『哲学』。……心配しすぎなんだって。手に入れてもないのに、後のことを考えてどうする? そういうの、『取らぬ狸の海鮮丼』って言うんだぜ。
男1:皮算用、な。俄然行かせるわけにはいかなくなったな。お前は今回もテレビの前でって、おい!
男2:お前さんの小言は聞き飽きたぜ! 俺は絶対に掴み取るからな、幸せってヤツを!
男2、走り去る。
男1:俺は、止めたからな……知ーらない。
場面が変わる。競馬場のような場所。実況席に実況と解説の人が居る。
実況:さぁ始まりました、『第69回福男レース』! 実況は私、
解説:いやぁ、今回もいい顔をした選手が集まっておりますので、一概にこれとは決め難いですが……選ぶとすれば、ゼッケン7番の選手でしょうね。
実況:ゼッケン7番というと……あぁ、これだ。7番・ギフテッド選手! 堕胎原さん、選んだ理由としては?
解説:はい、7番の選手は遠くからでも仕上がりの良さがビンビン伝わってきます。この日までに仕上げてきたのでしょうか。持っている力を存分に発揮できれば、勝利のチャンスは大いにあるでしょう。
実況:ありがとうございます。今、続々とゼッケンを付けた選手が入場してきました。
解説:仕掛ける機会をふいにしないよう、頑張ってほしいです。
実況:レース開始まで後5分。それまで現地での様子を見てみましょう。中継繋がっております、現場の
場面が変わる。男2、113番・ムチコウガンのゼッケンを付けて、レース場まで歩いている。
ある男が途中から同行してくる。男2は気付かない。
男2:よっしゃ! 遂に来たぜ、この日が、この時が! 一着になったら福男か……やべ、ちょっと緊張してきたな。
男3:ね、
男2:しかし、福男って実際何なんだろうな? いきなり筋肉モリモリのゴリマッチョになったりとか?
男3:ね、ね
男2:いや、めちゃめちゃ頭が良くなるとかか?
男3:ね、ね、ね
男2:いや。ここは敢えて、全員ゲラ笑いするようなユーモアセンスとか?
男3:聴いてよっ!
男2:うわ、ビックリしたぁ! ……って、お前さんも選手か。
男3:何度も肩叩いたのに気付かないなんて、鈍すぎじゃん。
男2:ほおほお、73番・キズノナメアイ、ねぇ。
男3:読むな!
男2:あぁ、ごめんごめん。
男3:あの……さっきから気になってたんだけど、本気でレースに勝つ気なの?
男2:ん? 俺はいつだって本気だぜ。 なんたって俺はやる気、勇気、空元気で出来てるからな。
男3:空元気の使い方あってるの?
男2:まぁまぁ、細けぇこたぁいいじゃねぇか。それより、なんだ? お前さん、レースに勝ちたくないのか?
男3:そりゃ勝てるなら勝ちたいけどさ……あと、お前さんって呼ぶのやめてくれない?
男2:勝ちたいなら、ガチでいくしかねぇよな。ガチさでいくなら、俺だって負けてねぇけどな。……おっ、もうすぐ始まっちまう。レースでは本気でやり合おうぜ、じゃな!
男、走り去る。
男3:やっぱり、解ってないんだ……。
場面が変わる。競馬場のような場所。選手が集まり、スタートを切るゲートは人で溢れている。
実況:さぁ間もなく開始です、『こみやぐちステークス』ダート4000メートル・長距離。春先の快晴、地面の状態は良好です。三番人気、6番・ヨウショウシンドウ。
解説:気合い十分といったところでしょうか、いい走りを見せてくれそうです。
実況:二番人気、54番・イガクブハイジン。
解説:ダートでの参戦。不慣れでしょうが、頑張っていただきたいです。
実況:一番人気、7番・ギフテッド。
解説:一番人気にふさわしい走りを期待しています。
実況:さぁ、開始の合図が行われます。見合って見合って……。
開始の合図が起こる。(ゲート開くでも、ピストルの空砲でも可)
実況:さぁ、スタートしました! どの選手も一斉に走り出し…………ていない! 何人か! スタートラインから一歩も動かない選手が見られます! 堕胎原さん、これはどういうことでしょうか?
解説:これはいけませんね。出だしから一歩も動けない状態・通称『始末出遅れ』に陥っています。始末出遅れ自体は珍しくはないのですが――。
実況:始末出遅れに掛かっているのは4番・リュウザンレッド、99番・メンタルトウフ、87番・マザーインボウロン。既に先頭とは50メートル差がついていますが、大丈夫でしょうか?
解説:仕方がありません。彼らはやむを得ない事情があって出遅れているのです。子宮さん、そろそろ先頭へ……。
実況:え、あぁ、そうですね。代わって先頭集団、一着争いを続けるのは6番・ヨウショウシンドウと7番・ギフテッド。その後ろに77番・ブナンビスタ、11番・チョケ。一対一対一対一の先手争いが続いております。このレースの行方は、この選手達に託されたか?! いよいよ、第一コーナーにさしかかる!
レースに焦点を当てる。
ギフテッド:先に行くのは僕だ!!
ヨウショウシンドウ:いや、俺だ!!
スローモーになる。この先、ギフテッドの心の中。
ギフテッドM:横の奴、8回呼吸するごとに1回、体が左にぶれるな……。速度も下がってる。
ヨウショウシンドウ、8回呼吸するごとに1回、体が左にぶれる。
ギフテッドM:とすると、呼吸回数をx、速度をyとしたときの一次関数は……。
ギフテッド、メモ帳を取り出し、計算をする。一通り終えると、ヨウショウシンドウがブレる度に加速していく。
ギフテッドM:……いける! 差が縮まってる! この勝負……
ギフテッド:もらったあぁぁぁぁーーっ?!
ギフテッドに電流走る。
天の声:突如として、7番・ギフテッドの脳内に流れ込む――存在しうる記憶。
場面変更。小学校。
ギフテッド:だーかーら、2+2+2+2なんて、2×4=8で出せるじゃん! 何で解らないの!?
子供1:だって、ギフテッド君、学校で習ってないことばかり言うもん。わかんないよ
ギフテッド:いや、普通に解るでしょ、馬鹿なの?
キーンコーンカーンコーン。帰りの会になる。
先生、教壇に立つ。
先生:誰か、連絡がある人は居ますか?
子供1:はい。
先生:はい、子供1君。
子供1:ギフテッド君が、僕のことをバカって言ってきました。
先生:それでは、ギフテッド君がどうしてそんなことを言ったのか、皆で考えてみましょう。ギフテッド君、帰りの会が終わったら、職員室へ来るように。
数日後。
ギフテッド:あ、あのさ
子供1:でさ、この前『超獣合体サンダーライガー』のアニメがさぁ!
子供1、ギフテッドを無視。通り過ぎる。
ギフテッド:ね、ねぇ
子供2:あの先生、マジ意味分かんないんだけど! ちょーっとメイクしたぐらいで没収ってさ!
子供2、ギフテッドを無視。通り過ぎる。
場面変化、テスト返し。ギフテッド、答案を返され、何かに気付く。
ギフテッド:先生。この問題、あってるのにバツになってます。
先生:んー、いや、バツです。
ギフテッド:なんでですか! 11+39は50に決まってますよ!
先生:さくらんぼ計算、教えたのに使っていませんよね? だからバツです。
ギフテッド、お先真っ暗。
場面変更。レース中に戻る。
ギフテッド、大幅に失速。
実況:おおっと?! 一番人気の7番・ギフテッド、ここで大幅なスピードダウン! 一体何があったのでしょうか!
解説:あぁ、ありますよね。このようなタイプには。
実況:なんですかその含みのある言い方……お茶の間にも伝わるようにはっきりと!
解説:能力が高すぎるがゆえの孤独です。あまりに逸脱し過ぎて、同年代には彼に愛を伝える人間がいない。高い能力には、代償が付き物です。彼の場合、学問に対してのギフテッドなので、少年時代は大人に押さえつけられるままに終わるでしょう。ここから速度を取り戻すのは、何か大きな力が働かない限り絶望的でしょうね。
実況:何だか私にはよく分かりませんが……失速したギフテッドを横目に、追い上げるヨウショウシンドウ! どんどん後続を突き放していきます! まだ序盤、仕掛けるチャンスは多くあるとはいえ、このリードは大きいか?
解説:いえ、これは彼にとって逆効果でしょう。この序盤でスピードを上げると……。
この先、ヨウショウシンドウの心の中。
ヨウショウシンドウM:何が、起きたんだ? 俺はあいつに追い抜かされたと思っていた。しかし、今は俺が前に出ている……。まぁいい。あっち側に立つんは……
ヨウショウシンドウ:俺だぁぁぁーーっ?!
ヨウショウシンドウに電流走る。
天の声:突如として、6番・ヨウショウシンドウの脳内に流れ込む――存在しうる記憶。
場面変化。高校。
ヨウショウシンドウ:俺、自慢じゃないけど、この高校勉強ほぼなしで入ったんだよ、すげーだろ?
友人1:あー、そりゃすごいね。僕は結構苦労したんだ。塾にいって毎日10時間勉強してさ……。
ヨウショウシンドウ:中学のテストだって一番以外取ったことなかったしぃ? 塾のテストだって、偏差値60から落としたことなかったんだぜ!
友人1:そういえば、来週からテスト期間だね。その感じだと、もしや……?
ヨウショウシンドウ:あったり前さ! 俺ならノー勉で余裕だね!
友人1:……それなら、僕もノー勉でいこうかな。
ヨウショウシンドウ:おっ、行っちゃう?
キーンコーンカーンコーン。授業が始まる。先生入ってくる。
先生:はーい授業します。今日は教科書の12ページ、助動詞の未然形接続から。『る、らる、す、さす、しむ、ず、じ、む、むず、まし、まほし』。ハイ復唱!
ヨウショウシンドウ以外、復唱する。ヨウショウシンドウは机に突っ伏して寝る。
先生:『る、らる、す、さす、しむ、ず、じ、む、むず、まし、まほし』。ハイ。
同メンで復習。
友人1:『る、らる、す、さす、しむ、ず、じ、む、むず、まし、まほし』、『る、らる、す、さす、しむ、ず、じ、む、むず、まし、まほし』……。よし、見ずに言えるようになってきたな。意味は……。
場面変化。家。
ヨウショウシンドウ:テストまであと一週間か。俺なら余裕だな! ゲームゲーム!
暗転。
ヨウショウシンドウ:テストまであと三日か。まぁなんとかなるだろ! 漫画漫画!
暗転。
ヨウショウシンドウ:ようやく、明日がテストか。部活がないのも今週で最後かぁ、嫌だなぁ……。
一応、何が出るかくらい見ておこうかな。
ヨウショウシンドウ、テスト範囲用紙を見る。青ざめていく。
ヨウショウシンドウ:おいおい、マジ……? え、ちょっと待って、聞いてないって。てか、つーことは……。
ヨウショウシンドウ:慌てて机に向かい、宿題を進める。
場面変化。テスト返却の日。
友人1:どうだった? テスト。
ヨウショウシンドウ:……いやー実は、前日ゲームしてて、気付いたら朝になっててさぁ! 全然頭働かなくて、上手く考えられなかったよ。いつもなら、こんなテスト百点なんだけどなぁ! てかそっちこそどうだったんだよ。
友人1:いや、あんまよくなかったよ。
ヨウショウシンドウ:ほんとか!? 見せろ!
友人1:あぁっ、ちょっと!
テスト用紙に書かれた、98点と二重線。『惜しい!』とメモ書きしてある。
ヨウショウシンドウ、怒って友人1の胸ぐらを掴む。
ヨウショウシンドウ:……は?
友人1:や、やめてよ、恥ずかしい……。
ヨウショウシンドウ:お前……勉強してきたんだろ! この点数は! おかしいだろ!
友人1:いや、ノー勉だって!
ヨウショウシンドウ:いーや、絶対にした! この裏切り者!
ヨウショウシンドウ、友人1に振り払われ、床に倒れる。
ヨウショウシンドウ:おい、何すんだ!
友人1:あのさ、ノー勉って、家で勉強しないって意味であってる?
ヨウショウシンドウ:あぁ、そうだよ!
友人1:だったらさ、その分授業集中してさ、見たこととか知ったこととか何度も見返して、授業中に覚えきらなきゃいけなくない?
ヨウショウシンドウ:あほか、授業中だけで覚えるなんて出来るわけねぇだろ!
友人1:いや、出来るけど? それより、ヨウショウシンドウの点数は?
ヨウショウシンドウ:あ、おい!
友人1、ヨウショウシンドウからテスト用紙を奪う。2点。再試の赤丸が書いてある。
友人1:あのさ、ずっと思ってたんだけどさ。
ヨウショウシンドウ:……。
友人1:お前、大して凄いヤツじゃないよね。
場面変化。レースに戻る。
ヨウショウシンドウ。完全に停止。
実況:ああーっと! ヨウショウシンドウ、完全に停止してしまいました!
解説:能力のある人間、いや、能力があると
実況:ほぉ、それが起こるとどうなるのでしょう?
解説:『十六歳病』そのものが悪さをするワケではないのですがね……実際、自身を見つめ直して身の程を知り、努力と改善意識を植え付けるいい機会になるのです。ただ――そこで努力を重ねられる人であれば、の話ですが。
ヨウショウシンドウ、レースを逆走する。
実況:あっ! ヨウショウシンドウ、逆走しています! 縋る縋る、先程まで自分がいた地点に向かって、全速力で走って行きます!
解説:過去の栄光に寄り添い始めましたね。こうなると、もう復帰は出来ないでしょう。ご愁傷様です。
ヨウショウシンドウ:なんでだよぉ……! 俺は賢いはずなのに……人よりデキるはずなのに……!! うわあぁぁん!!
ヨウショウシンドウ、後方の73番・キズノナメアイに接触。抱きしめ合う。ヨシヨシタイム。
キズノナメアイ:そうだよね。バカにされて辛かったよね。でもいいんだよ、頑張んなくたって。君は君のままで……
ヨウショウシンドウ:ん……ママーーーッ!!
実況:えーと、これは?
解説:これはいけませんね。ビジネスママに取り囲まれてしまったようです。
実況:ビジネスママ? いやいや、あれは無償の愛を与えているようにしか見えませんが……。
解説:それが罠なのですよ。愛を与えるように見せかけ、相手の堕落を誘うのです。依存先がなければ、罪悪感などで自立できる可能性はなくはなかったのですが、認めてくれる人がいると罪悪感が溜まらない。73番・キズノナメアイの駆け引きが強く刺さりましたね。
キズノナメアイ、ヨウショウシンドウをレース場奥へ突き落とす。
実況:キズノナメアイ、ヨウショウシンドウを突き落とした! ヨウショウシンドウ、リタイア!
解説:いわゆる詰みです。ここまでよく戦いました。
実況:状況を整理しますと、現在先頭は77番・ブナンビスタ。その後ろから、54番・イガクブハイジン、56番・マーチイカエフラン追いすがる。内から2番・ノースウガクテースト、大外から、66番・イカシカウラグチが回ってきています。そして少し離れて11番・チョケ。
解説:先頭は団子状態になる気配がうかがえますね。
実況:さぁ、先頭集団は第2コーナーにさしかかるところですが、『こみやぐちステークス』の鬼門である坂が待ち構えています。ここを踏破できるかどうかで、福男レースの勝敗が決まると言われても過言ではありません!
解説:短距離の坂とはいえ、体力を奪われるのは間違いないですからね。『こみやぐちステークス』が根性レースと囁かれるのも頷けます。
実況:さぁ、いの一番に駆け込んで来る選手は誰か?
ここから、選手達の脳内。
ブナンビスタM:来た、『こみやぐちステークス』の坂!
イガクブハイジンM:根性トレーニングは済ませてきた、それに賭ける!
マーチイカエフランM:少々場難だが……ここで受けきるしかないか。
ノースウガクテーストM:俺は内、苦手を極限まで減らした走りなら?
イカシカウラグチM:大外からなら、坂は避けられる!
先頭集団:いっけぇぇぇぇ!
先頭集団に電流走る。
天の声:黒い閃光は、微笑む相手を選ばない。
場面変化。部隊二分割。上手から、ブナンビスタ、イガクブハイジン・マーチイカエフラン。
ブナンビスタ:なんとか地方国公立の人文学部に進学。四年で平均20単位でなんとか卒業。そんな僕にも、春が来た。就活の春が。
場面変化。面接の会場になる。
面接官:では、ブナンビスタさん。あなたのガクチカを教えてください。
ブナンビスタ:ガクチカ、ですか? えぇ、大学で人文学の勉強を……
面接官:そこから何を学び、実践することができましたか?
ブナンビスタ:あっ、えーーと……。
面接官:では、質問を変えましょう。御社の志望理由を教えてください。
ブナンビスタ:それは、えーー
面接官、ブナンビスタのゼッケンを取り換える。ブナンビスタから、77番・ノンフレーバーデザートに変更。
ノンフレーバーデザート:え?
面接官:では、これで面接は終わりです。
ノンフレーバーデザート:いや、まだいろいろ質問が
面接官:お帰りください、これ、面接の結果です。
ノンフレーバーデザート、面接官から手紙を受け取る。不採用通知。落胆。
イガクブハイジン、マーチイカエフラン、共にテスト終了。
イガクブハイジン:目指すところは違うけど、絶対受かろうな!
マーチイカエフラン:あぁ!
数週間後。二人、受験票を持ってそれぞれの大学へ。
イガクブハイジン:……え
マーチイカエフラン:落ちてる……。
お互い塾で浪人生。
イガクブハイジン:医学部以下は人間以下、医学部以下は人間以下、医学部以下は人間以下……。
マーチイカエフラン:マーチ以下はFラン、マーチ以下はFラン、マーチ以下はFラン……。
一年経過。なんでもいいから帽子を囲む。
イガクブハイジン:医学部じゃなきゃ嫌だ、医学部じゃなきゃ嫌だ、医学部じゃなきゃ嫌だ
マーチイカエフラン:マーチじゃなきゃ嫌だ、マーチじゃなきゃ嫌だ、マーチじゃなきゃ嫌だ
帽子:では、敢えてこうしよう。ロウニンセイ!
二人:ぐにゃあぁぁぁぁぁぁあ――。
場面変化。レースに戻る。
実況:坂にぶつかっていった先頭集団、全壊!
解説:ペースと流れは先頭集団が握っていますからね、打開できる選手がいなければ、今回は坂を登り切る選手は現れないと考えて良いでしょう。
実況:しかし、酷いことするもんですねぇ! こんな急な坂を配置するなんて! 私が走っていたときも……。
解説:子宮さん、私怨が漏れてます。
実況:――気を取り直して、大外から入るイカシカウラグチ、内から内から、ノースウガクテースト。
チョケは三番手です。
解説:大外、内は坂が比較的緩いですからね。一種の作戦ではあります。ただ……。
場面変化。舞台二分割。上手から、イカシカウラグチ、ノースウガクテースト。
ノースウガクテースト:数学なしで私立文系に入ったけど、努力経験薄くて単位も中々取れん……は? 残り二か月で36単位? カモ授業も取り尽くした? しかも今日、テスト二つあるんか! それに一限目……はー、あほくさ。大学やめよ。
イカシカウラグチ:親の七光りで医科歯科大に入れて貰ったけど、国試むずすぎんか? ワイ、何年浪人せないかんねん! ……はーあほくさ。大学やめよ。
両親1:大学やめるなんて何事だ! お前にいくら金を掛けたと思っているんだ!
両親2:今まで掛けてきた金額は、耳揃えて返済して貰うからな!
ノースウガクテースト:あぁは言っても、うちの親は甘いからな。ほとぼり冷めるまでバイトして、あとはニートでいいや。
イカシカウラグチ:ワイは学生時代勉強ばかりでしんどかったし、もうちょっとだけニートしててもええやろ。
両親1・2:お前はもううちの子供ではない! 破門だぁーっ!
二人:ぐにゃあぁぁぁぁぁぁあー。
舞台変化。レースに戻る。
実況:おっと、先頭集団が停止してしまいました。どういうことでしょうか?
解説:前方の二人。策としては素晴らしいですが、策だけでは勝てないのが『こみやぐちステークス』。単純に根性トレーニング不足ですね。後続する11番・チョケは、根性があったとしても坂への対処を知らないようです。ここをどう乗り切るか、見所ですね。
チョケ、考えに考え、ネタを披露する。
チョケ:喫茶店に来たぞ。あれ? Wi-Fi繋がってるのに、動画が見れないぞ? 『余計なお世Wi-Fi!』
場の空気が止まる。
チョケ:いや、時代は音ネタか。――武勇伝、武勇伝、ぶゆうでんでんででんでん、レッツゴー!
下積み通らず速攻デビュー! すごい! 経験薄くてボロが出る! 武勇伝、武勇伝、ぶゆうでんでんででんでん、レッツゴー! ピン芸人でペアを組む! すごい! 相方だけがテレビ出る! 武勇伝、武勇伝、ぶゆうでんでんででんでん。お金ないけれど、むしゃくしゃしたからー、たんぱんこぞうの喧嘩買うー。でんでんででんでん、道徳ないけれど、むしゃくしゃしたからー、葬式の木魚でラップ作るー。でんでんでんででんでんででんでん、でんでんでんででんでんででんでん、でんでんでんででんでんででんでん、事務所の先輩全員俺がカバンと太鼓持ち! ペケポン!
チョケ、イカシカウラグチとノースウガクテーストに突き落とされる。二人も流れに任せ、落下。
チョケ:ヘタこいたーーーっ?!
実況:11番・チョケ、巻き添えでリタイア! ネタの通り、下積みが足りなかったか?
解説:酸いも甘いもかみ分けられない若手には、笑いの道は厳しい。第2コーナーでその道に走るのは悪手かと。
実況:判断を見誤り、笑われものになったわけですか。上手いこといいますね。
解説:いや、私はそこまでは……。
実況:さぁ、人数も大幅に減ってしまった今回の『こみやぐちステークス』。今回の福男は現れないのか?
解説:そうですね、なんだかんだ言って毎回福男は出ていましたからね。残念です……いや、待ってください! 子宮さん、あそこ!
遠くから、113番・ムチコウガンがよろよろ走ってくる。
ムチコウガン:おいおい、福男レース、きつすぎだろ……。4㎞走らせるとか、ばっかじゃねぇの?
実況:なんと! 113番・ムチコウガンが近づいてくる! 選手データは……ない! 誰か、何か持っていませんか!
解説:そんなこともあろうかと、映像を撮っておきました。ぽちっとな。
解説、リモコンのボタンを押す。
舞台変化。ムチコウガンにトップを当てる。
質問が流れる。できればテロップのみ、できなければ天の声が対話を務める。
テロップ(天の声):福男レースに参加された理由は?
ムチコウガン:んー。(かっこつけて)そこにレースがあったから、ですかね……。
テロップ(天の声):レースに勝ったらどうしますか?
ムチコウガン:正直、どうしたもこうしたもないですね。強いて言うなら、俺のマーマレイド(マーメイド)を捜す旅にでも出ようかな……。
舞台変化。レースに戻る。
実況:……レースの途中ですが、113番・ムチコウガン選手に中継を繋いでみようと思います。
解説:……すみません、トイレって、どこにありますか? 気分悪くて……。
実況:あ、えぇ、そこの自販機の角に――。失礼しました、中継繋ぎます、ムチコウガン選手?
ムチコウガン:? は、はい?
実況:今、貴方しか残っていませんが、今のお気持は?
ムチコウガン:……へ? ほ、本当ですか?
実況:はい、あなたがゴールテープを切るの確定です。
ムチコウガン:や、やったぁ……!
ムチコウガン、へとへとになりながらも走る。横たわる選手の数々。
ムチコウガン:え? マジ? お前ら、こんなので……へばってんの? 俺、もうゴールしちゃうよ?
目前に迫るゴールテープ。
ムチコウガン:よ、よっしゃあ! 見てるかい俺の友達! 福男は、俺だぁぁぁぁぁっ!!
ムチコウガン、ゴールテープを切る。同時に、逆光をあてる。もしくは全部の光をフル稼働させ、ムチコウガンを光で見えなくする。
ムチコウガン:うおおおおおおっ?!
しばらくして、暗転。
場面変化。地下鉄の列車内。ガタンゴトン鳴る。淡く上から光が当たる。憂鬱そうな顔をして、スーツを着て、つり革を掴んで俯く、ムチコウガンの姿。
男1、ムチコウガンの近くの席に座る。
男1:な? 言っただろ。幸せは手に入れてからがしんどいんだよ。
暗転。終幕。
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