第77話 ……そういうことにしておこうか
「手、もう一回出して」
「手を?」
「早く」
「は、はあ」
言われるがまま、先ほど引っ込めた手を前へ出す僕。
次の瞬間、重なる二つの手。白くて、華奢で、ほんのり温かい。そんなテンちゃんの手が、僕の手を優しく握ったのです。
「これ、もしかして……」
「私たち、これから友達、だね」
潤んだ瞳と満面の笑み。テンちゃんは、噛みしめるようにそう告げました。
「い、いいんですか?」
「もちろん。というか、断られるとでも思ってたわけ?」
「ま、まあ。笑い飛ばされて終わりっていう可能性もあるかなとは思ってました」
実際のところ、あまりに突然すぎる提案でしたしね。それに、理由だって浅いものでしたし。
「そんなことしないって。君は私を何だと思ってるのさ」
呆れたように言いながら、テンちゃんは握っていた手に力を込めました。
「ちょ。い、痛いです」
「おりゃー。ぐりぐり」
さらに力を込めるテンちゃん。おまけに、指を小さく動かしながら、僕の手の関節にダメージを与え始める始末。
「て、テンちゃん。い、いい加減やめてくださいよ」
「まだまだー」
「さ、さすがに怒っちゃいますよ」
「おっと。それはまずいね」
ようやく解放。僕は、手を左右に振りながら、痛かったよアピールをテンちゃんに放ちます。
「もう。テンちゃんってば」
「ごめんごめん」
謝るテンちゃんの口元には真っ白な八重歯。全然申し訳なさそうに見えないのは果たして気のせいなのでしょうか。うん、絶対に気のせいではないですね。だってテンちゃんですし。
「まあいいです。それより、これからよろしくお願いしますね。テンちゃん」
「こちらこそ、よろしく」
胸に感じるむずがゆさ。きっと、テンちゃんも同じものを感じているに違いありません。
僕とテンちゃん。人間と天狗。母の息子と母の友人。そして、大切な将棋友達。二人の当たり前の日常は、こうして再スタートを告げたのです。
「朝ご飯食べましょっか。お味噌汁、温め直してきます」
「はーい。待ってるね」
ずいぶん長く話をしていたせいで、すっかり冷めてしまったお味噌汁。そのお椀を手に、台所へ。お味噌汁を鍋に入れ戻し、火にかけて数秒。フワリと味噌の良い香りが漂い始めます。
「まったく。君たち親子は本当に……。返しきれないって」
不意に、テーブルの方から聞こえたテンちゃんの声。ですが、小さすぎてよく聞き取れませんでした。
「テンちゃん、何か言いました?」
「ううん。何も言ってないよー」
「そうですか」
あれ? さっき確かに……って、もう大丈夫かな。
火を止め、再度味噌汁をお椀に。それをテーブルまで運び、テンちゃんの向かい側の椅子に腰を下ろします。
「お待たせしました」
「ねえ、君」
「はい」
「ありがとうね」
ありがとう。まさか、突然そんな言葉を言われるなんて思っていませんでした。思わず視線をさまよわせてしまう僕。
どうして急に…………あ、そういうことか。
「いえいえ。やっぱり、お味噌汁は温かい方がおいしいですからね。いなり寿司とも合いますし」
「…………」
「?」
「……そういうことにしておこうか」
僕の友達は、ちょっぴり不服そうな表情を浮かべていました。
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