第2話 試撃

「それで、再立さん。お仕事は何をされているんですか?」


『仕事?東京の商社で事務兼営業兼企画担当っていう無謀な肩書きでお仕事を……』


 なんて言っても伝わらないだろうから……


「今は……無職?」


「……今は、ということは以前までは仕事を?」


 マズい。この質問はマズい。あんまりテキトーなこと言うと色々と面倒くさそうだ……


「えっと……商人……的な?」


「ええ……なんでやめちゃったんですか――」


「モエはなんの仕事やってるの!?」


 私は深く追求される事を恐れ、モエが言い切る前に話題を食い気味にそらす。


「えっと、火付け屋、と言って伝わるでしょうか?」


「――いや、ぜんぜん伝わらないや」


「ですよね。魔法をご存知ないんですもんね……火付け屋というのは炎魔法の特性を生かし、調理や暖を取る時などの炎が必要な場合に火をつける……そんな仕事です。名前のまんまですね。料理屋さんなど火をよく使う場所では火打石を使っていることが多いのですが、一般人にとってそれは高い上に面倒なので……」


 そうか、魔法が発達してる、ってことは、科学や工業はあまり発達していないのか。いや、正確には別方向に発達してるってとこかな?


「それって、給料いいの?」


「ええ、まあ。炎魔法使いはこの街にも五人しか居ませんから。単価は安めですが、需要はそれなりにあります」


 へぇ、魔法って誰でも使える訳じゃないのか。意外と希少なんだな。


「ですが、私は火付け屋だけをやっているわけではないんです。給料以外のところの都合で」


「都合、って?」


「――改物討伐ですよ。この仕事は誰もやりたがらないので、私がやるしかないんです」


 そうなのか……誰もやりたがらないってことはやっぱり危険な仕事なのか。さっきは高らかに王を討伐するって宣言しちゃったけど、未経験の私には難しいのかな……?


 モエは、不安そうな私をチラッと見てから、「はぁ」とため息をつく。


「それで、どうなんですか?結局のところ。やるなら覚悟を決める、やらないなら馬鹿らしいことを言わないで大人しく街で生活しましょう?」


 モエは先程までとは違う強めな口調で私に決断を迫る。私は「うぅ」と唸りながらも決断をする。


「やるよ!多分私がやらなきゃいけないんだと思う!」


 確信があった。この世界の運命は私が握っている、と。モエは少し呆れたような表情をしたが、すぐにまた先程までのクールな表情に戻った。


「じゃあ、まずは……確かめてみますか?魔法という、未知の力を――」


「――うん!」


 不思議と、心の奥底から忘れかけていた感情が一気に湧き出す。好奇心……というか、ワクワク感というか。もはやどう表現するべきなのかすら忘れてしまっている感情。私にもまだこんな気持ちが残ってたのか。


「それで、魔法の力を確かめるって……どうやって?」


「そうですね――とりあえず着いてきてください」


 そう言ってモエは立ち上がり、玄関の方に歩いていく。私はそんなモエにピッタリと着いていく。


 モエがガチャっと扉を開けると、さっき見た違和感のある風景が広がる。ここが元の世界では無いことは分かった。でも、こんなに綺麗な館に泊まっているだなんて。つい昨日まで会社で労働に労働を重ねていた人間が急にこんなことになるのか……。不思議なものだな。


 それに、この世界と私の居た世界の歴史に乖離が起こったのは江戸時代のはずなのに、こんなに明治っぽい洋館が建ってるのはどうもおかしい気もする。おおよそ、王が建てましたーって話だろうけどさ。


「それで、結局どこに行くの?」


「試撃場というところです」


 モエは淡白に答えた。その淡白さは、表現するなら卵白くらいのさっぱり感……いやこれじゃ伝わらないか……


◇ ◇ ◇


 到着した場所はゴルフの打ちっぱなしのような見た目の施設だった。とは言っても、地面は芝ではなく白土だし、打ちっぱでいうカップがある場所には弓道の的のようなものが置いてある。


「えっと、あの的に魔法を当てる……みたいな?」


「そうです。人によっては鉄砲とかを撃ちますけど」


「えっ、魔法社会なのに銃があるの?」


「えぇ?それも知らないんですか?ほらえっと、オダノブナガですよ。火縄銃……でしたっけ?そんな感じの」


 ――そうじゃん!この世界と私がいた世界の歴史に乖離が起こったのは江戸時代の終盤。日本に銃が来たのは安土桃山時代の少し前くらい。そりゃ銃もあるわ。


「でもさ、魔法って結構強力なんでしょ?そんなものを何回も当てられたらあんな的なんていくつあっても足りないんじゃない?」


「いえ、あれには業者が保護魔法をかけているので壊れないんですよ」


「――魔法って結構なんでもありなんだね」


「ええ。魔法とは魔力をどう使うかによって効果が変わるというものなので」


「あ、やっぱり魔力ってあるんだね」


「あれ、魔力はご存知なんですか?」


「いや、詳しくは知らないよ」


「そ、そうですか……えっと、体の中にある生命力みたいなものでして、尽きると眠るまでまともに動けなくなる……らしいです」


「尽きるってことは数え方があるの?」


「あー……そうですね。あるらしいんですが、いまいち私もよく分かってないんですよね。どちらかと言えば感覚で『無くなりそうだなー』とか『いやまだ行けるなー』みたいな。そんな感じで把握するんですよ」


 そうか……生命力ってことは、ゲームみたいにいちいち数値化して気にするようなものではないってことかな。疲れのレベルは見るもんじゃなくて、感覚だもんね。私は魔法の経験が無いから推測にしかならないけど。


 ていうか質問してばっかりだな私。反省だわ……


「ではでは。立ち話もなんですし、試しに魔法撃ってみますか」


 モエの問いかけに、私はこくりと頷く。それに呼応するようにモエはニコリと頷き、精神をゆっくりと統一させてゆく。


「ふー……」


 モエは人差し指をゆっくりと立て、三十メートルほど離れた的を指した。


「火球!」


 モエの指先に野球ボールほどの炎の球が現れ、的に向かって放たれた。その球は本格派投手のストレート並の速度で飛んでいき、見事に的に命中した。


「おおー!すごい!」


「『火球』は基本まっすぐ飛ぶので、適当に指を向ければ簡単に当たるんです。それに、習得も簡単ですから炎魔法が適属性の人はほとんど覚えています」


「属性、ねぇ」


「ええ。属性は基本誰でも持っているものらしいですが、その多くは幼少期に関わったものとの関係が深いらしいんですよ。再立さんはどんな魔法を使えるんですかね?もし魔法をなんでも使えるとしたら、どんなものを使ってみたいですか?」


 うーん、なんだろ。モエみたいに火をバーンッと出したら派手でえるだろうし、水を操作出来ればめちゃくちゃ便利かも。あ、人を癒す魔法、なんてのもいいかもね。あー、全然選べないなぁ……


「そうだね……特に『これ!』っていうのはないかも。私が使える魔法をとことん伸ばしたいな」


「いい心構えですね。聞いといてなんですが、やはり使いたい魔法と使える魔法のギャップが大きいと悲しくなりますもんね」


 そうそう。私なんて元々魔法を使えないんだから、「これを絶対使いたい!」なんていう贅沢は慎むべきだ。私がやるべき事は何よりも私自身のことを知って、持ってる力を深めていくこと。どんなに弱い力だって受け入れるし、万一強い力でも驕らずに生きていこう。


――ていうかさっきの気持ちと矛盾してるな。ダブスタここに極まれり?


「それで、私の適性ってなんの魔法なのかな?」


「それは色々試してみないと分かりません。――再立さん、どれでもいいのでひとつの的を意識して、それに向かって魔法を撃つイメージをしてみてください。初めてなので上手くは撃てないかもしれませんが、どんな魔法が出るかはわかると思います」


 な、なるほど。意外と簡単かも。


 よし、とりあえず撃ってみよう!どれかひとつの的……あれにしよう。モエが撃った的よりも少し手前のやつ。モエがやったみたいに……指を向けて、魔法を放つ……!


「なんか、出ろ!」


 私が力を込めた瞬間、指先がバチッと熱くなり、モエが出したものとほぼ一緒の火の球がビューンと放たれた。


 ――これが魔法……か。


 アツい!!二重の意味で!!


 ジリジリと燃え上がった指先を見つめながら、私は希望に目を輝かせた。

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