執筆メモの大掃除しようとしたら夏頃書いた(推敲してない)やつが見つかったよ! 恥ずかしいね!
――相手ありきの愛とは、承認欲求の延長線上にある。
自分の絶頂する姿を、その目で確かめてほしい。自分の喘ぎ声をその耳に閉じ込めてほしい。自分の肌を手と腰元、ゆくゆくは身体全身で心ゆくまで感じてほしい。相手に認められたい感情ばかりが支配して、身体が縛り付けられ、夜も眠れないくらい混乱する。愛したい、愛されたいなんて欲が回り回って結局、自分の欲を満たすだけだってこと、とっくの昔からわかっていたのに。
――性欲とは、純愛からもっとも遠く、それでいて一番近い物質だ。
身体目当てのアイラブユーでも、親愛なる貴方様でも、いずれは身体を重ねることが愛の証明になるはずだ。
情景を見ずに知識だけで語れてしまうぐらいそれは明らかで、同時にどういう心境であろうがとてつもなく汚らしい、恥ずべき行為だとも思う。しかし、それを遙かに超えるくらいの愛情が詰まっているのも確かだ。愛情表現はいくら腐っても、残るのは純粋な愛なのだ。
――恋とは、麻薬だ、魔法だ、テーマパークだ。
相手がすぐ近くにいるときは、世界の綺麗な部分しか見えないような嬉しい気分でいられるのに。悪党を見ても笑って許せるような、慈愛の心に満ちていられるのに。いざ、自分の手が届かない場所に行ってしまえば世界は瞬く間に暗がりになる。まるで常世に放り出されたみたいで、常世の中、空にちらつく六等星に手を伸ばすみたいに相手のことを考えてしまう。
夢から現実に引き戻されるときの絶望感はまさに麻薬切れ、十二時になったら解けてしまう『シンデレラ』の魔女の魔法、テーマパークの夕暮れだ。
しかし相手が自分を解ってくれていたら、自分を少しでも認知してくれていたら希望がある。いつでも夢を見られるから、現実が寛容だから。
だけど、僕の現実は不寛容なままなのだ。これまでの独白も事実と解っていた事ですら、所謂ただの想像なのだ。だから僕は逃げた。自分で欲を満たすように、自分で夢を見られるように。とどのつまり僕は、愛を伝えることを諦めてしまったのだ。
制服を着て、髪の毛を整え、鏡の前で口角を上げる練習をする。欠いてはいけない、僕のモーニングルーティンというやつだ。
前髪が重くなってきたからピンでも留めようかと考えたが、この家には男子が付けるにはあまりにもあざとすぎる配色のピンしかない。
血統上、うちの家庭には女子が多いうえにルックスも平均以上。親のルックス遺伝は姉たちに吸収され、末っ子の僕の元には納得のいかない顔立ちと男子にしては弱々しい肉体、そして女物のお下がりが配給された。
時間とは時として残酷だ。
自分の中には自信なんて碌に残っていないのに、僕は心身共に着々と大人になっていく。欲求ばかりがしゃしゃり出てくるようになって、時たま自分が自分でなくなるような感情に陥るのだ。
ややあって思い出したように頭を振った。
朝からナーバスになっていては先が思いやられる。もう一度口角を上げる練習をして、洗面所から出た。
「……おはよう」
「あぁ、おはよう」
ダイニングにはルックス遺伝子を絞り尽くした姉妹が仲良く食事を摂っていた。まともに挨拶を返してくれたのは長女の葵姉さんだけだった。トーストにかじりつく次女の奈那は言葉にならない声を上げ、三女の世志乃は軽蔑の目を僕に向けながらSNSの更新に勤しんでいた。美人は三日で飽きるとよく言われるが、正直血縁関係になった時点で1日目は来ない。姉たちが嫌いとかではなく、ただ家族にはそういう感情が湧かないだけなのだ。いつものことのように空いた席に着く。
自分の食事に手を付けるなり、世志乃が声を上げた。
「あんたねぇ……着もしない服を部屋に飾ってんじゃないわよ! だいたい共用の部屋で、たいしたスペースもないのにものを置かないでよ!」
「……世志乃だってアイドルの缶バッジとかポスターとか貼ってるじゃん。僕のスペースにはみ出てるし」
「別にはみ出すくらいいいでしょ! 私が言いたいのは、あんなフリフリの着いたアニメキャラみたいな服を飾って、それをニヤニヤして眺めてんのがキモいってこと!」
「元制服だよ、アレは。過去の功績を残してんの? よければ貸すけど?」
挑発的に僕が返答した瞬間、机の皿が浮いた。いや、飛んだというべきか。世志乃が机にやり場のない怒りをぶつけたせいで、一瞬だけその上が崩壊した。
「そういうとこが嫌いなの! もう出てくから!」
世志乃と僕はたった一歳差で生まれついたせいか、よく喧嘩が起きる。お互い未熟だったころの喧嘩は凄まじく、家族総出で止めに入らないといけないくらいだった。そのいざこざをまだ世志乃は引きずっているので、和解の道にはほど遠い。僕に和解する気があればの話だが。
「世志乃ちゃん、大丈夫かしら……」
頬に手を当てて、糸目になる葵姉さん。何をしでかされようが底抜けに優しいので、詐欺に遭わないか心配になる。
「大丈夫だよ、姉さん。あいつはそういうやつだから」
「でも……」
「もう学校行くね。鍵かけるの、忘れないでね」
葵姉さんが何か言う前に、僕はそそくさと洗面所で最後の身支度を済ませて玄関を出た。
外は天気良好、紫外線強力、湿度は低い。外出には困らない気候だ。夏中旬には至って普通の天気。
……普通、か。あまりに曖昧な言葉で僕にはどうしても馴染まない。
僕は、大体が普通の男子高校生で構成されている。大体と自負するのは、たった一つだけ、普通ではないことを抱えているからだ。そんなことを思いながら、僕はインターホンに指をかける。
来客を知らせる音が鳴り響いた。どたどたと家の中から聞こえてくる足音が、緊張感を水増ししてくる。
「あら、もしかして透瑠君? 見ないうちに大きくなったわねぇ……」
足音の主は僕の幼馴染みのお母さんだった。わざわざ幼馴染みを起こしに来るなんて、漫画やアニメの中しかないと思っていた。勿論自分がここに立つまでは。
「あの……尚人君って起きてます?」
「丁度起きてきた所よ。尚人も、透瑠君が来たって聞いたら喜ぶわ」
「えぇ、まぁ、そうですね」
尚人と僕は大親友だった。家が近いのも相まって、よく遊びに行ったし、家に泊まったことも何回かある。しかし、それももう昔の話。幼かった尚人は爽やかな美少年に変貌し、既に僕とは違う世界を見ていた。いつしか馴れ合いは減り、挨拶する程度の中に逆戻りしてしまったのだ。
「悪ぃ、待たせちゃったな」
尚人はばつが悪そうに笑って走ってきた。尚人の真っ白な歯が目に映った途端、僕の心臓は締め付けられるように萎縮した。顔は紅潮して、目が離せなくなる。初めてこの状態に陥ったときは、どうすれば治るのか解らなかった。時々何もなかったり、コントロールが利いたりした期間を経て、僕は気づいてしまった。この症状が、体質でも重い病気でも何でもない。
……ただの『恋』だってことに。
なぜ尚人なんかに恋をしたのか、尚人のどこが素晴らしいのかすら解らない。だけどその曖昧さこそ、僕が直面している恋らしい。だから、僕は自分が普通じゃないと知っているのだ。数年前まで、姉さんの本棚に刺さっていたBL漫画を手に取り、男に恋をするなんてあり得ないと口を叩いていたのに。
「おーい。なぁ、大丈夫かよ?」
尚人は硬直する僕の前で手を振り、心配そうに顔をのぞき込んでいる。その顔がまた凜々しく見え、瞳に酔ってしまいそうになるのだ。
「な、何でもない。そんなことより、早く行かないと」
ふと我に返って、僕は尚人の背中を押すようにして歩き出した。出来もしない妄想に耽るのも、尚人の横顔に胸躍らせるのも、この時間が一番濃密だ。空想がどこかで矛盾し、精彩を欠いて崩れ落ちてしまうような思考回路で妄想するのは、尚人に失礼だし第一僕がそれを赦さない。
そういえば、二人でこの道を通るのも久々だ。昔のような関係には戻れないけれど、せめて実物を目の当たりに出来る時間が欲しい。この恋が叶わなくとも構わないから。
「なぁ透瑠」
俯いている僕とだんまり歩くのに我慢ならなくなったか、尚人は話を切り出した。
「時間空いてたらでいいんだけどさ……今週末のどこかで会わないか? また小学生の頃みたいにさ」
突然の約束に、僕は戸惑った。発された言葉一つ一つが分解されて、頭の中を駆け巡っている。僕にとって願ったり叶ったりの結果なのに、妙に嘘くさく感じる。しかし嘘でも何でも、尚人がそう言ってくれたことが狂おしいくらい嬉しくて、僕は喜色に満ちた顔を隠せない。
「わかった。どこにいればいい?」
「学校近くのスタバとかで……」
尚人が言葉を継ごうとしたとき、前の方から尚人を呼ぶ声が聞こえた。尚人と同じ世界線にいるような、いわばスクールカースト上位者だ。
「それじゃ俺、呼ばれてるから。続きはLINEでな!」
そう言って尚人は呼び声のする方へ駆けていった。僕が元からいなかったかのような顔に変わって、友達らしき人達と群れている。
夢と現実は表裏一体だ。夢を見る限り、現実から目を背けてはいけない。現実を見た分、夢を見ないと生きていけない。現実と夢を逆に出来ればいいのに。現実が良ければ、悪い夢だって見ていられるのに。そんな悶々とした不快感を抱いて、僕は届かないものに手を伸ばし続けるのだ。
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